第二話
静寂が辺りを包む。
あまりに突然の出来事で喋ることも反応を示すこともままならない。
「ようこそ!ニューヨークーロンへ!」と書かれている旗を持った金髪の……13歳くらいだろうか、彼女は長い睫毛に縁どられたサファイアの瞳をぱちくりとさせ驚いたように声をあげた。
「あれ~?絶対喜んでくれると思って5分くらいかけて準備したのに~!」
残念という表情を浮かべた彼女はがくりと項垂れた。
棒立ちのままなんの感情も示さない俺を見て喜んではいないと判断したのだろう。
そんな彼女の横に先ほどまでクラッカーを掲げ後ろでポーズをとっていた男性が来た。彼は彼女に鋭い視線を向ける。
吊り上った目元のせいだろうか、やけにヒヤリとした空気を匂わせる。
「だからする必要はないと言ったのですよ」
「え~!だってだって!ここに来てくれたからには歓迎しないと!この人だって体全体で意味が分からない感じを出してるけどきっと心の中では喜んでくれてるもん!」
「お嬢様の中では ですよね」
はぁ、とみんなに聞こえるくらいの大きな溜息を吐いた彼はやれやれと首を振る。
その顔はポーズをとっていた時と変わりなく無表情だ。
「まぁまぁ~楽しかったから哥哥もあんまり怒らないであげてよ~」
今度は前でポーズをとっていた男性が背伸びをして立ち上がった。
哥哥……ということはこの人とあの鉄仮面は兄弟…いや背も同じで顔も似たような感じだから双子か…
そしてこの金髪幼女 もといお嬢様は推測するにここ、九龍城の主。さしずめ二人はこの子を守る従者といった感じか…というかどうやってこんな巨大な城をこの子が国家として作り上げたんだ?来て早々なぞは深まるばかりだな…
そんなことを思いながら頭や肩にかかっているテープと紙を手で掃う。
大分状況を判断できるような落ち着きと冷静さが戻ってきたようだ。
「それよりさ~彼に自己紹介くらいした方がいいんじゃない?」
「それもそうね!ナイス!…よいしょっ 改めてここ、ニューヨークーロンへようこそ!私がここの主人の林杏よ!こっちの鉄仮面が清切で~こっちの笑顔な方が余暉っていうの!二人はね~私の護衛だよ!」
「よろしくお願いします」
「よろしくね~」
「…雨露です」
改めて真ん中に置かれた小さな椅子に林杏は座ると紹介をし始めた。二人は左右に腕を後ろ手に組んで立っている。
清切は90度にお辞儀を、余暉はにこやかに手を振るのであった。
自分もそれに倣って少しだけ頭を下げる。
彼女…林杏の紹介を聞く限り俺の予想は当たっていたようだ。
「それでね!ここに来てくれたってことはここに住みたいってことでいいんだよね?」
「はい」
「わーい!新しい住人が来てくれたー!やったー!」
彼女が喜びに万歳をしていると横に立っていた清切にお嬢様と鋭い声で窘められる。
「おっとぉ、いけないいけない……ここで住むにはちょっとした”ルール”があるんだ!そのルールを満たせないのなら残念だけど帰ってもらうことになっちゃいます…しょんぼり…」
「ルールは3つ。そのうちの2つは条件を満たしているので、残りは1つとなりますね。」
「残り一つ……雨露には苗字を捨ててもらはなきゃいけないんだ!それができたらここでのハートフルライフは決まったも同然だよ!」
「……苗字?」
住むためのルールを聞いて拍子抜けしてしまった。なんだそんなことか、と正直安心してしまった。
なぜ苗字を捨てなければいけないのか、それを聞いても彼女らは答えてはくれないだろう。
なぜだかそんな感じがした。
「……俺にはもともと苗字なんかない。たとえあったとしてもここに住めるのならそんなもの簡単に捨ててやる。ここまで来て帰るなんて選択肢は選ばない。」
そんな俺の言葉を聞いて林杏は「決まりだね!」と明るい声で言うのだった。
「では、あなたがここに住むのは決まりということで……お嬢様。」
「うん!では雨露!あなたが正式にここの住人になる、ということで”天啓”を授けます!」
「天……啓……?」
「うん!雨露にね、私が能力を授けるってことだよ!」