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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第3章 新時代黎明編
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セアクボ卿

 新サパン暦4年10月17日とサーマが日記に記しているこの日の事であった。

 カツマ藩のセアクボ・タカトー。カツマ藩の重鎮にして、政府の指導者の1人。そんな彼がお忍びに近い形で、ノゴヤのとある旅館を訪れたのは、まずは別の用事があって、そのついでだというのがサーマとゼラの聞かされたものだった。


「それにしても、おはんが会いたいと言うとは思わなかった」


 旅館に着く前にサーマが微笑みながら言うのに、


「いや、政府のお偉方というのに、会えるなら会っておきたかっただけだ」


 と少しばかり冷淡に応えたゼラであったが、部屋に待たされているうちは、2人とも借りてきた猫みたいに大人しくなっていた。


「おお、よく来てくれた」


 セアクボは当初、政府の重鎮には似つかわしくない程の気軽さで現れた。


「楽にしてくれたまえ」


 そして彼は柔和な微笑みを浮かべて、2人と相対した。

 全身黒のヨウロ服を身に纏い、口髭を生やし、新時代のサパン男性はかくあるべしと体現するを自身に課しているかのようであった。


「席を外しておいてくれ」


 ついてきた従者か官吏の男が部屋を出て行くと、代わるように茶を運んで来た女将が、一礼して出て行くまで、じっと3人は向かい合っていた。


「此度は、賊の討伐に2人の功績は大と聞いておる。政府に代わって感謝仕る」


 丁寧に頭を下げるのに、サーマが慌てるように、


「セアクボ卿…」


 とあわあわしているのを、セアクボもゼラも笑って、サーマが居住まいを正してから、


「賊の頭は捕えられたのですか?」


 と問うと、ゼラがちらりとサーマとセアクボ双方を伺った。

 政府は賊の本拠地を知っていたのだろうか?とサーマがいきなりカマをかけたのである。


「兵を突入させた。賊の下っ端を捕え尋問にかけたら、すぐに本拠地を吐いたのでな」

「尋問ですか」


 ゼラが少し身を乗り出した。険しい表情をしていた。


「おらの知り合いかもしれねえ。名は何といいました?」


 セアクボは首を振った。


「わしは知らん。だが、生きておる。死んではおらん。ただ、やはり賊の一員だ。しかるべき罰は受けて貰う」

「…そうですか、ただ、おらの知り合いだったら、寛大な処置をお願えします。カキとコウの2人です」

「そうか、考えておこう。彼らのおかげで賊討伐がかなったのだから。ただ、賊の頭は……自害為されたよ…」


 セアクボは重々しく言った。ただ、痛ましく感じているというより、配慮する必要があるから配慮しているだけという風にもとれるのだった。

 ゼラとサーマは固まった。

 先に口を開いたのはゼラだった。


「そうですか…カルプ様は…。ご立派な最期でしたか?」

「ああ、誇り高い死に様だったときく」 


 セアクボは頷きながら応えた。


「おはんのかつての主君であったそうだな。カナリスのパラスへ共に留学した間柄というではないか」

「ええ」


 ゼラは頷いた。


「ただ、此度の事でトトワ家そのものに累が及ぶ事は無いと言っておく。もはやそんな時代は終わったのだ」

「そういう訳にもいかねえでしょう」


 ゼラがぎろりとセアクボを睨み付けた。

 セアクボは笑った。


「トトワ家の方々が自重して下されば、何の問題も無いのだ」

「自重、ですか」

「…ゼラ…」


 サーマが思わず口を挟もうとしたが、寸前で止めた。


「おらの師のシンエイ様は咎も無く処刑される事になった」


 ゼラの口調は刺々しかった。

 かつてゼラを拾い、住む場所と教育を与えてくれた師の名をゼラは口にした。


「政府が公明正大な政を行うとは思えねえ」


 思い切った、あまりにも恐れ知らずの発言とすらいえた。横のサーマの方が肝を冷やしたと言っていい。


「シンエイ様とは?」


 セアクボは小首を傾げた。


「…。法術奉行のシンエイ様だ。政府の連中は先生を捕え、処刑しようとした」


 苛立ちと失望すら声音に乗せてゼラは言った。


「法術奉行…。そうか…」


 セアクボは神妙な面持ちで頷いた。


「あの頃は戦時だった。どさくさ紛れに理不尽が行われた事もあるときく」

