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「兄さん兄さん、異国の兄さん、中洲で子供を助けたね? そうよ、それが義侠心よ。兄さんの義侠心はアタシが育てた。これで兄さんも遊侠の仲間入りね」

 次の日、酒場で僕は、先日の騒動の話を聞き付けたらしいスゥに、あらぬ言いがかりを付けられていた。

 いや、義侠心云々はさておくにしても、出会ったばかりの彼女に育てられた覚えはない。

 ましてや遊侠だなんて、冒険者とヤクザの中間みたいな存在に仲間入りするのも、割とごめんである。


 僕が首を横に振れば、スゥは少し不満そうな顔をしたが、すぐに機嫌を戻して注文した品を取りに行く。

 それにあれは、別に義侠心とやらからくる行動では、多分ないのだ。

 怪我をする子供を見たくなかったとか、誰もが思うだろう感情のままに、たまたま助ける事が可能な力があったから、咄嗟に動いただけの話。

 言うなれば自己満足の為の行動で、それを義侠心だなんて格好良くは呼べない。


 スゥにとって遊侠は、ヒーロー的な存在なのだろうか?

 そんな事を思いながら、届いた川魚の焼き物を箸で突きながら、米酒を口に運ぶ。

 米の酒ではあるのだけれど、色は赤みがかった黄色で、独特の香りがあった。

 この酒を甕で寝かせると、赤みは更に濃くなって、香りがまろやかになるそうだ。

 ……寝かせた物は高級品で、まだ飲んでないから実際の味は知らないけれども。


 まぁ米といっても色々と種類はあるだろう。

 もち米にうるち米、長粒種や短粒種なんて区別もあった。

 この酒に使われてる米も、僕が知る物と同じとは限らない。


 そういえば米自体は、大陸東部では割と食べられる食材で、大草原の南、海沿いの国の一部でも麦に並んで生産されてたそうだ。

 大草原にいた頃は、あまり南の国に興味が湧かなかったけれども、中央部へと帰る時は、海に近い国々を辿るのもいいかも知れない。

 いや、もちろん一番手っ取り早いのは、船で一気に、中央部のヴィレストリカ共和国まで帰る事だが。

 取り敢えず、帰りの事は帰る時に考えようか。


 しかしスゥが知るくらいに先日の騒動が噂になってるのなら、……矢を射掛けた彼らには恨みを買ったかもしれない。

 あの手の人間は、兎にも角にも面子が潰れる事を酷く嫌う。

 何故なら彼らは、暴力を背景にした権威を以て、他人を従わせているからだ。

 権威に相手が屈するならば、見せ付ける程度の暴力を振るうだけで済む。


 だが面子が潰れて権威に傷が付けば、暴力その物で相手を屈服させねばならなくなる。

 それは誰にとっても得がないし、方々に恨みを残す方法であるから、彼らは自らの権威を守る為に必死になるのだ。


 所が変われば人も変わるといえど、この手の理屈は恐らく中央部も東部も変わらない。

 そしてこの場合、水運業組合か商業組合の取るだろう手段は、面子を潰した僕に対する報復であろう。

 ……こう、それで出て来るのが彼らの兄貴分辺りの腕自慢で、一対一で素手で殴り合うというのなら、僕も喜んで受けて立つ。

 けれどもあの抗争の様子だと、それはどうにも期待できなかった。


 だったらまともに相手をする必要もないし、旅立ちの予定を早めてしまうか。

 そんな風にも、考える。

 黄古帝国に関する情報は、まだ完璧とは言えないけれども、ある程度は集まった。

 それに白河州には大きな都市が、ここ以外にもまだ四つもあるのだ。

 情報集めの続きは別の町についてからでも、構わないといえば構わない。


 一つ惜しいと思うのは、折角見つけた美味しくて気楽な酒家と、これきりでお別れになる事だ。

 うぅん、いや、まだ鍛冶屋も覗いてないし、屋台巡りもしてないし、言い出したらキリがないくらいに心残りはあるけれど……、本当にどうしようか。



 そう、迷っていた時だった。

 酒家の中に二人組の男が入って来て、ぐるりと店内を見回し、それから真っ直ぐに僕のテーブルへとやって来る。

 そして断りもなく席に着くと、人差し指を上に、招くように動かして、横柄な態度でスゥを呼ぶ。

「酒だ。早く持ってこい」

 さらにこの言い草だ。


 もうこの時点で既に心象は最悪に近いが、僕は温厚な人柄を自認してるので、このくらいじゃまだ殴り掛からない。

 どうせ相手を殴るなら、鬱憤を思いっ切り溜めてから殴った方が、気分が良いと知っているから。

 後少し、そう、後少しだけ我慢する。


「オマエが森人の弓手だな。河幇の連中に喧嘩を売ったと聞いた。良い判断だ。我々が雇ってやろう」

 だけど男達の口から飛び出したのは、思わず鼻で笑ってしまうような言葉だった。

 河幇というのは水運業組合の別名だから、僕が矢で射貫いたのはそちらだったらしい。

 ならば目の前の男達は、商業組合の人間なのだろう。


 しかしながら、どう見ても商業に携わる人間の取る態度ではない。

 やはり商業組合とは名ばかりで、その上前を撥ねるならず者の類である。


「なんだ? 自分を高く売る心算でも、その態度は賢くないぞ。だが、まぁいい。その剛胆さは悪くないな。我々の襲撃に射手として加われば、活躍次第では金錠をくれてやろう」

