第一章 第二話:神様の営業って……
この自分を神だと言う存在と話をしていると、彼自身が放つ存在感と、その口調の軽さとのギャップにどうしても大きな戸惑いを感じてしまう。
「そうそう。楽にしてね。推察どおり君は列車事故に遭って死んでしまったわけなんだけど、本来ならその死後、君の魂は輪廻の環へと至り、再び現世へと戻る準備をする予定だったんだ。だけど今の君は、というと、輪廻の環へと至る前に、僕が作ったこの次元の隙間に魂を捉えられている状態。さて、ここで僕から一つお願いがあるんだ」
唐突に、しかも弁当売り切れの断りと同じくらいにあっさりと、自らの死を自称神からその軽い口調で告げられたわけだが、僕には全くと言っていいほど何の感傷もなく、むしろそれを聞いても平然としている自分自身に驚いたほどだった。
ただ考えてみれば、すでに「死んだと自分で理解」した後に自らの死亡告知を聞いたとしても、驚きも何も無いものだ。
そもそもこの謎の存在を前にしても、平然と会話を続けていられること自体が信じ難いことなのだが、この時の僕は会話の内容に興味が向いてしまっていて、一切合切細かいことは意識の外にうっちゃられたままだった。
「お願い、ですか。どういったものでしょう?」
全く想像すら出来ない神様からのお願い。神と言われるような存在は、普通はお願いをされる立場なのではなかろうか。
「さっき僕は“君の理の外”と言ったのを覚えているかい?君には“僕の理の内”に来て欲しいんだ」
やはり「理」とはひどく抽象的な言葉だと思う。法則とか真理とか原理とか、そういう意味での理なのだろう。
「あなたの理の内ということは、あなたの世界に来て欲しいという意味でよろしいのでしょうか?」
「平たく言えばそういうことになるね」
自らが作りだした世界に死者の魂を呼び寄せ、何をさせようというのだろう。だが、そもそも神の思惑などというものが、人知を持ってして計りうるものなのだろうか。
「やっぱり神様じゃないですか……理由を伺っても構いませんか?」
「もちろん。ただ、君を選んだことにそれほど具体的で強い理由はないんだ。君の魂は僕にとってとても好ましいということ。強いて言えばそれが君を選んだ理由かな。君たちの世界から魂を呼ぶのは、僕の世界を見て驚いて欲しいからさ。当然今の君の記憶や人格はそのままでね」
世界を見る、とはどういうことなのだろう。旅をして見聞を広めろということか。では一体何のために?単に自らが作った世界を自慢したいがため?それとも何か深謀遠慮といったようなものが、その裏に隠されているのだろうか。
聞けば聞くほど、問えば問うほど、新たに芽生える疑問。
「たまたま僕の魂を気に入られ、僕にあなたの世界を見てまわって欲しい、と。そのような理解でよろしいのでしょうか?」
「そういうことだね。もちろん断ってくれてもオーケーだよ。僕としては残念だけど。君の魂はここから解放されれば再び輪廻の環の中に戻って行くし、何も問題は起きない。」
正直に言えば、僕は彼の言うことに興味はあったが、それを口に出してしまえばこの場の主導権を彼に握られてしまうような気がしていたのだ。しかし、「この場所は自分が作った空間」、とか、「心に直接訊く」、などと言っていたし、口に出さずとも僕の思惑は全て彼に筒抜けなのかもしれない。
さらには、そもそもここで抗ったとしても大して意味はない気もするのだ。つまりはどちらにしても僕は彼の掌の上にいるし、彼の提案を拒否することも自由なのだから。
しかし、とりあえずはより多くの情報を彼から得ることが先決のように僕には思えた。
駆け引きはそれからでも遅くはない、と。
僕の堂々巡りの心の内を知ってか知らずでか、彼は相変わらず優しい光を放ちながら僕の全てを包み込んでいた。
「エジルプラス様の世界について詳しく教えていただくことは出来ますか?」
「もちろん!営業に来ておいて、商品の説明が出来ない営業マンなんて役立たずも同然!押し売り以下だからね」
僕の提案に、彼は喜び勇んで食いついて来た。こういうところは全く神様らしくない。
(あんた神じゃないのかよ……営業マンて)
「ふふふ、わかりやすいように君の世界の例えを使ったまでさ」
(あれ、顔に出ちゃったかな?それともやっぱり心が読めるのかな?でも、なんだか一気にパンピー臭くなったなこの人)
彼の長いセールストークでわかったことは、彼の世界は僕達の世界とほとんど変わらないところだそうで、宇宙があり、太陽があり、星がある。大気があり、水があり、生き物がいる。人間に似た知的生命体もいるという。
「パッと見こちらの世界とは多少違うと感じるかもしれないが、世界の在り方にそれほどの違いはないよ」
「パッと見多少の違いですか」
「うん」
つまり環境は地球とそれほど変わらない。では進化の程度はどうなのだろう、文化や文明といった時間的な環境要素はどうなるのだろうか。そんな疑問がふと思い浮かんだ。
「あの、仮に僕がそちらの世界にお邪魔するとして、どんな時代になるのでしょう?原始時代に僕一人飛ばされても何も出来ずにすぐ死んでしまうと思うのですが」
「そうなるかもしれないし、ならないかもしれない。ただそれはそれで面白いと思うのは僕のわがままかな?」
神のわがままだけで無理ゲーに放り込まれるとしたならば、それはひ弱な人間にとっては迷惑以外の何物でもない。
「いいえ、全力でお断りさせていただきます。あまりに極端な時間軸を設定するのはやめていただけませんか?」
「ふふふ、そうだよね。NO THANK YOUってやつだよね。まあ、それは冗談としても、どうかな?少しは僕の世界に興味を持ってもらえたかな?」
彼の説明は、長い割にはざっくりとしすぎていて、細かいところが伝わってこない。恐らく意図的にそうしているのだろう。僕の意識にはっきりと残ったのは「地球と変わらない」という一点のみだった。
「うーん、もう少し具体的なビジュアルというか、例えば写真とか動画とかあればもっと細かなところまで伝わると思うのですが」
「そんな野暮なことはしないよ!一度見てしまったら初めての感動ってやつを味わうことも出来ないだろう?君には僕の世界のありのままを見て、聞いて、触って、匂って、味わって、そして驚き、感動してもらいたいのさ!!」
どうしてそこまで執着するのか僕にはわからないが、この自称神とかいう存在の、営業トークにかける熱意と興奮がひしひしと伝わってくる。そしてそこにいたずらしてやろう、とか、からかってやろう、といった悪意や悪気のような物は、これまでのやり取りでは一切感じられなかった。
正直ここまで必要とされているのだし、異世界というものにも僕は大いに興味があった。願うべくは低難易度からのスタートと元の世界に戻れるかどうかだが、さらにもう一押ししてチートなども付けてもらえれば完璧なのではないだろうか。高望みという奴かもしれないが、頼んでみても損はないはずだ。
果して彼との間に交渉の余地があるのかどうかわからないが、僕は意を決して彼に向き直った。