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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第4章 新時代陰影編
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お雇い魔動師からの話

 月日は流れ、新サパン暦7年。その年の大きな出来事といえば改暦があり、これまで使われていた旧暦に代わってヨウロで使用されているグレガルン暦となった。

 唐突ともいえる発表で新サパン暦6年12月3日だったはずのその日は新サパン暦7年1月1日となり、ゼラなどは、首を傾げるばかりであったが、サーマは改暦祝いと称して酒をゼラに渡すのであった。

 今度の正月には実家に帰ってきて欲しいとの両親の連絡を、サーマは図らずも無下にしてしまう形になったのは、政府の突然の改暦のせいであると自分を正当化しつつ、胸が痛むものはあったのだ。父のムネルと母のサウ。女である自分に学問を学ぶのを許し、意思を尊重してくれた両親にサーマは感謝しても仕切れない。無論、娘として大変な慈しみを以て育ててくれた。

 そんな両親が縁談の話をそれとなく匂わせた手紙を送って来たのは数日前の事である。カツマの実家に顔を出して欲しい。娘であるお前の顔を見たい、という内容であったが。サーマにはそう読み取れた。

 サーマは1人娘であり、エルトン家の跡取りが居ないのは大変不安なのだろう。許嫁ドロタ・タロが亡くなってもう何年にもなる。そろそろお前の将来の事で話をしたい、との両親の頼みを、サーマはゼラに相談したうえで決断しようとした。

 未だタロへの手前、結婚など考えられない、という心の動きがある一方、親の願いをきいてやりたい、という思いもあるのだった。それと、もう1つ擡げてきたのが、仮に婚約が成立した後、このままカツマに留まれと言われたらどうしよう、という不安であった。はっきり言うと、仮に結婚したとして、これまで通り魔動省で働けるか、という不安である。


「ぬしの好きにしたらどうだ?どう決断したって後悔するんなら、自分で決めろよ」


 ゼラは頬杖をつきながら、猪口を傾けて言った。


「ゼラ……」


 サーマは、思わず溜息混じりの声を上げたが、自身がその決断をゼラに委ねようとする浅ましさに気付き、恥じ入って俯いてしまった。

 結婚の話を蹴っても、両親を悲しませる、というのがサーマを大いに悩ませた。自分は1人娘で、他に男兄弟が居れば良かったのだろうが。実は2年前にも婚姻の話が持ち上がっていたようだが、新サパン暦5年においての藩の廃止によって流れたようだ。以前帰った時、それとなく両親が話すのを聞き、驚いたのを覚えている。

 いつの間にか話は変わって、やはりその日最大の話題に内容は移っていた。


「解せねえな。いきなり今日から年明けだ新年だって言われても、すんなり納得出来る訳ねえ。暦までヨウロ化せんでも」


 不満げに吐き捨てるゼラに対して、


「しばらくは、これまでの暦も並行して使われるだろうから、心配はなか。政府は禁止した訳でも無し」


 サーマは苦笑して応えるのだった。

 不満を述べつつも、ゼラを含め人々は新しい暦に順応をし始め、これまで通り生活を送った。民衆というのは何時の世もしたたかに生きていくものである。

 その他にも魔動を使った殖産興業や魔動鉄道網の拡張、教育制度も整えられ始めていた。


「学校なんて好き好んで行くのか?」


 ゼラが言った事がある。


「いや、これは権利じゃ。学ぶ権利」


 サーマが言い切った。


「権利、ねえ。別に欲しくねえ奴もいるだろ。それよりも稼がねえと」

「おはんだって、シンエイ先生に教わった事感謝しとろ?」

「ああ」

「何も学べないというのは、その人の未来を狭める事になる。今からの時代、人々はあらゆる道に進み、あらゆる選択をし、生きていくとじゃ。それこそ、稼ぐ手段も学ぶ事で増える」

「ふうん。でも金取るんだろ。貧乏人は学校に行けねえよ」


 サーマは顔をしかめ唸った。


「そいが問題じゃ。初等教育くらいは無償に出来んもんか」


 そんな話をしたりしたが、サーマは学制には関わる事が出来ない。

 彼女の仕事はあくまで魔動省内にあった。


「今日も行くか」


 同僚が言うのは、料亭の事である。


「エルトン君は……行かねえか」


 同僚がサーマをちらと見て言った。

 サーマは苦笑して頷く。


「殿方で楽しんできてください」


 だんだんと打ち解けてきてはいたが、性別の壁は大きく、彼らは料亭で芸妓を侍らしに行くのであり、サーマは楽しめないものだった。無論酒も遠慮しなければならない。

 1回ついて行った事があったが、1人その場に乗れず、芸妓もどう接していいか分からない様子で、しかも結局酒に潰れて、同僚のダウツ・カルミに背負われ夜道に出たところをゼラが迎えに来ていた、という。

 ゼラはサーマが絶対前後不覚に陥っていると確信して迎えに来たのであった。


「どうも。あとはおらが」

「ああ、御友人。ではお任せします」

 

