魔動省への出仕
魔動省の建物はサパン風とヨウロ風の入り混じった建築様式であって、入り口のヨウロ館を抜けるとサパン風の木板張りの廊下が真っ直ぐ続いていた。襖を開けると、サーマの上司となる人がそこにいた。
エアイ・ズンマであった。壮年の細身だが、その内部にマグマのような猛りを露わにしている様な男であった。
「思っていたのは違うな」
サーマの丁重な挨拶への返答がそれであった。顔を上げたサーマに、
「セアクボさんから聞いた話では、かなりの武闘派と思ったが」
「まさか」
サーマは苦笑した。
「強力な法術師と戦い、寺一つ壊滅せしめたと聞いたが」
「それは、恐らくはわたしの友人の事でしょう」
口にして、我ながら肝の太さに驚くサーマである。
その友人は法術使いであるのだ。
法術禁止令の時代において、その総本山とも呼ぶべき魔動省の中である。
「ほう、まあいい。我々はセアクボさんの推挙だろうが依怙贔屓はせんよ。その事は肝に銘じておいた方が良い」
「セアクボ卿は依怙贔屓せよと仰せではありますまい」
「それもそうだ」
サーマの返答にエアイは口角を吊り上げた。サーマも合わせて微笑みを浮かべた。
仕事場に案内されると仲間となるべき人々が本を片手に議論に励んでいた。
「皆、エルトン君だ」
その場の者が一斉にサーマを振り向く。サーマは丁寧に一礼した。
「未熟な身でございますが、一日も早く皆様の様な新時代の担い手となれるよう邁進いたしますゆえ、どうかよろしくお願い申し上げます」
サーマはカツマ訛りを隠して挨拶を述べた。
部屋の中には数人の青年達。やはり年齢層は若い。新進気鋭が集まり新時代を切り開いていく。素晴らしい事だとサーマは思った。
だが、彼らの反応は冷たかった。冷淡な視線を浴びせたかと思うと、ぷいとそっぽを向き、サーマを無視して仕事を再開した。
エアイも、サーマに笑いかけ、
「励め、とだけ言っておく」
と去って行ってしまった。
サーマはぽつりと取り残されてしまった。
「あ、あの……何をすれば…」
青年達の1人に話しかけると、その青年は、
「君がセアクボ卿の推挙したとかいう……」
と吐き捨てるように言って、
「何をすればいいかセアクボ卿に訊けばよかろう!」
と怒鳴りつけてきた。
「まったく何なんだ…」
「セアクボ卿か……」
青年達は溜息をつきながら囁いている。
呆気に取られたサーマを無視し、彼らは自分の席に戻り、筆を走らせたり、本を読み込んだりし始める。
サーマは部屋を見回してある事に気づき、
「あの……わたしの席は…?」
と訊いた。
部屋の中には、何度数えてもサーマの分の机が無いのだ。
手荒い歓迎だと分かったうえで、サーマは尋ねていた。
この時のサーマは多少自身の図太さをどこか憐憫を持って見ていた。
自分のこの気質はいつ備わったものなのだろう?
