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 この扶桑の国では、鬼の出現以前より、人間、人魚、翼人の三者は関わり合って生きて来た。

 もちろん活動範囲が違うから、互いの距離は今よりずっと遠かったらしい。

 しかし山に迷い込んだ人間を翼人が助けて麓まで案内したり、誤って魚獲りの網に掛かった人魚と人間が恋に落ちたり、なんて話はずっと昔からあったという。


 でも異なる種族の距離が近付くと、時折起きてしまう問題がある。

 そう、両者の血が交わった、ハーフの存在だ。

 異なる種族の間に子は生まれにくいが、その可能性は皆無じゃないから。


 当然、僕は生まれて来た子供に問題があるなんて、言いたくはないし、言わない。

 だけどその扱いに関しては、人間、人魚、翼人の何れもが生活範囲が違うだけに、どうしたって問題は生じる。

 僕の義理の子であるウィンは、精霊を見る事が出来たし、その助力を得る力も、並のエルフ以上だった。


 けれどもそれは、間違いなく彼が幸運に恵まれたからである。

 エルフは僕の知る限り、誰もが精霊を見て感じる事ができるけれども、ハーフエルフは必ずしもそうであるとは限らない。

 むしろ半分の、或いはそれ以上のハーフエルフが、精霊を見る力を持たないそうだ。

 そしてそれは人間、人魚、翼人のハーフに関しても同じで、……否、彼らの場合は生活範囲が異なり過ぎる為、より深刻な問題となってしまう。


 人間と人魚のハーフは、それぞれに範囲は異なるが、下肢が一つとなって魚のようになる場合が殆どだ。

 すると当たり前だが、陸上生活は人魚と同じく困難になる。

 だがここからが問題で、人魚のハーフはその半数程が、人魚のように水中で呼吸し、水流を操る力を持たない。

 ……そう、人魚のハーフは陸上で暮らせず、かといって海中の人魚の町でも暮らせない、両方の生活範囲からはみ出してしまう存在だった。


 これが人間と翼人のハーフの場合は随分とマシで、やはり羽根の大きさや、飛べるか飛べないかは個体差があるのだけれども、どちらにしても陸上生活は可能である。

 また人間と翼人は、寿命の長さが多少しか違わないので、ハーフの生きる長さもそれ程には変わらない。


 唯一つ、人間と人魚のハーフにとって幸いだったのは、人魚が同種への愛情が非常に強い種族で、その同種の範疇にハーフを含んだ事だろう。

 ハーフが生きられるのは浅瀬の海のみ。

 それもより良い生活を送るには、人間の助けは必須だった。

 故に人魚は人間と近付き、交流とハーフの保護を求めたそうだ。


 寿命の長さ、生活範囲の違いは双方にとって大きな問題だったが、逆に言えばその遠さが互いの交流を助けたともいえる。

 人魚の美しさと寿命の長さは、人間にとってあまりに魅惑的な物だったけれども、海沿いに暮らす漁師たちは、人魚を怒らせれば船を全て沈められ、自分達の生活が成り立たないと理解していた。

 生活範囲の異なる両者だからこそ、互いの利益は相反しない。

 全てがそうであった訳ではないけれど、浅瀬に幾人かの人間と人魚のハーフが住む海沿いの村は、幾つか存在したという。


 つまり協力し合える下地は予め存在したのだ。 

 今、人魚が人間や翼人に協力して鬼と戦うのは、その浅瀬に人魚のハーフが住む海沿いの村が、鬼に襲われ滅んだ事が切っ掛けである。



 鬼の存在は、当初は殆ど知られてなかったらしい。

 北部は山地が多く、その奥地には人間は踏み込まなかったから。

 人の住む村や、それを束ねる国も一応は存在していたが、各集落の連絡が密だった訳じゃない。

 どちらかといえば北部の山地は空を飛べる翼人が多く住んでいて、その当時の彼らは小さな集落ごとに暮らしており、今のように大きく集まる事はなかったそうだ。

 また扶桑の国にも魔物は存在しており、稀に鬼を目撃した者がいても、変わった魔物がいるとくらいに考えられたのだろう。


 それ故に、鬼の勢力の拡大に人が気付いたのは、北部の小国の幾つかが滅んだ後の事になる。

 しかも当初は、やはり危険で厄介な魔物が北部の山中に巣食った程度の認識しかなく、最も数の多い種族である人間も、当時は幾つもの国に分かれていたので自ら動いて対処しようとはしなかった。


