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町の広場で僕は集まった子供達に一枚の絵を見せていた。
ヒューレシオはポロポロとリュートを爪弾き、何やら寂しげな旋律を奏で出す。
吟遊詩人にして、寿命の長いエルフでもある彼は、リュートにライアー、この辺りで用いられる楽器なら、何でも一流の腕前を誇るらしい。
「むかし、むかし、ある国にとても貧しく乾いた村がありました。村の近くを流れる川は細くて、日照りが続くとすぐに干上がってしまうのです」
僕は言葉を発し終わると、今まで子供達にみせていた先頭の絵を取って後ろに回し、重ねてあった次の絵を見せる。
この絵の作者はレビースで、僕の注文通りにあまりリアルになり過ぎないよう、デフォルメとまではいわないが、敢えて少し崩して柔らかい印象を与えるように描かれていた。
村の絵をめくった次に描かれていたのは、一人の少女。
「そんな貧しく乾いた村に、一人の少女が住んでいました。名前はマリー。彼女は干上がった川に向かって祈ります。『どうかお水を飲ませてください』……と、そんな風に」
そう、僕が子供達に見せているのは紙芝居である。
キャラバンのエルフ達に、僕にも何か出し物をして欲しいと言われ、さんざん悩んだ挙句に思い付いたのがこれだ。
話はヒューレシオが決め、レビースは絵を描いてくれた。
そしてアイレナは、精霊の力を借りた演出担当。
どう考えてもアイレナが語り手で、僕が演出を担当した方が向いてると思うのだけれど、エルフ達は僕に読み手をさせたがる。
「その時、奇跡は起こりました。川の底の、僅かに湿った土の中から水の精霊が出て来て、マリーの合わせた手の上に、コップに一杯分の水を出してくれたのです」
僕がそう読み上げると同時に、アイレナが傍に置いた水を張った桶に小さく呼び掛ける。
すると彼女の声に応えた水の精霊が、水を動かして透明な乙女の像を作り上げた。
いやまぁ、別に全ての水の精霊が乙女の姿をしてる訳ではないのだけれど、多くの人間がイメージする水の精霊といったら、やっぱりこの姿だろうから。
「マリーは驚きましたが、とても喉が渇いていたので、その水を手で受け止めて、必死になって飲み干しました」
ちなみにこの話は、偶然にも精霊と波長の合った少女が、村を渇きと貧困から救うという、ヒューレシオの創作だ。
何でも亡国となったパウロギアに伝わる話を元に話を膨らませたんだとか。
水の精霊に渇きを癒して貰えたマリーだが、覚えたてのその力は小さく、とてもじゃないが村人の全てに水を与えられる程ではなかった。
故にその村の、村長は悪しき考えを持ってしまう。
マリーを水の精霊が気に入ったというのなら、彼女を人柱として捧げれば、川に水が満ちるのではないかとの考えを。
もちろん、そんな事はあり得ないのだけれど、人間の、それも学がある訳でもない貧しい村の村長が、正しく精霊を理解している筈はない。
村の為という名目で、マリーは干上がった川の底に埋められそうになってしまう。
そんな事をしても、今得られてる僅かな水がなくなってしまうだけなのに。
満たされぬ人の欲は、時に正しい思考を奪うのだ。
しかしそんな時、一人の旅のエルフが村を訪れる。
そして人柱にされようとしてるマリーを見て、激しく怒った。
水の精霊は人間の生贄など欲しない。
小さな希望の芽を自分達で摘もうとするほどに愚かなら、渇きに苦しみ滅んでしまえと。
だがそんな怒れるエルフを宥めたのは、他ならぬ救い出されたマリーだった。
彼女は、自分は村人を恨んではいない。
それよりもどうにか、村人全てを救いたい。
水の精霊に関して、知る事を教えて欲しいと、マリーは必死にエルフに向かって頼み込む。
エルフはそのマリーの器と優しさに、彼女を教え導く事を決める。
また村長もマリーの言葉に胸を打たれ、自分の間違いを認めて、彼女が成長した後には村長の地位を譲ると宣言した。
やがてエルフに導かれて一人前の精霊術師となったマリーは、精霊の力を借りながら村を導き、人々が飢えず乾かず、豊かに暮らせる場所にしたという。
……といった内容のお話だ。
要するに精霊がどういった存在かを教えたり、エルフが人間に協力すれば素敵な事が起こるけれど、怒らせると怖いと知らしめる為のお話である。
まぁ波長が合って精霊が見える人間はとても珍しいのだけれど、他人には見えない物が見えるという違いは、時に無理解からの迫害を生む。
このお話が広まって、そんな悲しい出来事が少しでも減れば、僕は嬉しい。
「こうしてマリーと村人達は、豊かになった村で、何時までも何時までも幸せに暮らしました。沢山の精霊達に見守られながら……。めでたしめでたし」
僕が最後まで話を読み上げると同時に、アイレナが風の精霊に頼んで大きな風を起こし、他のエルフ達が一斉に花びらを撒く。
色とりどりの花びらが風に舞って、近くに座り込んでいた子供達だけでなく、遠巻きに見ていた大勢の大人達も、ワッと大きな歓声を上げた。
それから最後まで紙芝居を見てくれた子供達には果物を一つと、周囲の大人達には運んで来た酒を一杯だけサービスする。
二つ目からは、二杯目からは、有料だ。
大喜びする子供達、いや大人達もだけれど、大盛り上がりのその場を更に盛り上げようと、ヒューレシオがリュートを奏でながら大きな声で歌い出す。
すると二つ目の果実を親にねだる子供や、二杯目の酒を求める大人達に広場はちょっとした宴の様相を呈してきて、僕の前にはおひねりの硬貨が沢山積み上げられて行く。
紙芝居は大成功で、あぁ、これはもしかすると、キャラバンの売りの一つになるかもしれない。
だって演出に精霊の力を借りるなんて、とても贅沢で盛り上がらない筈がないから。
ヒューレシオが話を考え、レビースが絵を描けば紙芝居の種類もこれから増えて行くだろう。
実際には、精霊の演出と合わせるなら人形劇とかの方が向いてる気もするけれど、演出なしで他の人々が真似るなら紙芝居の方が敷居は低い筈。
そうやって真似る人が増えてこそ、エルフや精霊の話は、わざとらしくなく人々の間に溶け込んでいく。
そしてどれ程に真似られたところで、精霊による演出は、このキャラバン独自の物だし。
僕は頬を真っ赤にして懸命に楽しかったと伝えてくれる子供達の頭を撫でながら、広場の盛り上がりに笑みを浮かべた。