昔の自分なら泣いていたのではないか。
(いや、まさか。そこまで酷うはなか)
「…無かったとして、何か問題がありますか?」
青年達は冷たく突き放した。
確かに、サーマは宮中の時にだいぶ鍛えられた。宮中でミラナ王女の教育係をしていた頃は、すれ違ったり、近くにいたりすると、聞こえるような大きさで種々の悪言を言われたりしたものだった。
慣れてしまっただけかもしれないが、堪えない訳では無い。
数瞬の間、サーマは立ち尽くしてしまった。
その間既に青年達はサーマを眼中に無いかの如く振る舞い始めるのであった。
結局、サーマは自ら掃除役を買って出る事となった。部屋に無造作に置かれてあった箒を片手に、部屋の中や廊下をぐるぐると廻った。
そうして、数日が過ぎた頃――
「どうだ?魔動省は?」
ゼラが訊いてくるのを、
「ああ、やりがいがあって、わくわくする仕事じゃ」
と微笑んで応えるサーマであった。
「そうか」
ゼラは、じっとサーマを見透かすような視線で見つめながら、ニカっと笑った。
サーマはぎくりとしたが、顔には出さない様に務めるのであった。
「我々魔動省は、兵部省の求めに応じるべきや否や、皆の意見を伺いたい」
エアイが部屋中に良く通る声で言った。
兵部省とは、軍事や治安を司る省庁である。
「国防や国力増強の為致し方ないでしょう」
「しかし、兵部省の言いなりになってしまう!」
「それよりもまず、魔動の非軍事的活用を!」
喧々諤々の議論が始まるのに、箒を手にサーマは胸を躍らせた。
自分が今、どんなところに居るのかを実感するのだった。
だが、自分に発言が許されているとは言い難い。ここは謙虚にじっと黙りながら部屋を掃き、耳は聳たせていた。
「エルトン君、君はどう思う」
エアイのその声が聞こえたその瞬間、思わず耳を疑い心の臓が強く鳴る程だった。身体を硬直させ、首だけをエアイや魔動省の仲間の方へ向けた。
エアイの表情はサーマ見守ると言うより試す風ですらあった。他の面々も大体同じだ。サーマは口を開いた。
話されていた内容は、軍事の近代化を進める兵部省にとって、重大な案件といってよかった。
いわゆる『ゴーレム』の導入である。
ヨウロにおいて、既に実用化が為され始めており、サパン国もそれに習うのである。
「……。わたしのいたカナリス国では、確かに既に導入されていましたが……。制御が難しく、我が国での導入は時期尚早ではないでしょうか」
ゴーレムは魔動により操作を行うのだが、ヨウロでも導入されたばかりであり、力も強大である為危険を伴うとサーマはカナリスで学んでいる。
エアイは頷いたが、
「だからといって、そのまま導入しなければ、技術の積み重ねは出来ん。いざ導入に迫られた時手遅れとなろう。我が国でも研究を始めるべきとわしは思うが如何に」
「…確かにその通りです。ならば、ヨウロ人の魔動師に意見を訊くべきだと思います」
1人、サーマに対して烈々な視線を投げかけてきた者がいたが、サーマは意図的に目線を逸らしていた。
エアイが去り、サーマらが残されたところで、その1人がやって来て擦れ違いざま、
「エアイ様が意見を許しただけであって、調子づくな!」
かっと睨み付けてそのまま去って行く。
「……おなごが…」
と廊下に出、彼らの中で囁くような声を発しているのをサーマはじっと聞いて、息をついた。
しかし1人、残っていた者がサーマを見据えて近づいて来て、柔和な微笑みを浮かべ、
「貴女の意見は尤もですよ」
と一言放ち、彼もまた部屋を去って行った。
彼はダウツという人物で、サーマより数歳年長である。
1人残されたサーマは、また息をつき、今度は苦笑を浮かべるのであった。
その日、帰路につくと、居間の畳の上でゼラが頬杖をつき、あぐらをかき、苦い表情を浮かべているのに驚いた。
「……法術使えば楽なんだが、そういう訳にもいかねえしな。おなごにはきついぞ、というのは分かっとるんだよ」
と
「いちち…」
と手の平のマメを見つめるゼラである。
サーマは微笑みながら、
「手袋でも買おうか?」
というと、
「頼む」
と即答であった。
「おらは、力仕事得意だからな。鬼に金棒ってやつだろ」
といつもの不敵な笑みを浮かべている。
「さっきと言っとる事違わんか?」
力仕事とはゼラらしい。おなごのする仕事は他にも色々あるはずだが。それでも、ゼラが真っ当に手に職を付けようとしているのに、サーマは嬉しくてたまらなかった。