 最初に鬼と本格的に戦争を始めたのは、北部で集落を幾つも鬼に滅ぼされた翼人だったという。

 だが翼人が戦い始めた頃にはもう、鬼は半鬼を生んで数を揃えており、単独で鬼の軍勢と戦った翼人は敗れ、その数を大きく減らす。

 生き残った翼人は最大の集落だった天岳に集結し、再起を図った。

 寿命の短い翼人は、逆に言えばそれだけ短い時間で子が育ち、大人になって戦士となれるから。


 翼人が敗れ、鬼、そして半鬼の存在を知って慌てたのが人間だ。

 単なる魔物じゃない。

 知能が高く、力は圧倒的で、何よりもおぞましい事に自分達を使って繁殖し、戦力を増やして襲って来る未知の脅威。

 混乱のうちに北部では平野にあった大きな国すらも滅ぼされ、鬼は勢力範囲を大きく広げた。

 海沿いの村が襲われ、人魚のハーフが殺されたのも、この時である。


 仮に最初の戦いの時から、今のように三つの種族が共同して動いていたならば、鬼との戦いはそこで終わっていたかもしれない。

 だけど当時の人間という一つの種族ですらバラバラで纏まれていなかった扶桑の国では、当然ながらそんな事は不可能で、彼らが本当に纏まる為には一人の英雄の誕生を待たねばならなかった。


 その英雄の名は、タカト。

 人間と翼人のハーフの中でも特に翼が小さく、もちろん空を飛べない子供だったとされる。

 でも彼は羽根が小さい分、他の翼人のように地上で邪魔になる事がなく、人間と遜色なく地上で動けたそうだ。


 タカトはまだ少年の頃から鬼との戦場に出て、劣勢の中でも長く生き残り続けた。

 そして戦場で得た仲間と共に、国落としの大鬼を討ち倒して名を上げる。

 多くの犠牲を出しながら。


 けれどもタカトは、名を上げてそこで満足するのではなく、得た名声を使って、先ず翼人を説き伏せたという。

 このままでは遠からず、扶桑の国の全てが鬼の手に落ちる。

 人間は、同種が暮らす大陸にも逃げられるだろう。

 人魚だって、広大な海に別の居場所を見つける筈だ。

 実際に人魚は、この扶桑の国にのみ住む種族ではないのだから。

 しかし翼人だけは、この扶桑の国を失えば他に行く場所はない。

 だからこそ、翼人は他の種族と共同し、鬼と戦わねばならないのだと。


 それからタカトは人魚を説き伏せる。

 人魚は水辺では力を発揮するが、鬼が住むは陸地、しかも多くは山中だ。

 どんなに鬼が憎くても、人魚の憎しみは陸の鬼には届かない。

 このままならば奴らは人魚を無視して、やがて扶桑の国を手に入れるだろう。

 だからこそ人魚は、他の種族と共同し、鬼と戦わねばならないと。


 最後にタカトは、翼人と人魚の協力を背景に、全ての人間の国に圧力を掛け、解体して一つの勢力に纏め上げた。

 タカトは翼人と人間が協力できる戦術を考え出し、人魚の力を輸送に活かして、鬼との戦場の在り方を一変させる。

 更に法を整備して各種族の摩擦を減らし、扶桑の国が一つとなって、鬼と戦える場を整えたのだ。


 正に文武の双方に才能を発揮し、英雄としての功績を残したタカトだが、惜しむらくは彼は翼人と人間のハーフであり、その寿命は短い。

 またタカトは子を成さなかったから、後年は自分の死後、扶桑の国が権力争いで滅びぬように、法の整備や思想の教育、或いは権限を分散して配する事で人間同士、或いは種族間の諍いを防ごうとした。

 その為にどうしても、タカトが鬼と戦う時間は削られてしまう。

 故に英雄、タカトの存命中に鬼との戦いは決着がつかず、今日まで泥沼のように長引いている。


 つまり扶桑の国には、元より異種族同士が距離を置きつつも混じり合う下地があって、そこに強大な敵が現れ、ハーフの英雄が全てを纏めたと言う訳だ。

 そしてその英雄が没してからは、戦線は動かず膠着状態にあると。


 成る程。

 てっきり僕は、じわじわと人側が押され続けて今の場所まで戦線が後退したと思っていたが、前線基地である鎮守すらもタカトが作った物ならば、確かに彼の登場以後は拮抗状態にあるのだろう。

 今の扶桑の国は、鬼が敵対者として存在するからこそ、様々なバランスが取れて成り立っている。




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― 新着の感想 ―
[一言] カエハのとこでちょっと間はさんだけど追い付いた。 作風も内容も好きだなって思って(ほぼ)一気しちゃった。 前章で真なる竜が出てきて、本章か次章辺りできっと真なる巨人が出てきて。 第一話で仲の…
[一言] せめてタカトが子孫を残していれば その子孫を旗頭にタカト没後も勢力をまとめたり、戦争が終わっても内乱になる可能性を減らせたかもしれない タカトは子孫がいいように利用されるのを恐れてたのかな
[良い点] 名前は出ていませんが、タカトのまわりには優秀な人達が集まっていたのでしょうね。
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