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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第3章 新時代黎明編
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果し合いは終わり…

 オンタケ坊の丘陵に、邏卒と兵士の集団が流れ込んできたのは、戦いが集結して一刻もせぬうちであった。

 役場に駆け込んで知らせたのはリュウガン寺住職であった。自分が賊に捕らわれた事、それを救いにゼラ達が来た事、2人が賊と戦いを繰り広げている事、を告げた。いったんは門前払いを食らいかけるも、他の目撃者が駆け込んできて、丘陵上の光景をまくし立てているところに、マリナリがたまたま現れたのである。

 住職の姿を発見し驚愕の表情を浮かべたマリナリは、サーマとゼラの作戦が上手くいったのを知った。

 昨夜彼も交えての作戦会議が設けられたのである。


「おはんも、参加してくいやい。話だけでも聞いていてくれれば、もしわたし達2人に何かあった時の為にもなる。おはんを信頼しとるとじゃ」


 とサーマはマリナリが断れないような笑顔で言ったのであった。そしてそれが打算からの笑顔ではなく、純粋に仲間と見なしている故の笑顔だというのが、マリナリは気に食わなかった。

 これまで何日も一緒に居て、さすがにマリナリもサーマに自分への気持ちが無い事には気づかされていたのであった。

 しかし、恩を売らんとする打算が働く程度には、マリナリは諦めの悪い男だった。

 結果、数十人もの規模でオンタケ坊への突入が為される事となった。無論、全てが終わった後であったが……。

 マリナリと数人の官吏を含めた数十人は、丘陵上で繰り広げられていた壮麗とすらいえる光景に、足踏みしたのであった。

 光と爆発とそれらに伴う轟音と地響きが、丘陵を遠く望む位置にまで届いていており、怖気づく者達が現れたのは言うまでもなかった。

 音も何もしなくなり、丘陵上で動きが無くなったのを確認すると、彼らは恐る恐る登って行った。

 頂上の古ぼけた寺院で彼らが目の当たりにしたのは、5人の人間が倒れている姿と、破壊された寺院であった。

 そのうちの1人は、見るも無残な骸となっていたが、残りの4人にはまだ息がある事が確認された。

 マリナリと共に来た邏卒の巡査たちは、骸となっていた1人を除いた2人、つまり並んで横たわっていた意識の無い大男と少女を拘束し捕えた。さすがに途中で2人は目を覚ましたが、もはや茫然自失の体で目を空ろにし、全く抵抗せぬ有様であった。

