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短編集『乙女のワンシーン』

翻れプリーツ

作者: 紺色橙

 クーラー対策の夏服セーター。

 ぐるりと腰に巻いてお尻を隠す。


「ほんと、ないわ」


 いらつく心はそのまま言葉に出てくる。


「これはもう一つお菓子が開いてしまいますね」

「そうですねぇ」


 帰ろうと思って閉めた鞄をまた開く。

 ファスナーを開けてポケットから取り出すチョコミント色の巾着袋。

 茶色の細いリボンがするりと解けた。

 チョコミント色の巾着袋と保健室から借りてきた緑色の着古されたジャージ。


 はぁ、と零れる友人の溜息。


 用も無いのに教室に残れば、遠くから部活動の音がする。

 合唱部の練習の声、ピアノの音、どこかの運動部の歓声。

 

 着替えをもって向かったトイレ。

 もう帰る予定だったのに、予定外の汚れで先延ばしになる。

 大丈夫、夏の日光は刺すほどに熱い。





 くるくる、足首を出すように巻き上げたジャージ。


「すぐ乾くよ」


 日光を遮るために下げた教室のブラインド、その隙間から差し込む太陽。

 手すりにかけた濡れたスカートは日光を浴びる。

 水は生温く、ついたばかりの汚れはすぐに洗えばきちんと落ちる。


「保健室で外干しした方がよかった?」

「風当たる方が早いから?」

「うん」

「いいよぉ。お菓子食べて待ってる」


 はいと差し出された苺ポッキー。

 帰る予定は未定になった。


「チョコ溶けてるじゃん」


 夏だからね、とくっついたポッキーを口に入れた。


「グミもチョコもでろでろになる」

「残るはクッキー」

「ビスケットが良いなぁ。クッキーより固い感じ」

「お姉さん煎餅ならありますよ」

「じゃあそれで」


 可愛い赤い箱のビスケットを、今度買っておこうかな。

 さすがに箱のまま鞄に入れていたら、先生に見つかってしまうけど。


「ちょっと乙女が海苔巻き持ってんのダメじゃない?」

「歯についてたら教えて」


 まるで無限に湧いてきそうなお菓子たち。

 お弁当は小さめで、お菓子は机を埋め尽くすほど。

 透明フィルムをくるりと取って、一口で入れる。


「1時間くらいで乾くかなぁ」

「全部濡れてるわけじゃないし、そこそこじゃない?」

「うーむ」

「前と後ろ逆にして履けばいいよ。したら電車で座ってもお尻濡れないでしょ」

「そーしよかぁ」


 閉め切った教室。

 それでもブラインドの向こうで手すりは熱くなっているはず。


「別にもっと遅くなってもいいよ。この暑い中帰るのしんどいじゃん」

「夜になっても暑いよ」

「まぁね?」


 日傘を買おうと思うんだけど、と話は飛ぶ。

 1万円を超す日傘は評判が良くても私たちには高いもの。

 移り変わる手の中の画面。

 買うなら水色? それともやっぱり黒かな、なんて。


「早めに対策しないとシミと皴とたるみと……」

「とりあえず日焼け止めを塗りましょう」


 鞄の中をごそごそと、取り出すSPF30のパウダー。

 しっかり塗り直した日焼け止め。

 細い櫛で直した前髪。


「ねぇ、髪も緩んでるよ」


 指摘に反応してひょいと持ち上げられた、肩に落ちる三つ編み。


「やって。もうね、動きたくない」

「わかる」


 席を立ち後ろに回る。

 ばれない程度に染められた髪の毛、細い透明ゴム。

 片方はそのままに、一度全部ほぐした髪の毛。

 きつくきつく編み込んでいく。


「優しくお願いします」

「だって最初から緩ませると全部だるくなるよ」


 肩を超えた三つ編みを抑え、少しずつほぐしていく。

 きっちり過ぎるのは似合わない。

 もう片方も同じように。


「毎朝やってくれたらいいのに」

「今度遊んだ時、会ってすぐやるよ」

「やってほしいの探しとこ」

「難しいのは無理だよ?」

「何個か出すから」


 もう夏休みになる。

 週5日見ていた顔は画面越しになるね。


「やってもらったら、それに合わせたヘアアクセ買いにいこ?」

「いいよ」


 ポイと放した三つ編み。

 そう遠くはない会う予定。

 スカートは日光を浴び熱くなり、それでもまだ乾かない。





[終わり]

脳内一枚絵『誰もいない夏の教室でお菓子を食べる子たち』

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