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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第3章 新時代黎明編
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オンタケ坊の果し合い4

 ゾルトの蹴りが、拳が、猛速でゼラを捉えんとするのをゼラはかわしつつ、拳を突き立て、閃光を放ち、それらがかわされたり弾かれたりすれば、即座に別の攻撃に移る。ゼラは間断なく攻撃を続けた。

 ゼラとゾルトは互いに間合いを取る事もせず、壮絶な打ち合いを演じていた。

 丘陵のオンタケ坊の境内は、ところどころで地面が抉れ、寺院の柱に瓦にその余波となる破壊をもたらした。

 ゼラは、四肢と法力を縦横に展開させた。


(不思議な感覚だ)


 ゼラは一刹那を争う攻防の中にあって、奇妙な感覚を覚えた。時の流れがゆっくりとなり、身体に翼が生えたように軽やかなのであった。

 ゾルトが柄に手を置いたかと思いきやその刹那、居合の刃がゼラの足元を狙うのを、軽やかに飛びかわし、さらに上段から反転してくる刃を身体をずらしてかわし、拳を叩き込もうとする。

 が、それはゾルトの手のひらに阻まれた。がっとゼラの拳を掴み、口角を吊り上げるゾルト。

 とっさに法力の防壁を拳の先に構築しようとするも、ゼラの身体中に貫くような衝撃が走った。


「…が…っ」

「どうだ、まだ終わらんぞ?」


 ゼラは自身の身体にゾルトの法力が一挙に流れ込んで、あたかも体内で雷が落ちたかのように錯覚した。

 尚も続く衝撃と苦痛が、全身を駆け巡り、ゼラは法力で押し返そうとするも、


「無駄だ。私の方が力は上だ!」


 さらなる法力の流入に、ゼラは身体も口も悲鳴を上げた。


「ぐあああ!」

「ゼラ…!」


 遠くでサーマの声が聞こえたが、もはや霞む視界と聴覚に懸命に歯を食い縛り、手刀に閃光を纏わせてゾルトの腕に向かって振るも、その硬い肌には通らなかった。

 がんっと音立てて、ゼラの手刀を弾いたその自分の腕を見つつ、ゾルトが満足気に頷いた。

 愕然とするゼラに視線を向け、


「ゼラよ、これがナーブ王の血統の力だ。だがこれでは不完全なのだ。お前もな。だが私達が交われば、その子はより高みへ行けるのだ!」


 ゾルトは両腕でゼラを抱きすくめるようにした。ゼラの足が宙ぶらんとなり、ばたばたと抵抗を示した。


「は、離…せ…!」


 身をよじるようにするゼラに頭を振りかぶり、頭突きを顔面に叩き込むゾルト。

 強烈な一撃に、一瞬ゼラは気を失うも、法力の防壁を張り次弾に即座に備えた。

 ゾルトの頭突きは、ごん、ごん、と鈍い音を立てて、ゼラの顔面を襲い続けた。


「…何度やっても無駄だ。小娘!」


 幾度目かの頭突きを終えると、ゾルトは少し苛立った様子で首を回し、唇を噛み締め、目に涙を溜めながらもゾルトを睨み付けていたサーマを見た。

 サーマの目の前の地面には魔動陣が描かれていた。


「無粋な真似をするな。私達ならばナーブ王を、あの英雄を!再び現世に降臨させられるのだ!」


 手をかざすと、赤い渦が巻き起こり、それはやがて槍の様に先端を尖らせて、猛速でサーマに襲い掛かった。


「サー、マ…。に、げろ…ぉ」


 ばたばたと身を捩らせ、ゼラが声にならぬ声を上げたのも空しく、赤い槍はサーマを貫き、サーマは崩れ落ちるようにその場に倒れ込んでしまった。


「う、わぁぁぁぁ」


 ゼラは声を荒げ、奔騰する感情を抑えられなかった。体内で迸る法力はゾルトの流し込む法力と衝突し、徐々に押し返し始めた。


「ば、馬鹿な、よせ、それ以上するとお前の身体が破裂する!」


 ゾルトの声に焦りが滲んだ直後、ゼラを抱きすくめていた彼の両腕は開かれ始めた。


「ぐ……!」


 ゼラが鮮烈に輝く蒼瞳でゾルトを睨み据えつつ、恐るべき力を腕に込めて、ぎりぎりとゾルトの腕による拘束を外し始めた。

 そして、ある程度開かれたゾルトの腕を掴んだかと思うと、手のひらから法力を放出させ勢いをつけたうえに法力の防核を施した膝をしたたかに叩きつけた。

 ゾルトの身体は持ち上がり、宙を飛んだ。


「どうだ、くそったれ」