 そんな会話をして、サーマを受け取ったそうだ。

 サーマはしばらく、穴が有ったら入りたいくらい恥ずかしくて、省への出仕も気が重くてたまらなかった。

 

 新サパン暦7年4月、サーマはお雇い異人の魔動師ウィルム・ハンリーと会う機会を得た。省内での会議を終えたハンリーが1人歩くサーマを呼び止めたのである。


「少しお話しよろしいですか?」


 彼はエガレス語で話しかけてきた。彼はヨウロの北西にある島国エガレス国の人であり、サーマがエガレス語も多少解すると知っていたのである。

 2人、空き部屋に入り、机を挟んで座った。


「呼び止めて申し訳ありません」

「いいえ、わたしでよろしければ」


 サーマは、ハンリーに応えた。彼は眼鏡をかけ、背が高く、知的さに溢れた雰囲気の青年であったが、その顔は沈鬱さを湛えていた。


「単刀直入に言います。今回の会議は『ゴーレム』に関してでした」

「存じています」


 サーマは頷いた。


「シャラルの意見を是とするようですが、その分私の意見は聞く耳を持たれない」


 ハンリーは苛立ちを隠せていなかった。

 シャラル・オーストはカナリス国の者であり、魔動省においては彼よりゴーレムの技術的指導が行われていた。


「あれは、危険な代物です。我が国エガレスでいち早く導入した結果、問題点が数多く発見されたのです」

「聞き及んでおります」


 サーマは頷いた。


「この国の魔動技術は未熟です。そんな折にゴーレムの導入など、大惨事を招きます。しかもいきなり、最新式のゴーレムの導入など……」

「導入なのですか?あくまで研究だと聞いておりますが……。もし仮に実用化の必要性に迫られた際、基礎技術力が低ければ目も当てられませんからね。早い時期にやっておく価値はあると思いますが」


 ハンリーは首を振った。


「導入です」


 サーマは思わず身を乗り出した。


「カナリスから最新式のゴーレムを輸入する方針が定まったようですよ。その魔動力の強大さはかなりのものがあると聞いております。いいですか、私の国でゴーレムにより何が起きたか知りたいですか?」

「是非、教えてください」

「制御に失敗すれば暴走するのですよ、あれは。我が国ではゴーレムの暴走により数個大隊に匹敵する兵が失われ、街もいくつか壊滅しました」


 サーマは息を飲んだ。彼は本気で警告しているのだ。


「しかし、何故それをわたしに?」

「もはや、貴女しか話を聞いてくれそうな方がいなかった。省の中で周囲から一歩引いている貴女が。それに貴女は非常に優秀だ。魔動師としても」

「わたしはエアイ卿の下で働いておる者ですが」


 応えながらも、我ながら冷淡だと思った。だが、一言これは言っておく必要があったろう。

 エアイ・ズンマは魔動省の長であり、魔動卿であり、政府では参議の地位にある。サーマは彼の指示を仰ぐ立場にある。


「分かっております。しかし、話しておきたかった。シャラルの後ろに誰が居るかご存じですか?レオンス・ミンブリンです。彼は自身の推す最新式ゴーレムをこの国で試すつもりだと思います」


 サーマはその名を聞いた瞬間、全身に怖気が走るのを覚えた。心の臓がきゅっと締め付けられ、歯を強く食い縛り、拳をぐっと握りしめなければ、耐えられなかった。

 そう、彼こそはカナリス国においてミンブリン伯爵とサパン人からも呼ばれた男であり、サーマとゼラとは因縁深き相手でもあった。

 そんな彼の名を今ここで聞くとは思いもしなかったサーマであった。


「試す、とは?」

「本国で実用化する前に、この国で実用化するのです。カナリスがパロセンと戦争をしたのは御存じでしょう?その際ゴーレムが使用され、双方の国で大惨事となったのです。結果ヨウロではゴーレムの軍事使用への忌避感が生まれており、ミンブリンはまずい立場に置かれているのです」


 かつてトトワ王朝を支援したカナリス国は、その直後プロセンという隣国と戦争となり敗北を喫していた。それは政治体制が大きく変わる程の大敗であった。

 このサパン国だけでなく、カナリス国ですら大変化があった。生まれ育った国と留学した国の双方の歴史的転換は、サーマをして歴史という大河の流れを思い起こさずにはいられなかった。


「それで、この国で立場を回復させようというのですか?」

「そうだろうと推測します」


 サーマはハンリーに丁重に例を言い、ハンリーも感謝を伝えてきた。


「この胸の内だけに留めておくつもりはありません。わたしに出来る事をしてみます」

「感謝します」


 ハンリーはサパン式の一礼をして、サーマのもとを歩き去って行った。

 サーマはそれを見届ける前に踵を返して足早に魔動省の外へ向かっていた。

 唇は噛み締められ、拳は握られたままだった。


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