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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第1章 パラス編
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誘拐事件

「なんとなく、相手の目的も分かるかもしれない」

 

 サーマは井戸の壁に背中を預け、膝を抱えて座っている。

 ゼラがサーマの方を見る。

 井戸にはかすかな光が入ってきて、薄っすらとそれぞれの顔を確認する事が出来た。


「相手の親玉のような男は、わたしにカナリス語で話しかけてきた。分かって当然であるかのように」

「それがなじょした」

「それと、わたしに対して、男は身代金目当てとごまかそうとしてきた。それどころか、大人しくするなら解放するとも」

「解放だなんて、怪しいもんだ」

「いや、恐らくそれは本心だったと思う。男にとってみれば、わたしはカナリス語をそれなりに介する相手で、かつごまかす必要に駆られる相手だったのではないだろうか。確証はなかけれど、男はカツマと関わりのある人物だと思う。まず、そうでなくばこんな人攫いなかなか思いつくものでもなし。さらに言えば、恐らくは……わたしと面識があるのでは?」

 

 サーマはぶるっと震えて、さらに縮こまった。


「だとしても、ここを抜け出すだけだ」

 

 ゼラの声は力強かった。


「もうここまでされたら、おらは政治とかどうとか関係なく、奴等には遠慮しねえ。こんなカナリス人の娘まで捕まえて、何企んでいるか知らねえが、おらは今怒っとる」

「わたしも」

 

 サーマはまた頷く。


「カツマの仲間とありゃあ、こっちもやる気が出るな」 

 

 にやりとゼラが笑った。

 サーマは苦笑で応えるしかなかった。だが、すぐにその笑みは苦笑でなくなった。闘争心に満ちた笑みだった。

 ゼラが上を見上げた。

 その自信と覇気に満ちた表情と容貌にサーマは見惚れてしまった。


「どうした、口さぽかんと開けて」

 

 ゼラが言った。


「また何か思いついたか?」

「い、いえ…」

 

 サーマは首を振った。


「さて、奴等の目的だが、政治的な思惑は多分にあるだろう。そこで奴等は当初はトトワの者のみ攫うつもりだったと言っていた。おはんの話を聞くに、トトワに対しては本気で攫いに来ていたと思っていい」

 

 サーマは続ける。


「そして、これが肝と思うが、おはんの他にもう1人、カナリス人を攫ってきている」

「つまり?」

「おはんとカナリスのこの娘を使って、何かをするつもりじゃなかか?」

「何かとは?」

 

 サーマは首を傾げた。


「はっきりとは分からん。ただ男は『お前にも死んでもらう』と言っていた。つまりおはんとその娘を殺すつもりじゃろう」

「殺してなじょする?」

 

 ゼラは不快そうな声を上げた。

 サーマは首を振る。


「……分からん」

 

 彼女は、純粋で善良過ぎた。さらにまだ若く人生経験も少ない。しかしたとえ多くの経験を積んだ者であっても、この事件の犯人の悪意には気づき得なかったであろう。


「さて、どうしたもんか……」

 

 ゼラが唸った。

 サーマの腕をカナリスの少女がぐっと掴む。

 サーマは少女の手を握った。

 さっきの話を今ここで説明する気にはなれなかった。


「安心して、必ず助かる」

「そうだな、ぬしがこの娘を守ってやれ」

 

 ゼラは言った。


「そしたら……」

 

 サーマはゼラを見た。


「おらは暴れる」

「何騒いでいる!」

 

 上から怒鳴り声がした。

 そして、冷水が大量に降ってきた。

 サーマはとっさに少女に覆い被さり、ゼラは仁王立ちを続けた。

 いっきに凍えるような寒さが襲い来た。

 サーマは魔動の呪文を唱え、少女にかざした。


「……!!」

 

 少女は驚きの表情を浮かべ、乾いた服や手足を触り出した。


「おはんも」

 

 ゼラに手をかざす。


「すまねえ」

 

 最後は自分自身に向けてやった。


「すごいねお姉ちゃん!」

 

 少女は無邪気な声で言った。


「どうやったの!?」

 

 その無邪気さが、サーマをどれ程励ましたか知れなかった。恐怖と不安と緊張を心の隅に一旦追いやり、春の木漏れ日のような暖かさをもたらした。

ゼラは鋭い眼光で頭上を見上げている。


「奴等、見てろよ」

 

 ゼラはサーマに視線を向けた。


「さて、行くべ」

「ええ」

 

 サーマは頷いた。

 ゼラが先導して井戸の壁を登り始める。

 サーマも久々に法力を使って壁に手と足を吸着させながら登る。

 背中には少女を背負っていた。

 ゼラが手をかざした。

 すると、井戸の底の方から、水が立ち上り始め、サーマの横をすり抜ける。


「……!」

 

 その水が井戸の蓋の鉄格子を抜けたかと思うと、ぎゃっと短い呻き声と悲鳴が聞こえた。

 次の瞬間、鉄格子は弾け飛んでいた。

 ゼラはいったいどうやったのか、サーマには不思議でならなかった。

 3人は井戸の外へ出た。

 その周りには男達数人が転がっていた。

 応援が駆けつけてくるのも時間の問題だろう。


「さっきのはどうやって……?」

 

 サーマが小声で訊く。

 ゼラはニヤリとした。


「案外簡単なもんだ。空気を押し出してやった。押し出した空気を鉄格子の近くの空気にぶつけてやれば、鉄格子も吹っ飛ぶ。法術封じといっても法力さえ触れていなけりゃ大丈夫だ」

 

 サーマは感心したように嘆息した。

 次の瞬間、2人は身構えた。

 大勢の足音だ。

 走って近づいてきている。




 朝刊にとある記事が載った。

「サパン人の留学生である娘が、カナリス人の少女と、自身の同胞にして敵対関係にある勢力の留学生の計2人を誘拐した」というのである。

「その娘は髪赤く、遠き異国サパンの法術の遣い手であり、非常な危険人物である事、被害者2人と事件当日会っていた」といった内容も書かれていた。

 既にゼラの行方が知れないという事がトトワ陣営でも少なからず動揺を広めていた頃であった。

 リュカはその記事を目にし、動揺すると共に、激しい怒りをその新聞にぶつけた。


「ふざけるな!昨夜行方不明になったばかりなのに、今朝の新聞を刷った時点で犯人を断定しただと!?この国のポリスはそこまで優秀か!?」

 

 くしゃくしゃにして、テーブルの上に放り投げ、部屋を飛び出した。



「ポリスに確認とったが、確かに見たという者がおったそうだ」

 

 トトワ使節団の統率役のタムは苦々しい顔で言った。


「その者の話だけで、ゼラは犯罪者呼ばわりですか!?」

 

 リュカは嘆いた。


「とにかく、今は状況を注視するしかないのだ」

 

 タムが宥めるように言った。


「カツマの出方も気になる。もしかすればカツマの策略かもしれぬ」

「そこまでしますか……!」

 

 リュカが吐き捨てる。


「下郎のする事だ」


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