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それから数日、僕の生活は相変わらずのんびりだ。
鍛冶屋を覗いて黄古帝国の武器や農具を調べたり、サイアーに乗って町中をカポカポ散歩してる。
ただ……、そう、酒の量は随分と減らした。
引く弓に、振るう剣に影響が出ないよう、唇や喉を湿らせる程度に。
おおよそ武器は、戦う相手に合わせて進化する。
鍛冶屋に並ぶ武器には、大刀、長柄の先に刃の付いたポールウェポンの種類が多いが、……これは草原の民、つまりは騎兵を相手にする事を想定してるのだろうか?
それとも遠心力を付けて振るわれる長柄武器の威力が必要な魔物が出現するのか。
或いは馬上から、地上の敵を薙ぎ払う想定をしてる可能性もある。
あれこれ考えながら武器を見てるだけでも、僕はとても楽しい。
斧は大振りな物もあれば、小ぶりで投擲に向きそうな物もあった。
少し意表を突かれたのは、鞭と言って鍛冶屋の主人に見せられたものが、ごつい鉄の棒だった事だ。
何というか、こう、凄まじく殺意が高い鞭である。
鎧は、そんな破壊力のある武器を何とかそらそうとしてるのだろうか。
全体的に丸みを帯びた物が多い印象だった。
鱗状に鉄片を繋ぎ合わせた物があったり、大きな範囲を一枚の鉄板で作る事で防御力を高めた物があったりする所は、中央部の鎧とそう大きくは変わらない。
もちろん細かな工夫は色々されていて、色々と勉強にはなるけれど。
ただ意匠の趣は、やはり地域が変われば大きく違った。
農具はまぁ、育てて収穫する作物の違いが、そのまま出てるのだと思う。
僕は農業には詳しくないから、実際にどうとはあまり言えないが、稲と麦の違いが、それを刈り取る鎌の形状に影響が出てる気がするのだ。
……なんというか、うん、鍛冶をしたくなって、困る。
残念ながら、中央部では大きな効果を発揮した上級鍛冶師の免状も、黄古帝国ではあまり意味がないだろう。
鍛冶師組合に似たような組織は、きっと探せばあるのだろうけれど……、水運業や商業の組合がアレだったのだ。
恐らくは鍛冶師組合も、似たような組織に上前を撥ねられてるのだろうと思うと、そこに世話になる気があまり起きない。
大草原にいた頃のように自分で鍛冶場や炉を用意するにしても、場所の確保が面倒だ。
ついでに燃料や鉄を確保するコネもないし、そもそも勝手に鍛冶仕事をすると、権利の関係で他の鍛冶屋と揉めたり、最悪の場合は法に触れる可能性もある。
大きな国はその辺りの自由が利かないので、実に面倒臭かった。
まぁどうしても鍛冶がしたくて堪らなくなったら、ドワーフを探し出して接触するのが、多分一番早いだろう。
東部のドワーフも、多分エルフを嫌っているだろうけれども、僕にはアズヴァルドから貰ったミスリルの腕輪があるから、粗雑な扱いは受けない筈だ。
そんな風に相手の動きを待っていたある日の夜、開いた窓からひゅるりと風が舞い込む。
どうやら漸く、待ってた相手、水運業組合か商業組合が動いたらしい。
だけど奴らの狙いは僕じゃなくて、酒家の営業時間が終わり、宿に帰ろうとしてるジゾウだった。
尤も彼の実力なら、多少の人数のならず者に襲われた所で、難なく切り抜けるだろう。
しかしそれは、相手が正面からジゾウと戦う気であればの話だ。
彼の今の仕事は、酒家の用心棒である。
故に酒家の娘であるスゥが人質に取られでもしたら、ジゾウはまともに戦えない。
ジゾウが帰った後の閉まった酒家に、ならず者が押し入ろうと迫っていると、風の精霊が教えてくれる。
僕じゃなくてジゾウが狙いって事は、動いたのは商業組合の方だろう。
想像していた通りの、警戒してた通りの展開に、僕は手早く武装を身に付けると宿の窓から飛び降りて、夜の白尾の町を駆け抜けた。
そう、その為に、僕はわざわざ酒を我慢していたのだから。
そして僕がその場に辿り着いたのは、三人のならず者が締まった扉を蹴破って、酒家に踏み込もうとしてる正にその瞬間。
よし、何とか間に合った。
酒家の二階には、スゥ以外にもその両親が住んでいる。
人質にされる誰かはすぐに殺されなくても、他の二人は不要とばかりに始末されたら、明日から酒家は閉まってしまう。
何よりも僕の起こした騒ぎが発端となって、特に関係のない酒家の人達が死ぬなんて、あまりにも寝覚めが悪い。
駆ける速度を緩めず、僕は腰の魔剣を鞘ごと手に持ち振り被る。
そして走る音に気付いた三人のならず者がこちらを振り向くと同時に、鞘に覆われた魔剣が、一つ、二つ、三つと、彼らの顎を次々に砕く。
殺しはしない。
不要な殺しは、好きじゃないから。
だけど言い訳はさせないし、暫くは物を喰うにも困るだろう。
酒家を襲うなんて真似をした以上、美味しく物を喰えなくなるくらいは当然だ。
僕は物音に驚き、二階から降りてきたスゥとその両親に、気を失った三人のならず者を預けて、再び走る。
宿に帰る最中のジゾウも足止めか襲撃に遭ってる筈だし、一刻も早く人質が取られてない事を教えてやらねばならない。
ついでに、可能であれば今晩中に、商業組合は一掃しよう。
向こうから手を出して、しかも人質を取ろうだなんて、やっちゃいけない領域にまで足を踏み込んで来たのだから、もうこちらが遠慮をしてやる必要はないのだ。
先日殴り損ねた分まで、まとめてぶつける機会だった。