 ゼラとサーマを病院へ運ぶようマリナリが指示しようとしたところ、サーマが呻きながら目を覚ました。

 頭を抱えながら、上体を起こした彼女は、はっとしたようにマリナリを見た。


「ゼラは…!?」

「奴なら無事じゃ。おはんは何とも無かか?」


 担架で運ばれるゼラをようやく視界に捉えたサーマがほっと息をついた。

 そして周囲を見回し、骸となった賊の1人を神妙な表情で見やると、しばらくそのままだったが、やがて、ゆっくりと立ち上がり、


「マリナリ、助かりもした」


 と丁寧に頭を下げてきた。


「何ば言いよっとか」

「いや、本当に助かった」


 サーマが微笑んだ。

 どこか、空元気にも思えたが…。

 いや、彼の勘違いでは無かった。胸元にやったサーマの手は小刻みに震えていた。

 これが、サーマが自分の女であったなら、マリナリは抱きすくめていたであろうが、結局マリナリはそうはしなかった。

 マリナリの視線に気づいたサーマが気恥ずかしそうな笑顔を浮かべ、


「足も地面に立っとるので精一杯じゃ」


 と言うのであった。

 足もどうやら震えている様子である。


「おはんもついて行かんか」

「マリナリ……」


 申し訳なさそうな表情を浮かべるサーマに、


「後の事はおいに任せんか。ちゃんと手柄はおはん達の物になる。多少おこぼれば貰うだけじゃ」


 とマリナリはどこからか沸き上がって来た苛つきと共に返した。だが、


「マリナリ、わたしは良か友ば持った」


 と口角を上げ、マリナリの苛立ちすら緩和するような快活な声で応じたサーマは、また頭を下げて踵を返してゼラの元へ駆け寄り、荷馬車に乗って去って行った。

 ふうと溜息をつき、改めて周囲の光景を見回すと、邏卒たちが動き回っていた。

 ところどころに地面の抉られた跡があり、寺院の破壊振りを見るにつけても、この場で行われた死闘がどれ程に激しかったか物語っていた。


(化け物同士の戦いたい……)


 マリナリは目を細めた。

 


 サーマは床にあるゼラの傍に座った。

 手を抑えた。

 まだ震えている。

 まさに死闘であった。命を懸けた戦いだった。

 昨晩もほとんど寝られず、横で何事も無いかの様に寝息を立てているゼラが羨ましいものだった。

 不安や恐怖、そして不可思議な昂ぶりといったものが、サーマの中に渦巻き続けていたのである。また、寝床の中でずうっと2人で立てた作戦を反芻し続けていた。戦い慣れしたゼラと違い、自分はしくじってしまいやしないかと思ったのである。

 そんな、緊張の糸というものがようやく切れ始めた言うべきだった。

 疲労感が全身に重くのしかかり、座っているのすら苦痛だった。

 しかし、完全に切れた訳では無い。サーマに心の平穏をもたらすには、目の前の友への心配が完全に払拭されねばならなかった。

 床にあるゼラは、赤黒さが薄れ始めたとはいえ、肌の色は元に戻ってはいなかったし、こめかみや手足に浮かび上がった青筋が先程の変貌の面影を残していた。

 その変貌がゼラの身体に如何様な影響を与えるのか。

 ゾルトのあの無惨な死体は…。自分が気絶した後何が起きたのか。

 あれは、ゼラによるものだろうか。それともゾルトの自滅なのか。

 法術に多少造詣のあるという医師の見立てでは、内側から法力による爆発に近いものが起きたのであろう、という事だ。

 あの怪物じみた異相の代償で、法力の暴走が起きたのであろうか?

 ゼラは大丈夫なのだろうか?

 サーマが気を失う前に見た最後のゼラは、ゾルト同様異相の姿をしていた。

 ゼラにもあの強大過ぎる力の代償があったのではないか?


(ナーブ王の血筋……)


―「エルトン殿」


 その医師は言った。


「あなたも、休みなされ。見たところ、あなたも相当疲れておいでだ」

「いえ…わたしは…」

「休みなされ。友人はまだしばらくこの調子でしょう」 


 医師は諭すような口調だった。


「ゼラは…ゼラは大丈夫なのでしょうか?」


 サーマは身を乗り出して言った。

 医師は、口を一文字に結んだまま腕組みをした。


「何とも言えませんな。何分このような患者は初めてなもので。法術を少しかじった私ですが、彼女は法術師としての域を越えんとした為に、その結果斯様な姿となったとしか思えませぬ。

 その代償が如何なるものなのか、今は何とも……」

「そうですか……」

「とにかく、今は休みなされ」

「しばらく、ここで見守っていたいのです。後でちゃんと休みもす」―


 医師が辞してからも、サーマはずっとゼラの傍に居た。


(ゼラ……)


 サーマは拳を握った。

 もし万が一、ゼラがいなくなってしまったら。頭を擡げるその考えを振り払おうと、サーマはゼラの回復を信じるしかなかった。

 ゼラなら、ゼラなら、必ず。

 サーマはゼラの手を握った。まるで岩肌を触っているかのような感触。柔らかい人肌ではなくなってしまっていた。


「ゼラ……」


 握ったゼラの手を自身の額に当て、しばらくそうしていた。


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