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 サイアーの背に乗り、白尾の町をのんびりと見て回る。

 宿は馬を預かってはくれるけれど、積極的に世話をしてくれる訳じゃない。

 餌やりは宿のサービスのうちだが、藁を使ったブラッシングやマッサージ、外を散歩したりと運動をさせるのは、サイアーの所持者である僕の役割だ。

 馬は移動手段であると同時に、生き物だった。

 いや、より正確にいえば、人が勝手に移動手段として使ってるだけで、決して便利な道具として生まれた訳ではない。

 特にサイアーは遊牧生活の中で育てられた馬だから、厩舎で過ごす事はそれだけでストレスになっている筈。


 故に僕は彼の背に乗り、町中の散歩に出かけてた。

 細い道には入れないけれど、荷車や馬車も通る大通りなら、馬を使った移動も許されている。


 この町の見どころと言えば、やはり西岸と中洲、中洲と東岸を繋ぐ大橋だろうか。

 朱塗りの欄干が美しい大橋の上から川を見下ろせば、川を泳ぐ魚が水面を跳ねた。

 サイアーはおっかなびっくりといった風に、木製の橋を慎重に歩いて渡る。

 その様が実に可愛らしくて、僕はサイアーを宥める為に首を軽く叩く。


 白尾の町では居住区は西岸と東岸に、船を使った水運の都合上、商業区は中洲に設けられていた。

 但し中洲は川が荒れれば浸水され易い地域でもあるから、建物は高い脚の上に作られている。

 橋を行き交う人通りは非常に多く、彼らの表情は、飢えや渇き、貧困を感じさせない。

 この町は、本当に豊かで栄えているのだろう。


 だけど町が豊かで栄えていれば全ての問題が消えるのかといえば、決してそんな事はない。

 寧ろその豊かさに雑多な人が集まるからこそ、起きる問題も多く、複雑になっていくのだ。


 例えば、そう、中洲の商業の利権を巡った、水運業組合と商業組合の抗争とか。

 ……僕の常識で考えるとその両者は一蓮托生というか、直接的な利益で結ばれた争ったら駄目な関係だと思うのだけれど、この白尾の町ではまた話は変わる。

 何故なら彼らはそもそも組合とは名ばかりで、船乗りや荷を保護するという名目で上前を撥ねる、商人や商業地を守るという名目で上前を撥ねる、ならず者の集まりだったから。

 要するに、マフィアの類が利権を巡って抗争していた。


 僕は間の悪い事に、そのならず者達の抗争が起きたばかりのその現場に、橋を渡って来てしまったらしい。

 怒号が響き渡り、危険を察した町の住人が、走って橋を逃げていく。

 思えば僕も、その流れに従うべきだったのだろう。


 でも走って逃げる人々の中で馬を動かすのは、些か以上に危険だ。

 馬の体格と重みで、周囲の人を潰しかねない。

 僕は傍らを走ってすれ違う人々に驚くサイアーを宥めながら、その場に留まる事で精一杯だった。


 それ故に、僕は見てしまう。

 どちら側の勢力なのかは分からないが、逃げ遅れてへたり込んだ子供を邪魔だと蹴り飛ばそうとする、その男の蛮行を。

 子供を抗争に巻き込むまいとする為の行為としては、その蹴りはあまりに無遠慮で、大怪我を負わしかねない勢いに見えた。

 だから僕は咄嗟に、矢筒から引き抜いた矢を弓に番えて、放つ。

 構えず、狙わず、無造作に放たれた風に見えるだろう矢は、……それでも狙い違わずに、子供に当たりそうになっていたならず者の足を、ずぶりと射貫く。



 上がった悲鳴に、抗争中だった男達の視線は、一斉にこちらを向いた。

 まぁ馬に乗ったエルフなんて、どうしたって目立つから、もう仕方ない。

 僕はサイアーに歩を進ませて、へたり込んだままの子供に手を伸ばし、鞍の上へと引き上げる。


 さて、もうこの場に用はない。

 この子が一人で遊んでいたのか、それとも逃げる際に親と逸れたのかは分からないが、安全な場所に送り届けてやった方が良いだろう。

 僕がサイアーの向きを変えて、橋を渡ってもと来た方へと戻ろうとすると、

「てめぇ! 俺らに手を出して詫びもなしで帰れると思ってんのか!」

 なんて罵声が飛んで来たから、僕はもう一本、矢を引き抜きざまにそちらに放つ。


 ザクリと、矢は男の足の間に突き刺さった。

 誰の反応も許さぬ速度で。

 いや、ほら、僕だって、ちょっと罵声を浴びせられたくらいで、矢で射貫いたりはしないのだ。

 子供を蹴飛ばそうとしてたのは、流石に射貫いて止めたけれど、それでも最小限の怪我しか負わせてないのだから、寧ろ優しい対応だと思う。


 今の矢は、単なる脅しだ。

 僕と戦う心算なら次は外さずに急所を射抜くとの。

 わざわざ言葉にしなくても、彼らだってその程度は理解出来たのだろう。

 子供を連れた僕が去るのを、もう止める者は居なかった。


 尤も実際に男達が集団で襲ってきたら、弓矢じゃなくて精霊に頼って対処をするから、別に大怪我を負わせたりはしないのだが、敢えて僕がそれを教える理由はない。

 彼らは僕が去った後で抗争の続きを、思う存分にしてくれれば良いのだ。

 流石にそこに口を挟んで止める心算は、僕にだってないのだから。



 その後、僕は子供を家まで送ってから、宿に帰って散歩を終える。

 何だかもう、そういう気分じゃなくなったし。


 後で聞いた話だが、中洲での抗争もそのまま終わりになったらしい。

 闘志に水を掛けられた状態では、ならず者達も思う存分に争うという訳にはいかなかったのだろう。

 まぁ僕には、全く以て関係のない話であった。




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― 新着の感想 ―
蹴ろうとしていたのを見てから足を射抜いてキャンセルはちょっと想像できない神速ですね。足消し飛びそう
[一言] エイサーさんにはゴロツキの集団を一瞬で首以外埋めたという前科があるしwww
[一言] ヤクザが幅を利かせる社会だと民間人を巻き込んだ抗争は起こるべくして起きますよね 全員がちゃんと分別持ってやってるわけでもない、というか分別持ってない人が多い人種だろうし それに利権が絡むと過…
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