 ゼラは口角を上げたかと思うと、地面にもんどりうって落ちた。

 ゾルトも着地するも、膝をつき、顔を抑えた。


「成程…。ここまでくると、術の戦いではないのだな…」


 ゾルトが血を吐き出しているのを尻目に、ゼラはぬるりと立ち上がっていた。その肌は徐々に赤みを増し、赤黒く変色していくのであった。

 赤髪はうねり、禍々しさを湛えていた。


「いや、戦いじゃねえ。殺し合いだ」


 ゼラの声は淡々としていたが、氷の様な殺気を纏っていた。その青く光る双眸は激情に満ちてはいるものの、ぞっとするような虚無感を滲ませていた。


「違う、私はお前を殺したくなどないのだ。ゼラ」


 ゾルトは首を振りながら応えた。


「サーマはおらの友だ!」


 ゼラは激し、声を荒げた。


「それがどうしたというのだ?我らが血族の負った苦悩の歴史に比べれば、大したことはない。幾代にも渡る、耐えがたきに耐え忍ぶ日々、その数百年の無念に私達2人とその子で報いるのだ」


 ゾルトはゆっくりと立ち上がった。


「知らねえな。ぬしが勝手に思ってる事だろ。ご先祖様の意思と決めつけて、その妄想を糧にしてるだけだ。憐みすら起きねえ」


 こういう時不敵に振る舞うはずのゼラが、怒りと軽蔑を滲ませ吐き捨てるのであった。


「……。母親と同じ事を言うのだな」


 不快気に眉を顰め、口角を歪めるゾルト。


「…そうか、母ちゃんがおらと同じ事を…」


 一瞬喜色が浮かんだゼラの表情もすぐさま烈しい怒気に取って代わった。


「そんな事の為に、賊に加わって、おらを狙ってたのか。あそこで寝てるあの2人の方が、よっぽどマシってもんだ。そりゃ人を傷つけるのは良くねえが、まだ立派な信念だった。主君の為にと働いてた。でも、ぬしは違う。自分勝手な妄想に、人を巻き込んだだけだ」


 ゼラの言葉を聞き終わるや否や、ゾルトは突然哄笑した。


「あの愚かな主君に為に?未だトトワ家こそサパン国を治めるにふさわしいと思い込む夢見がちな少年に過ぎぬではないか。奴こそよっぽどお前の言にふさわしい」


 ゼラは眉を顰め、解せぬという風に小首を傾げた。


「本心か?共に戦った仲間だろうに」

「仲間か、確かにその通りだ」


 ゾルトは頷いた。


「だが、カルプは所詮ナーブ王亡き後、イリダ家に取って代わった罪深いトトワ家の者だ。お前のかつての主君だった奴を使って、お前を取り込んでじっくり私のものにしようと思っていたが、こんな乱暴なやり方を取らざるを得ないとは残念だ」


 ゼラは口を小さく開け、驚きを押し隠せずにいた。てっきり、そうだと思っていたのだ。こいつが、ゾルトが、何かしらの法術を使ってカルプ様の偽物を現出させていたのだと思っていたのだ。

 カルプ様は留学していたと、サーマがミラナ王女から聞かされていたはずだが?


「カルプ様は御本人だというんか?なら、留学したっつうのは!?」


 ゾルトが陰惨な笑みを浮かべた。


「かつての王太子弟の行方を政府が掴めなくなったとしたらどうだ?」


 ゼラとゾルトは人間離れした赤黒い肌を相対し、身体から炎に似た法力の滾りを放っていた。


「まだ、新時代になってそうならぬ。謹慎させていた元王子が行方をくらましたとあっては、一大事だ。だから留学した事と取り繕ったのだろう。今泡を食って探し回っておるか、もしくは代わりを用意し、留学から帰国させた者を本物とするつもりか。政府なら可能だろうな」


 ゼラはちらりとサーマを見た。

 横たわったままぴくりとも動かない。


「まあ、いい。どちらでも…」


 ゼラが手を頭上にかざすと、彼女の背後に3本の巨大な赤い槍がバチバチと音を立てて現出した。


「よかろう、来い」


 ゾルトの前面に赤き防壁が現れ、巨大な槍と巨大な壁が煌々と対峙した。

 丘陵上に赤く輝くそれは威容さすら誇って、法術師同士の戦いの域を超え、もはやお伽話を思わせた。

 ゼラとゾルトの互いの手が振り下ろさせるや否や、槍と壁は相対するものに向かっていった。

 衝突のその瞬間、まばゆい光を放ち、耳をつんざくような音と衝撃を伴った。

 一瞬でそれは終わらず、槍と壁は互いに押し相撲の如き様相を呈した。風埃を巻き上げ、壁を突き破り術者まで葬ろうとする槍と、槍ごとゼラを圧さんとする壁の戦いは、因縁の2人の法術師の手のひらの先に演じられた。

