果たし状
パナとゴウキがウラギ港を駆けずり回り、夜更けに船に乗ったという証言を得たのは、実際にサーマらが船で出た数日後であった。
2人の男女など珍しくもなく、非常に難儀した。ゴウキは根気強く水夫らに尋ね周り、パナも御庭番出身としての抑制された態度を維持していた。
若い男女で、男は役人風で女はヨウロ服を着ていた2人が、船に乗り込んでいったという証言を得た時、しかしパナは証言者の胸倉を掴み、
「どこへ向かった!」
と凄んだ。
「…そ、そこまでは……」
行先を訊くと、ウラギ港から西へ向かったという事のみ分かった。
パナは大きく舌打ちして、証言者を突き飛ばした。
「な、何するんだてめぇ!」
尻もちをついたまま拳を突き上げる証言者に対して、法術を放とうとしたパナの真正面に立ったゴウキが、
「殺す気か」
と声色を押さえて問うた時、
「居場所なら察しが付く」
と聞き覚えのある声が掛かった。
顔に忌々しさを這わせながら振り返ったパナは、
「ゾルト!今まで何をしていた!」
と声を荒げた。
ゾルトは陰気な雰囲気を漂わせて、船着き場にうっそりと立っていた。
「相変わらず気味の悪い」
「狂犬よりは上等だと思うがね」
ゾルトは口角を吊り上げた。
「そんな事より、居場所に検討が付くとは?」
ゴウキが尋ねた。
「奴らはノゴヤにいる。はてさて、ナーブ王の生誕地に近いところに、とナーブ王と同じ赤髪を持つ娘と共にいるといったら、お前達も巡り合わせというものを感じるだろう。勿論私としてもだ」
ゾルトの言い草は一見パナやゴウキに同意を求めている風であったが、声色はまったく冷笑的ともいえた。
「何!?ゼラもいるだと!?」
パナの顔に喜色が浮かんだ。しかしそれは狂気を滲ませていた。
「あの2人の娘は手強い。お主の力も借りたいと思っていた」
ゴウキの声色にも、高ぶりのようなものが見られた。
「なら、共に行こうではないか。我ら3人で以て事を終わらせようではないか」
ゾルトが凄みのある笑みを浮かべた。
ゼラとサーマが、アカドへ向かう件をマリナリに打ち明けるのを賊の事がひと段落ついてからと決めたその翌日の事であった。そんな日に、3人がいる旅籠に文が投げ込まれた。
旅籠の女将が
「お手紙ですよ」
と折りたたまれたサーマに手渡したのがその日の朝早く。
中身を確認したサーマが強張った表情でゼラとマリナリに見せたのが、一刻も経過せぬうちであった。
「あいつら……」
ゼラの声色には怒気が滲み出ていた。
「おはんら……」
さすがのマリナリもばつが悪そうにゼラとサーマを交互に見、
「マリナリ、ぬしはここにいろ。奴らがお呼びなのはおらとサーマだけだ」
とのゼラの言葉にほっとしている様子だった。
文の内容はこうであった。
「当節、陽気も失せ、風も空気も冷たきものとなり、風音が不気味に響くなり。ヨウロ被れと分別無き赤髪が、大手を振って歩く時世、誠にもって嘆かわしく。よって我らそれらを斃さんと欲す。
リュウガン寺の住職はこちらの手中にあり。取り戻したくば、ソウセツ院オンタケ坊に参られたし。当地にて因縁と因業の全てに互いに死力を尽くしての決着を所望す。尚、他人に知らせるべからずにして、破りし場合は住職にはあらゆる責苦を以ての死を与える事とす。
3日後、当地にて待つ。ゼラ殿。エルトン・サーマ殿」
ゼラが大きく舌打ちした。
「…リュウガン寺はおらが居候しているところだ。そこの住職には世話になった」
マリナリと興行で組んでいる現在、ゼラはそのリュウガン寺の離れで寝泊まりしており、住職の好意によるものだった。
ゼラが突然訪問し頼んだのを、快く受け入れてくれたのである。布団や枕、寝間着、さらには時折食膳も運んでくれた。
その恩に報いる為に、ゼラは興行で得たお金を差し出そうとしても頑として受け取らなかった。
いずれ、こっそり置いて出て行く腹積もりであったが……。
恩人に害を加える相手のやり口に、ゼラの腹は煮えくり返って、傍から見ているサーマやマリナリも、ゼラの放つ怒気に息を飲む程であった。
「3日後…」
サーマがぽつりと呟いた。
「向こうの指定に、乗っかる他無いのだろうな」
「構わねえさ。おらも奴らと決着を着けたかった。果たし状を送って来たのは好都合だ。今度こそ仕留めてやる」
ゼラの表情は鬼気迫り、声も底冷えのする雰囲気が漂って、サーマは思わず背筋がぞくりとした。
「おはん…仕留めるとはつまり…」
「ああ。止むを得ないだろ」
2人はマリナリを見た。
ゼラの瞳はぎらりと光っていた。
「マリナリ、ぬしは好きにしろ。目の前で人を殺すと言ったんだ。おらをお縄にしようとしても構わねえし、売り渡しても構わねえ。どうせ逃げるしな」
「お、おはん……」
サーマは困惑しきった様子だった。慌てて言うには、
「マリナリ、わたしがゼラには出来得る限り人は殺させない。わたしも全霊を以て賊を捕える。だから、おはんはわたし達を信じてくれ…」
と懇願するのであった。
マリナリが鼻で笑った。
「当然じゃ。殺人とあっては、興行に参加させられん。じゃが、万一の時はおいの力やツテを使う。そもそも賊などいくら殺しても構わんとおいも思う」
「マリナリ…」
サーマが苦笑いした後、ゼラの肩を掴み、
「ゼラ、自分1人気負っておるのだろうが、頼ってくれても構わん。わたしは思っている程弱くはなかど。決して、おはんが邏卒や官憲に目をつけられるような結末にはさせん」
「ら、そ、つ……?なにもんだ」
ゼラが首を傾げた。
「何だ、おはんは知らんとか!?」
マリナリの口調は呆れた風であった。
「マリナリ、ゼラは2年も隠遁しておったとじゃ。知らぬのも無理はない」
サーマがマリナリに対して語気強く言い放った後、ゼラに振り返って、ニカっとしながら、
「ほら、パラスで見たろう。ポリスじゃ。まあ、ポリスの未完成品といったところだが、まだまだ藩兵ばかりで構成されとるし」
ゼラは口をあんぐりしていた。
「ほれ、おはんこそ、ゼラが隠遁しとる事忘れとらんか。もっと分かりやすう説明せい!」
マリナリからの逆襲を受けたサーマは少しばかり顔を赤くし俯いた。
昨年の新サパン暦3年に、政府を構成する4藩、カツマ藩、チャルク藩、タサ藩、ヘイゼン藩やその他いくつかの藩から藩士を募って治安維持にあたらせた。これを邏卒といい、未だサパン国ではヨウロの先進的な警察制度を完全に学びきっていたとは言い難くも、新時代への1つの前進といえるものであった。
「どちらにしろ、3日後、全てケリをつけるつもりだ」
ゼラがサーマの肩を掴み返し、真剣な眼差しでサーマを射た。
頷いたサーマは、弱々しく微笑んだかと思うと、自らを奮い立たせるようにさらに破顔して言った。
「ああ、2人とも無事で帰ろう。わたし達2人が協力すれば、出来んこつはなか!」
「ぬし、震えとる」
ゼラが快活に笑った。