王都へ
「特権とは聞き捨てならん。今我々が主導せねば改革は成らん」
ゼラの辛辣に対して、セアクボは迷いを微塵も感じさせず言い切った。
「当然、有用な人材は出身問わず登用すると言ったはずじゃ」
「陛下は…」
サーマが口を挟むと、セアクボは頷いた。
「陛下には御納得頂いたときく。これから内容を詰めて正式に奏上する。その後に全国に布告する手はずとなっておる」
サーマは肩をがくりと落とした。
「おはんも、相当驚いたとみえるな」
「…国許の両親の事を思い浮かべてしまいもした。藩士の身分を取り上げられるとは、自らの誇りや寄って立つものの一部分を、取り上げられるに等しいものですから」
「おはんは違うとか?」
セアクボは興味深げに訊いてきた。
サーマは苦笑いした。
「わたしは、カツマ藩に生まれた事を誇りに思っておりもす。今のわたしがあるのも、藩あってのものでございもす」
「わしも、陛下に取り立てていただかなかったなら、今この地位にはおらん。藩と陛下には恩義がある」
セアクボとサーマは微笑み合った。
ゼラはあぐらをかき、顎に手を置いてそっぽを向いていた。
「さて、もう1つの本題に入るとするか」
セアクボがあくまで穏やかに切り出した。
サーマが居住まいを正したが、ゼラはそのままだった。
「此度の功績を鑑み、エルトン・サーマ、おはんには魔動省に入ってもらえんか?」
サーマは口をあんぐりさせて、セアクボを見たが、彼の目は冗談を言っているそれではなかった。
「……。魔動省にでございもすか?」
「そうだ」
「おなごのわたくしにでございもすか?」
セアクボが鼻を鳴らした。
「おなごである以前に、優れた魔動師であるおはんを見込んでの事じゃ」
厳かでありながら柔和さを醸し出すセアクボの一方、サーマは警戒の色を見せていた。
「セアクボ卿の推挙とあれば、まさに誉でございもすが……」
とちらとゼラを伺い、ゼラと視線をぶつけ合った。
「サーマ、悪い話じゃねえ。とおらは思うぞ」
ゼラはぽつりと呟いた。
セアクボが微笑み、
「おはんもどうじゃ。いきなり官省に呼ぶ訳にもいかんが、おはん程の人物が野に居るのはもったいなか。何か話をつけておいてやろう」
「…。サーマはそれで良いと思いますが、おらは気にしないでくだせえ。好きにやりてえんです」
ゼラはにべもなく断って、頭を下げた。
「おら達はこれから王都に向かうつもりです。サーマはそこでお役人をするとして、おらの方は久々に王都の下町の人情に触れるつもりです」
と僅かに口角を吊り上げるゼラであった。
サーマは苦笑して、セアクボに向き合って改めて居住まいを正した。
「是非お受けしとうございもす」
「…すまねえな。サーマの立場を悪くしてねえといいんだが…。無礼を働いちまった」
ゼラは沈んだ声音で言った。
帰り道、ゼラとサーマの2人が歩いている。
サーマは微笑んだ。
「そんなこつはなか。もしそれでわたしの立場が本当に悪くなったら、セアクボ卿に失望するのみじゃ」
空の向こうで夕陽が沈み、周囲がだんだんと黒みを増し始める頃、2人は街中のとある橋に差し掛かった。普段から人通りの激しい場所であったが、新聞売りの青年に群がる人並みがあった。
「何の集まりだ」
ゼラが首を傾げていると、サーマが足を速めた。
サパン国においてはかつて瓦版なるものがあったが、新時代に入るにしたがって、多数の新聞が発行されている。
こうして、往来に新聞売りが現れるのも自然であった。
サーマがお金を渡して新聞を受け取ると、大きな文字で見出しに、『元王太子弟トトワ・カルプ賊に手に倒る』とあった。
ゼラが覗いて来て、黙ってまた歩き出した。
サーマも1回目を通したきり、一瞥もしなかった。
2人とも、険しい表情を月夜に照らしていた。
それから、その日の内にマリナリに話を通して、王都行きが決定した。
「セアクボ卿が……!そげん仰せなら…」
彼はゼラとサーマを前に愕然とした様子だった。
図らずも、セアクボ卿のおかげで、後腐れなくゼラは王都へ行ける事となったのであった。つまり、興行への参加はこのような形で幕を閉じた訳であった。
「世話になったな」
ゼラはニカっと笑って、マリナリの肩をぽんぽんと叩いた。
翌日にはリュウガン寺の住職に挨拶をし、興行で稼いだ金を半分以上差し上げる意思を示した。
しかし、
「そんな頂けません。あなたには命を救ってもらった恩がある」
住職は柔和な微笑みを湛えて答えた。
「何言ってるんですか。おらのせいで住職は攫われたも同様です。おらの気持ちを受け取って下せえ。しばらく住まわせて貰いやした。恩はむしろこちらにありやす」
「ゼラさん、あなたは若い。そして善良な若者です。未来の為にお使いなさい」
住職の言葉に、ゼラは顔をしかめた。
「…なら、寺の為にこれだけは受け取って下さい」
ゼラは住職の手を握って、手のひらの上に巾着袋をぽんと乗せた。
「おらよりも、必要としている人達がいるでしょう。その人達の為に使って下せえ」
「し、しかし…」
「それじゃ!」
ゼラは腰に金の入った袋をぶら下げながら、風の様に走り去った。
「世話になりやした!またいつか!」
と振り返ってぶんぶんと手を振りながら声を張り上げる。
住職は呆れかえった様に息をつき、手を振り返していた。
宿舎に戻ると、サーマが馬車の前で待っていた。
「待たせた」
「もうよかか?」
「ああ」
ゼラは頷いた。
サーマが微笑んで、
「さ、行きもんそ」
と2人は馬車に乗り込み、その幾ばくか後、馬車が蹄の音を鳴らし土煙を立てながら街道を走り出し始めていた。