 歯を食い縛りながら、懸命に押し返そうとするゼラに対して、やや余裕を見せつつ手のひらをかざすゾルト。

 やがて、ゼラの槍は壁を突き破るのもかなわず、ぎりぎりと押し込まれていくのであった。

 ゾルトが口角を吊り上げつつ、


「もう終いだ!」


 とさらにもう片方をかざし、両手に満身の法力を込めようとした折―

 赤壁から煙が立ち上るかのように法力が霧消し始め、その刹那、赤槍が壁を突き破りゾルトに襲い掛かった。

 ゾルトは唸り声を上げつつ、2本までの槍を剣で弾き飛ばすも、3本目の槍がしたたかに彼の腹部に突き立った。


「…小娘ぇ……!」


 怨嗟の叫びが投げかけられた先には、サーマが魔動陣を前に立っていた。2人を驚かせたのは彼女が無傷という点だった。その横にゾルトの放った赤槍が煌々と地面に突き立っていた。


「サーマ!」


 ゼラが驚愕と喜びの入り混じった声を上げ、思わず顔を綻ばせていた。


「おらも騙されたぞ!」


 サーマがニヤリとしてゼラに応じた。


「馬鹿なぁぁぁぁ」


 ゾルトが腹部から槍を引き抜き、よろりと立ち上がりながら血を吐き出す。

 尚も烈しい激情に満ちた青目は、サーマを射っていた。

 それに応えるサーマも、一見穏やかな風でありながら静かな怒りを湛えた表情でゾルト見やり、


「あの一瞬だけ魔動で幻を見せ、その後はただ倒れた振りをしておっただけじゃ。試しに魔動幻術をしても、おはんは気づく素振りも無かった。法力が読める分過信し、ご高説を垂れ流すのとゼラの相手をするので、気が回らんかったか?」


 その声色は、友を痛めつけた相手に対するに充分過ぎる程、辛辣さを漂わせていた。


「おのれぇえええ!」.


 サーマの刺々しい言葉に、ゼラが思わず口角を緩めていたその時、ゾルトの表情がついに、激情の極を迎えたと思しきその時、その身体から巨大な炎柱を思わせる法力の迸りが起きた。


「何だこれはぁぁぁ!力が沸き上がってくるぞぉ!」 


 ゾルトは喜色混じりに絶叫しながら、膨大な法力を放出させ、ついに赤髪は足元まで達した。瞳の青い光はもはや青き太陽と呼べるほど光り輝き、肌色は赤黒く染め上げられていく。槍で開いた穴すらも瞬くまに塞がっていた。

 驚愕しながら立ち尽くすしかないゼラとサーマであった。

 ゾルトの放つ法力の強大さはもはや、先程までとは比べるべくもなく、サーマが足を震わすのは当然としても、ゼラですら、恐怖に足を小刻みに揺らしていた。

 もはや法力を放ち暴れ回る竜巻や嵐の類ですらあった。

 サーマが膨大な法力に当てられて気を失うのとほぼ同時に、ゼラも膝をつきうずくまり、立ち上がる事も出来なくなった。


「はっはっはっ!もうよい!貴様らこの私を!ナーブの血を!侮辱した罪もはや許し難し!見ろ!力が湧いて来る!これ程のものは初めてだ!ハハハハハ!ハッ……」


 しかし、ゾルトの哄笑は突然止まった。

 ゾルトの身体にいくつもの裂け目が現れ、そこから赤い光が放たれていた。


「ご…ばぁ…馬鹿なぁ…」


 呻きながら、悶え苦しみながらゾルトは倒れ込んだ。

 目を丸くし、険しい表情で見ていたゼラは、法力の嵐が過ぎ去るのを感じ、ゆっくりと立ち上がると、もはや動かぬゾルトの方へ向かった。


「生きとるか」


 その声には冷たさは無かった。


「ふっ」


 ゾルトが目線をゼラに向け苦笑を浮かべた。口からは血がごぼごぼと溢れていた。

 その瞳も濁り、もはや見えているのかどうか。


「……無念だ。私の夢を、祖先の夢を、果たせなんだ…」

「法力が暴走したんだ。身体が耐えきれなかったんだ」


 ゼラの口調はそっけなかった。


「ナーブ王の血の持つ力はそれ程という事だ……。ゼラよ、我ら血族の夢を打ち壊し、これからどう生きるつもりだ?…青き瞳と赤き髪を持つゼラよ…」

「ぬしは好きに生きてただろ。おらもこれから自分がしたいように生きる」

「好きに生きた…?ふっ、そうかもしれ…」


 ゾルトはそれ以降喋る事も動く事も無かった。


「同じ血族の最後の情けだ。墓は作ってやる」


 神妙な表情でゼラは瞼を閉じてやり、立ち上がってサーマの方へ歩いて行こうとした。

しかしそれはかなわなかった。突如として、身体中を貫く倦怠感と吐き気が沸き上がったかと思うや、視界がじわじわと黒く染まるのとほぼ同時に、地面がくるりと回転する感覚を覚えた。


(これは…、何だ?)


 ゼラの意識はそこで飛んだ。


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