「ぬしはその親玉じゃねえんか!?他人事みたいに!」


 ゼラはかっと目を見開き、殺気すら込めてセアクボを見据えた。今にも飛び掛からんとする迫力に、サーマは思わずゼラの腕を握って、


「どうか、落ち着いてくいやい…。悔しか気持ちは分かる。じゃっどんセアクボ卿にいっても詮無き事じゃ」


 セアクボは落ち着きを乱さなかった。


「だが、シンエイ殿が政府に対して何もしなかった、かどうかは検証の余地がある。政府の首班として、参議である者として、簡単に謝る訳にはいかん」

「そうか…やはり政府の連中は気に食わねえ。新時代とかいって結局牛耳っている連中は4藩連合の奴らばかりだ…」


 ゼラは吐き捨て、顔を背けた。


「…そんな事はなかど?」


 セアクボは優しい口調で言った。


「旧トトワ家臣団からも、有用な人材を登用し始めておる。今は時期尚早としか言えんが、いずれ議会も作る。その為にも政府首班からヨウロ諸国への視察団の派遣も検討しておるところじゃ」

「議会制ですか」


 サーマが身を乗り出した。


「ああ、この国に議会をといったところで、どういったものが良かか結論は出ておらん。おはんらの留学したカナリス国だけでなく、エガレス国も、議会ちゅうもんがある」

「ですが、そいはまず憲法を制定してからでは?」


 頷くセアクボ。


「じゃっどん、まだそいも早か。まずは万国並立、万国対峙を果たす為にも、富国強兵を図る必要がある。国力を高め、国民国家としてサパン国が生まれ変わった暁にこそ、民衆に政治の一端を任せるのも良かろうと思うちょる」

「……セアクボ卿は漸進的な改革こそ善と仰せなのですね」

「おはんは違うと?」


 セアクボは柔和な中にも鋭い目つきでサーマを見据えた。


 ゼラがちらりと2人を見た。

 サーマは穏やかな様子で、


「実際に政を司る方々にとっては、改革たるもの順序とすべき時というものがあって、漸進的に成らざるを得ない部分もあろうかと思いもす。ですが、わたしみたいに市井に身を置く者としては、理想論を唱えたくなるもので…」


 と微笑みを浮かべた。


「ほう…」


 セアクボは目を細めた。


「まだこん国の民衆は政を考えるには早かとわしは思うちょる。今の内は我々が改革に邁進していかねばならん。来たるべき時が来るまでな。おはんは違うと申すとか?」


 サーマは苦笑いした。


「セアクボ卿にはお見通しのようで…。わたしはもう少し民草に委ねるべきと思うとります」

「そいはいかん。政府内でも揉めに揉めておるのに。国中の民まで巻き込めば収拾がつかず、改革が遅々として進まん結果となる」

「いずれ立憲君主制国家へと至る道すがら、政府は権限を手放す場合もございましょう。そん為にはまずは憲法でございもすが、憲法の草案作成と制定を政府のみて行うのもよろしくないと思うちょります」

「……。そいはまだ先の話じゃ」

「……国家百年の計とも申しますれば、早いうちに人々に立憲民主主義とは何たるかを浸透させるのも肝要と存じもす。上からのみの改革ではそいは育たぬのではないかと」


 セアクボとサーマの語り合いは穏やかな雰囲気で行われた。

 だが1人、ゼラだけは難しい表情で外を見たり、畳縁をじっと目で見つめたりしていたが、セアクボの次の一言で、サーマだけなくゼラをもが驚愕を以てセアクボを見るのであった。


「そいも一理ある。確かに尤もじゃ。そいで話は変わるが…ここだけの話、今政府内でタイゴさんが中心となって調整を進めておるが……」


 セアクボは自身の盟友の名を口にして続けた。


「藩を無くそうと思うちょる。段階を踏む必要があるかもしれんが、藩主の方々には最終的にはその座を退いて頂き、中央集権を図るつもりじゃ」


 ゼラもサーマも愕然として言葉が咄嗟に出なかった。


「ネルア陛下は御納得為さいましょうか?国許の方々は?」 


 先程まで、セアクボに急進的ともとれる言説を唱えていたサーマですら、ぎょっとした表情でそう言った。あたかもサーマとセアクボの立場が逆転したかのようであったが、1つには頭では理解していても心情はそうではない、というのを示すものであった。

一方、ゼラは、


「どうせ、4藩連合の元藩主や元藩士達だけは特権を手放さねえんだろ?」


 と冷淡かつ辛辣な反応を示すのみであった。

 藩士として育ったサーマと、その枠組みの外で育ったゼラの違いがここでも現れたのである。


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