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 港町というのは、人と物が集まる場所だ。

 たとえ文化が大きく異なる地でも、その理は変わらない。

 そして人と物が集まれば、その流れに乗って情報も一緒に集まってくる。


 ついでに言うなら、人が集まる場所だからこそ、余所者に対しても見慣れてる分、隔意も比較的に薄い。

 これが人の出入りがあまりない農村になると、どうしても余所者は警戒されがちだ。


 そういった意味で、この国で最初に訪れたのが港町というのは、僕にとっては都合が良かった。

 まぁ船に乗ってこの扶桑の国、大陸から離れた島国にやって来たのだから、港町に辿り着くのは当たり前ではあるのだけれど。

 いずれにしても僕はこの海陽の港に暫く留まり、まずは扶桑の国を知るところから始める。

 地理や文化に風習、犯してはならぬ法や、人の物の考え方等、知っておくべき事は数多い。


 ……特に僕は前世の記憶で、この扶桑の国に近い文化を知っているからこそ、その思い込みだけで動いてしまうのはあまりに危険だろう。

 幾ら扶桑の国の文化が、僕の知る日本のそれに近くても、その二つは決して同じではない。

 何故なら扶桑の国は、人と鬼が戦う戦場でもあるのだから。

 僕の前世の記憶にある常識や倫理観なんて、ここでは全くあてにならないのだ。


 まぁそれはさておき、扶桑の国での僕の目的は、大きく二つある。

 一つはそもそもの旅の目的であった、ヨソギ流の源流を探る事。

 それからもう一つは、この国の象徴とされる巨樹、扶桑樹をこの目で見る事だった。


 尤もヨソギ流に関しては、今もこの扶桑の国に残っているのかどうかは、わからない。

 だってヨソギ流が遥か遠く、大陸の中央部にまで流れて行って、ルードリア王国で根付いた事には、深い理由がある筈。

 もしかするとヨソギ流どころか、何の記録すら、もう扶桑の国には残っていない可能性だって、皆無じゃなかった。

 ただまぁ、幸いと僕には、それを調べる為の時間は沢山あるのだ。

 もう一つの目的である扶桑樹だって、まさか消えてなくなりはしないだろう。


 扶桑の国の隅々までを探す事は流石に難しくとも、常識を知りこの地に馴染み、知己を得れば視野も聞こえる耳も探す手も、遠くまで広がって届くようにもなる。

 或いは十年や二十年、この地に留まる可能性も、考えておこう。

 流石にそれ以上となると、大陸の中央部に戻った後、もう知ってる顔が一つもないって事態になりかねないけれども。

 もちろん早く用事が済むなら、サッサと帰る心算はあった。



「やぁ、随分とまぁ、変わった格好のお客人だねぇ。異国の人よ、貴方は一体どれ程に遠くから、この国に来なさった?」

 すっかり行きつけとなった食堂で、漬物の塩気をあてに酒杯を重ねていた僕に、たまたま相席となった行商人らしき男が問う。

 扶桑の国、この海陽の港にやって来てから一週間程で、僕は幾度となく同じ質問を受けていたから、

「ずぅっと西からだよ。黄古帝国の向こうの大草原の、そのまた向こうから」

 思わず苦笑いを浮かべてそう答える。


 少し意外だったのは、この国で僕が目立つ理由は、エルフだからではないらしい。

 扶桑の国にやって来てからも、常に好奇の視線は感じたけれど、それは種族ではなく僕の服装が、彼らにとって見慣れない物だからだという。

 どうやらこの扶桑の国の人にとって、国外、大陸と言えば黄古帝国を指す言葉のようで、それとも全く異なる格好の僕は、とても奇異に見えるそうだ。

 そして種族に関しては、尖った耳は確かに珍しいけれど、人魚や翼人を見慣れてる扶桑の国の人間にとっては、異国人である事に比べれば、特に気にもならないんだとか。


 それはとても面白い話だった。

 もちろん種族の違う者が同じ町に住むなんて、この世界ではよく見かける光景だろう。

 ルードリア王国にだってドワーフが町に住んで鍛冶師をしてたし、森から出て来た物好きなエルフが冒険者をしてる。

 黄古帝国の白河州にも、ジゾウのように地人が働いていた。

 でも彼らは少数で、良き隣人や友人であっても、同胞であったかと問われれば、恐らくは違う筈なのだ。


 隣人や友人と、同胞の違いは些細な事かもしれない。

 個人ではその壁を乗り越え、付き合えると僕は知ってる。 

 例えばそう、カエハが僕を愛してくれたように。


 ただ社会として、全体が当たり前のように異種族を同胞として扱う例は、……あぁ、僕が知るのは他に一つだけ。

 大陸中央部のドワーフ達が、僕とウィンを完全に自らの同胞として認めてくれた、あの一つのみ。

 それは非常に稀で、特別な事だっただろう。


 だけどこの国では、当たり前のように人魚や翼人を、自らの同胞として認識してる。

 故に種族よりも、僕が異国からやって来た事に興味を抱き、また同時に壁をつくるのだ。

 海陽の港で、扶桑の国の人間と話せば話す程、僕はそれを強く感じた。


 一体どんな理由があって、そんな風になったのだろう。

 別に壁がある事は、構わない。

 さっきも述べたが、個人でその壁を乗り越える事は、可能だから。

 だけどそんな風に社会が形成された理由には、強く興味が湧く。


 僕がこの国で知りたい事が、また一つ増えた気がする。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 鬼の脅威が原因ですかね。 場所柄、種族関係なく強いやつが偉い、種族関係なく強いやつが尊重し合う、下も見習う、でそれが何百年と続いて自然と融和する。 まあそんな単純でもないかな。
[気になる点] あれ?言語は全大陸共通語? 言語について記述ってどこかでありましたっけ? さらっと最後まで読んでしまったので見落としてしまったかもしれません。
[一言] こっちの世界の日本とは異種族、民族に対する考え方がだいぶ違うようですね。続きも楽しみです
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