オンタケ坊の果し合い2
オンタケ坊の丘陵に吹く風が、異様な流れを示して、木の葉を揺らした。闘気が凝縮され、周囲の生物の物音を全くかき消して久しい。
ゼラの赤髪と青目が、爛々と輝き、ゴウキが両手を合わせ静かな殺気を放っていた。
サーマは思わず息を飲んだ。気圧され圧倒され、今にも震え出しそうな身体を抑え込みつつ、周囲を見やった。ゼラと2人で、時間を稼ぎつつ観察したところ、人質の居場所は本堂の奥だった。縛られ転がされ、近くにあのゾルトがうっそりと佇んでいた。
かと思うと、のそりと歩みを進め始め、本堂を降りていく。
「ゼラ!」
サーマは目配せして、ゼラが、
「ああ!」
と頷き、飛び上がった。
直線状にゼラとサーマの間にいたゴウキは、
「ちぃっ!」
と避けつつ、
「無駄だ!」
と逆にゼラに向かって、地柱をゼラの真下から生えさせた。
ゼラがそれを鮮やかな足さばきで凌ぎ、地柱から飛び降りつつ、雷光を放つと、ゴウキがかわした。
しばし、静寂が流れた。互いに、相手の出方を伺い、張り裂けんばかりに張り詰めた空気が流れた。
静寂を破ったのはゴウキであった。雷光を放ち、ゼラの土壁が阻む。互いに位置を移動させながら、攻防を繰り返した。
刹那、ゼラとサーマの目配せをゴウキは見逃さなかった。ゴウキは自分とサーマの間の直線状から飛び上がり、ゼラに踵落としを食らわせんとした。
ゼラの避ける方向に即座に反応したのである。
恐るべき、反応と予知の為せる業であった。
ゼラもそれを寸前で飛び退り、風刃を浴びせた。
ゴウキもそれを風刃で応えた。
「破ぁっ!!」
法力に乗せられた風の刃同士の衝突は、激しい破裂となって、周囲を吹き飛ばした。
ゼラの身体が木の葉のように吹っ飛び、地面に叩きつけられた。
「ゼラ!」
サーマがゴウキの背後で悲鳴に近い声を上げた。
ゴウキが強靭なる体躯で暴風を耐え抜き、息をつきながら服の埃を叩き落として、
「お前たちは目配せし、合図して、法術封じを放っているな。魔動は予め仕掛けるか、そうでなければ照準を定めるという面倒な代物と訊いた。しかも、一直線にしか放てぬようだな。互いに機をはかり、ゼラが隙を探りつつサーマが狙いを定め、どこにどう放つかを互いに把握する。見事なものだ。油断すると我もやられていた」
ゴウキのその悠々とした態度は歴戦の士であるのを示していた。
ただ、法術の達人というだけではない。実戦慣れしていた。踏んだ場数の多さを、ゴウキの沈着かつ冷徹な瞳は語っていた。
丘陵には、今なお鳥の囀りすら聞こえぬ。彼らの法術魔動の応酬が、生物の影を無にしていた。
サーマは、じっと佇みながら、額に汗が滲むのを感じた。
(…やはり、この方法しか無かった…)
向こうから、ゾルトがゆっくりと歩を進め近づいて来る。
サーマは機を探っていた。
(…そろそろ向こうにも勘付かれるか…)
すると、
「ゴウキ!!」
ゾルトのよく通る大音声が、丘陵の空気を震わせた。
「それは幻術だ!!」
そう、実はゴウキが目配せし合ったその刹那、ゴウキに幻術が掛かったのである。地面にもんどり打ったと見えたゼラは、実は何事もなく走り出しており、ゴウキは虚空に向かって術を放っていたのであった。
(…まずい!)
サーマは懐から紙片を取り出し、書かれた魔動陣を発動させた。
瞬く間に、濃霧が辺りを押し包み…。中にいる者の視界を奪った。
既に走り出していたゼラの行く手に、ゾルトが立ちはだかる。
「邪魔だ!」
ゼラが叫び、身体中に法力を纏い、その身体をきいいんと音立て震わす。
「いいだろう、受けて立つ!」
ゾルトが哄笑した刹那、
「ゼラ!」
サーマの叫びに、ゼラの体躯は跳躍した。
ゾルトは横に飛び退りつつ、術者へ雷光を食らわせんとするも、それはやはり法術封じの防壁によって阻まれた。
跳躍したままのゼラの身体が、弾丸となって本堂へ突入したのは、まさに隙を突いた一瞬であった。
寸前で、急速に速度を緩め、尚も本堂の床に激突した時、ゼラは衝突の衝撃よりも、急停止しようとした反動によって、思わず膝をついていた。
「がはっ、げほっ」
はあはあと呻き、
「くっ…」
ゆらっと立ちあがって、床に縛られたリュウガン寺住職を抱え上げて、さらに本堂を突っ切り、茂みに住職を下ろして、
「早く逃げてくれ」
と縄を解いた。
「し、しかしゼラ…」
住職の表情は、まだ娘と呼ぶべき少女を明らかに心配していた。
「おらなら大丈夫だ。強えから」
とニカっと笑って見せて、住職を置き去りに走り去った。
頭痛と眩暈、節々に痛みが襲っていたが、ゼラは両頬を激しく2度叩き、ブンブンと首を振り、尚も走った。
本堂の前に駆け戻ると、濃霧は消え失せ、サーマは未だ防壁内にじっと立っていたし、ゴウキは茫然と立ち尽くしていた。
サーマが上手くやったようだ。幻術と濃霧で隙を作り、ゴウキに法術封じを掛けたのである。
「よくやった!」
とゼラが喜色を込めた声で呼び掛けても、当のサーマはゼラが戻ってきても、笑み一つ浮かべず、強張った表情でゾルトと対峙していた。
(ああ、いよいよだな)
ゾルトが首をくるりとゼラに向け、
「さて、前座は終わりだ」
と地の底から響くような声であった。
「ほう」
ゼラは冷笑を浮かべた。不思議と先程までの不調はどこかへ消え失せていた。戦いの興奮が、ゼラの体内で血が奔騰させた結果であろうか。
「寄席行かねえから、前座とかよく分からねえ。おらは無教養なもんで。見た感じ、そこの2人と違いは無いように見えるが」
とわざとらしく小首を傾げて見せた。