 一体何を勘違いしたのか、僕に鼻で笑われたにも拘わらず、話を続ける男達。

 報酬に金錠って言葉が出て来る辺り、商業組合は相当に儲けているらしい。


 でもそんな事は、僕にとっては関係がなかった。

「いや、笑われたんだから、答えは察して帰ってよ。君達と一緒じゃ、お酒も食事も楽しくなさそうだからね」

 僕は冒険者じゃないし、やくざ者でもない。

 ましてや遊侠の類でもないのだ。

 金を貰っての戦いや殺しなんて、全く以て僕の趣味ではないのである。


「はぁ? オマエ、それは本当に賢くないぞ。河幇の連中に加えて、我々にも喧嘩を売る心算か? それはつまり、命が要らないって事だ」

 だけど彼らには、僕の心は分からなかったのだろう。

 二人の男の目付きが剣呑な物に変わったので、僕はいそいそと革の手袋を懐から取り出して、手に嵌めた。

 どうやらそろそろ殴っても良さそうだと、そう思いながら。


 ……けれども、その時だ。

 ガッと二本の手が、後ろから二人の男の肩を掴み、

「彼はうちの店の客だ。相席を断られたなら、別の席に移るか、店を出て行け」

 強い力で握った。

 声の調子から察するに、それは決して本気の力ではなく、充分に加減されているのだろう。

 しかし人ならざる者、地人の腕力に肩をミシミシと握りつぶされそうになってる二人の男は、顔を蒼褪めさせて悲鳴を上げる。


 騒ぎが起きる前に割って入ったのは、この酒家の用心棒であるジゾウだった。

 痛みに返事もできない二人の男は、彼に引き摺られて、店の外へと放り出される。


 圧倒的な実力差だ。

 単に腕力がずば抜けてるだけじゃなくて、そこを掴まれれば相手が動けなくなる場所を的確に、集中させて力を込めていたから、技量の方も役者が違う。

 一応、助けられた形になる僕が礼を言えば、

「いや、助けが不要である事は分かっていたが、貴方に暴れられると騒ぎが大きくなる。だから俺が務めを果たしただけだ」

 そう言って首を横に振る。

 その言葉に僕は、そう、どうせならこのジゾウと殴り合ってみたいなんて、そんな風に思ってしまった。


 尤も、黒曜石の鱗に身体を守られた彼を相手に、僕の拳は全く通用しそうにないけれども。

 でもだからといって、彼が武器を、あの壁に立て掛けてる三尖両刃刀を使えば、殺し合いにしかならない。

 因みに三尖両刃刀というのは、先端付近が三つの刃に分かれた、特殊な形状の長柄武器だ。

 遠心力を付けて振り回せばとんでもない破壊力になるから、加減は全く利かない代物である。

 そういった武器があるのは、鍛冶の師であるアズヴァルドから聞いて知っていたが、実物を見た事はないので、是非じっくりと観察したい。


 あぁ、僕は多分、別にジゾウと戦いたい訳でも競いたい訳でもなくて、彼の事が知りたいのだろう。

 単に言葉を交わすだけじゃなくて、戦ってるところを見て、ジゾウの心根を知って。

 これまで見た事のない種族で、強い力を秘めていそうで、高い技量も持ってそうな彼に、僕は興味が湧いたのだ。

 アズヴァルドやカエハ、カウシュマンと出会った時のような、強く惹かれる何かを感じる。


 だがそれはさておくとしても、僕の代わりにジゾウが商業組合に喧嘩を売ってしまった形になってしまった。

 果たして彼は大丈夫なのだろうか?

 いや、実力に問題がなさそうな事は見れば分かるが、どうやら水運業組合も商業組合も、敵対者に対しては手段を択ばなさそうだし。

 ……すぐに旅立つ案は没にして、少し様子を見た方が良い。

 だってこれは、僕が招いた騒動なのだから。



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― 新着の感想 ―
[一言] 気の強い美人の看板娘がいる酒楼で主人公が酒と飯を楽しんでいると、先日のゴロツキがドヤドヤ入って来て戦闘シーンになる昔の香港映画の下り..っぽく見えました。 昔は金曜ロードショーでよく香港映…
[一言] 冒頭のスゥちゃんの物言い、好きですw
[一言] みりん?
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