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第一章 第三話:あいみつ無しなんだよねぇ

 実を言うと、僕は仕事で営業職をまともに経験したことが無い。社員研修の際に一ヶ月ほど営業部にお世話になったことがある程度だ。人付き合いだって苦手というほどでもないが、得意というわけでは全く無い。つまり、生来ついつい本音が出てしまう性分なだけに、交渉事は苦手なのだ。


「では、異世界に飛んですぐに死んでしまったりするのは無しでお願い出来たりしますか?例えばゲームでも最初からバカみたいに難易度が高かったら、やる気なくしますよね?多少の生き残る術をいただけませんか。後、元の世界に戻れるオプションも用意していただければ言うことなしなのですが」


 僕は、図々しくも金の斧を先に願うか、それとも謙虚に鉄の斧を願うかを迷ったが、ここは彼の掌の上、やはり後者を先に願い出た。


 しばしの間。


「ふむ。それもそうだね。じゃあ、ゲームでいうチュートリアルはつけてあげるよ。ただし君の世界でいうところの、所謂チートみたいな超越した力はあげられないんだ。それは世界のバランスを崩すことにつながりかねないからね。それと帰還オプションだけれども、こちらの世界である程度の時間を過ごしてもらえれば、死んだ時に元の世界への帰還を選択出来るようにしてあげるよ。ただ、以前の君という個はすでに死んでしまっているから、元の世界の輪廻の環に戻してあげることしか出来ないけどね。当然記憶や人格は元のままというわけにはいかなくなる。これは君の世界の輪廻の環の“仕様”なんだ」


 僕の願いも虚しく、先にチートは拒否されてしまう。やはり心は読まれていると考えていいだろう。


(人格と記憶、チュートリアルありの、条件付き帰還オプションあり、チート無し、か。何だか不動産物件を選んでいるみたいになってきたな)


 ただ、帰還しても元の人格や記憶がないのでは、戻る意味もないだろう。どうせ戻ったことすらわからないのだろうから。


「そうですか。いえ、チュートリアルだけでも充分です。ちなみにある程度の時間、と言われると?」


「具体的にこちらの時間で何時間と言うのは難しいね。世界が違うということは時間の進み方、感じ方もまた違うということ。でも大まかに言えば人の一生五回分くらい、かな?」


 人の一生五回分!これは相当に長い年月だ。つまりそれだけの間、彼の僕徒として生きなければならないということ。


「一生を八十年として、五倍の四百年か……」


「わからないよ?平均寿命が四十年かもしれないし、四百年かもしれない。旅の途中で死ぬかもしれない。でも、その間に何度でも自由に生きて、世界を見て回ってくれればいいだけなのさ」


「……なるほど」


 全ては彼のさじ加減次第、結構な長い年月になるかもしれない。その間に死んだら、何度でも生まれ変わってまた最初からやり直し、ということだろう。ただ、彼の僕徒としての職分は世界を見て回ることだけだから、縛りは意外と緩いのかもしれない。



 列車事故による肉体の死。そしてその先にある自我の喪失。人生の終焉を目前にして差し出された手。


 ――その手に縋りなば、待ちうくるは()(しもべ)たる生――


 果してこれは神の救いか悪魔の誘惑か。


 だが、ここまで来て、僕の心にはすでに諦めと開き直りが生まれ始めていた。もうなるようにしかならないのではないか、と。


「ふふ、君は素直だね。そこがいいところさ。で、どうかな?来てくれるかな?」


 周囲に満ちるこの安らぎの光の向こうに、自称神の期待と自信に満ち満ちた笑顔が見えるかのようだった。


(くっそ。こ、断りづらい……)


 だが、ここまで言われた上で断っては男が廃る。僕は意を決し、半ば自らの弱い心に鞭打つように、半ば自らに言い聞かせるように叫んだ。


「わ、わかりました。お邪魔させていただきます!」


「本当かい?!やった!よかったよかった!!とてもうれしいよ!!君は僕が招いた初めてのお客さんになるんだ。ホストとして失礼のないように君を導くよ」


 僕の決心を聞いて、思わずといった感じで転がりでた彼の本音であろう言葉を、僕はちょっとだけ意外に思った。彼は本心から僕を熱心に勧誘していたのだ。


「そうだったんですね、ありがとうございます」


「さあ!どうする?僕はいつでも準備オーケーだよ。君の準備が出来たら教えておくれよ」


(僕が最初というのは予想外だったが、死なないようにチュートリアルも付けてくれるって話だし、世界を見て驚いて欲しいと言うなら、そう無下には扱われないだろうし、大丈夫だろう。年代も原始時代は無し、とお願いしたしな。他には何か言い忘れたことはあったかなあ?うん。まあ、大丈夫……だろう)



「はい。はい、僕も大丈夫です。よろしくお願いします」


「ふふ、やはり君はとても善い魂を持っているよ。それも僕が君を気に入った理由の一つでもあるのさ。でも、相手を疑うこともこれからは必要になるだろう。そんな時はアッティバの導きを求めるといいよ。さらに僕の加護を授けてあげよう。大した力にはなれないけど、無いよりはよほどましだろう?」


(え?加護?アッティバ??初めて買ってもらったPCが確かそんな名前だったような??)


「アッティバとは何ですか?」


「それは己が自身で知ることになるであろう。では行くがよい。我エジルプラスに導かれし、(ことわり)の狭間を彷徨う旅人よ」


 僕を包む光は急激に膨らみ始め、七色の光のグラデーションを波のように周囲に飛び散らせながら、はらはらと虚空に散りばめられてゆく。


(急に神様っぽくなったな!この人!!しかもあんたが狭間とやらに引っぱって来たんじゃないかエジルプラス!)


「ふふふ、しまらないなあ。最後くらいかっこつけさせてくれたまえよ」


 やがて僕を包んでいた光は、ゆっくりと上昇しながら一点に収斂していった。辺りは徐々に暗くなり僕は次第に不安を覚え始めた。


「大丈夫だよ。安心して行くといい。ただ、君は種族を決めていなかったね。僕が種族について言い出さなかったのは、目覚めた後で君に驚いて欲しかったからさ。もちろん驚かせるお詫びの意味も込めてそれなりにいい種族を僕が選んでおいてあげるよ。きっと気に入ると思うよ」


(そういえばそうだった!うん、嫌な予感しかしない!これは……初っ端から失敗しちゃったかなあ)


 この土壇場で自らの迂闊さに愕然とする。やっぱり僕は交渉事は苦手なのだ。


「大丈夫大丈夫!僕はこう見えてもスレイヤーズとかエルフを狩るモノたちのファンなんだよ?どんな種族が君達の好みなのかはわかっているつもりだよ」


(ふっる!)


 唐突に耳にするタイトルが呼び起こす古い記憶達。クッソなついな!そういうの不意に出すのやめて欲しい。


 だがさっきまで沈んでいたはずの気分も心なしか上向いたのも事実。これから僕はそういう世界へと旅立つのだ。こんなに楽しみなことは無い。


 ただ、それでもダメなものはダメだとしっかりと釘を刺しておく必要がある。


(魔族とかマンドラゴラ・エルフとか変な種族はやめてくださいね!?)

 

「ふふふ、それは目覚めてからのお楽しみだよ!」


(変なフラグ立てないでください!あ、後、加護ありがとうございます)


「どういたしまして…さあ、安心し…行くと…い……」


 不思議な浮揚感に包まれたまま、僕の意識はエジルプラスの声とともに暗闇の中に溶け込んでいった。

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