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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第3章 新時代黎明編
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血脈

 ゼラとゾルトが街道上で相対し、互いに青い目から放つ光を交差させ始めて幾ばくかの時が流れた。


「…おらは別に会いたくも無かったがな。そもそもぬしは誰だ」


 ゼラが眉を吊り上げて言った。


「よくぞ、来てくれた」

「…。約束した場所で待ってたら、法力を感じたんでな。それも、不気味なやつを。それで駆けつけさせてもらっただけだ。そしたら案の定だ」


 ゾルトは赤髪を揺らしてくつくつと笑った。


「イリダ・ナーブ、その末裔たる我らは出会う宿運だったのだ」


 ゾルトが出したその名を聞いた瞬間、ゼラの眉はピクリと動いた。

 イリダ・ナーブ王、かつてこのサパン国を支配した英雄である。その死後取って代わったトトワ王朝によってこの国は二百数十年もの長きに渡って治められてきた。その秩序が崩壊し新たに政府が建ってから4年と少しの時が経っていた。

 ここにいる少女ゼラはかつてトトワ王朝側の陣営にあり、その横でへたりと座り込む少女サーマとマリナリは、それぞれ王女の元教育係と新政府の官吏であった。


「生憎、宿運なんてのは信じない性質なんだ。他所を当たってくれ」


 ゼラお皮肉交じりの言葉に、ゾルトは顔色一つ変えずに、


「ナーブ王の血の入った証、その赤髪はもはやお前しかおらぬのだ」


 と歩みを進め距離を縮めておいて、


「その血脈が散り散りになって、艱難辛苦の数世代を重ね溜まりに溜まったその業念は、もはや宿運なのだ。私より濃くナーブ王の血を受け継ぐ者よ、ナーブの血脈はまた1つになる時が来た」


 と狂気にも似た熱情を込めた瞳でゼラを見つめた。

 さすがに視線を逸らしたゼラが、


「血が濃いとはどういう訳だ」


 が問うと、さも当然のように応えた。


「ナーブ王は、赤い髪と青い目をしていたとある。より濃く受け継ぐ者こそ、それらが表れる。お前は常に赤髪をしておる。私などは普段は黒いのに。ただ、蒼眼はお前も発動を要するようだな。

 私は、鍛錬によって赤髪と蒼眼を会得した。それも血も滲むような鍛錬でだ。お前はどうだ?それらをどう会得した?」


 確かに、ゼラは努めて修練をした覚えはない。ただ、法術指南役シンエイのもとにいた数年間のみ、法術の基本を学んだ程度である。赤い髪も生まれついてだし、青い目も法力によって普段の赤みがかった茶から変化するのだ。

 そうなった時、平常時よりも法力の解放や術の発動において、枷が外れたような感覚を覚える。普段ではあり得ぬ力の奔騰とその自在さは快感にも似た高揚感をもたらしてくれるのは確かである。むしろゼラはそれを求めて闘いに身を投じるのであったろうか?

さらに、幻術を含めた相手の法術の破壊も容易くなる。現に先程ゾルトの術を破ったばかりである。

 ただその能力の、源を、由来を、深く考えた事のないゼラであった。


「鍛錬といわれても分からねえ。戦いに身を置いている内に、使えるようになっただけだ」

「やはり!お前には天性がある!」


 ゾルトは喜色に満ちた声で叫んだ。


「長き年月の間、有象無象の血を混ぜた為薄らいだナーブ王の血。それをここまで顕現せしめる者がもし、同じくナーブ王の血を受け継ぐ者と子を為せば、その子はナーブ王により近しい存在となろう」

「ぬしの理屈は分からねえな」


 ゼラは首を振った。


「つまり、協力してやる気はねえ。という事だ」


 ニヤリと不敵に笑うゼラ。

 ゾルトも口角を吊り上げると、遠い目をして言った。


「お前の母も、そうであった」

「!何だと!」


 ゼラの形相が険しくなり、語気強めて発した言葉は空気を切り裂いた。


「ぬし今何と言った!?」

「お前の母も、私を拒んだ。そして姿を消した。どこで何をしているのかと思っていれば、娘を残していたとは」

「…ほう、初めて聞いたなそんな話は。でも、ぬしみたいな男、拒まれて当然だろうな」 


 と冷笑を浮かべるゼラに、ゾルトの赤くなり煌々と輝く赤髪がうねり、目が青く爛々と照らされ、その背後にどす黒い大蛇がぬっと現れ、矢のようにゼラに飛び掛かった。

 ゼラの青い瞳が、かあっと光ったかと思うと、次の瞬間ゼラの右手が宙を裂き、大蛇を首元で切断していた。


「ほう」


 ゾルトが綽々といった様子で言ったかと思うや、次の刹那、首だけになったはずの大蛇が再びゼラに向かって飛びつき、ついにその顎でゼラの腕に噛みついた。

 背後でへたりと座り込んでいたサーマが悲鳴を上げた。


「幻術かと思わせて、蒼眼で幻術破りをさせておいて生まれた隙を突いた。先程のが幻術だった為に、今度も幻術と思ったか?咄嗟に切断したまでは見事だったな」 


 ゾルトは悠々とした口調だった。

 が、当の噛みつかれたはずの本人は、平然と大蛇の首を振り払い地面に叩きつけた。


「おらは、人より硬いんだ」


 とニヤリとし、一気にゾルトと距離を詰めていた。

 ゾルトの拳をかわし、腹部に拳を叩き込もうとするも、すっとかわされ、蹴りも空を切った。

 そこに、こめかみ目掛けて、ゾルトの蹴りが直撃した。

 ゼラは不動だった。足元の地面を抉ってはいたが。


「効かねえな!」

「嘘だな、効いているはずだ」


 ゾルトは飛び退った。

 ゼラがすかさず、手刀に法力をまとわせ、雷光を発する剣と化させつつ、ゾルトに斬りかかった。

 僅かに動く程度でかわされ、ゾルトが目にも止まらぬ手刀を振るのを背後に飛んで避けるも、


「ちくしょう」


 と舌打ちをするゼラ。


「身体を包んだ法力の鎧も、そう長くはもつまい」


 ゾルトが青く輝く瞳をギラリとさせた。


「ぬし、やるな」


 ゼラは初めて苦笑を浮かべた。


「お前も大したものだ。だが、動きに粗がある。喧嘩屋といった風だ。武術の素養があまり無いとみた」


 ゾルトは両手をだらんと下げ、だがその姿には一切の隙を見いだし得なかった。

 刹那、ゼラの指から放たれた閃光が、ゾルトが逸らした頭の元々あった空間を切り裂いた。

 背後の並木が抉られ、音立ててゾルトに向かって倒れてきた。

 ゾルトが飛び上がって、数間先に着地すると、ゼラがもう一発を放つべく、ゾルトに照準を合わせていたが、


「私の背後には人家があるぞ」


 とゾルトがうそぶくと、


「…くっ」


 と指を下ろし、ゾルトを睨み付けた。

 確かに、街道を遥かに望む辺りに、集落が点在しているのが遠目に分かった。


「私は別にそんな事は気にしない」


 とゼラがしたように、指を突きつけ、その先に法力を流し込んでいく。

 しかし、妙な事に、ゾルトは顔を怒りに歪め、青目や赤髪がだんだんと黒みがかり、光を失っていった。

 ゼラは明らかに、ゾルトから法力を感じなくなっていた。先程までの凶暴なまでの生命力の発露ともいうべき、鋭さの極の余りに、痛みさえ覚えたゾルトの法力が、まったく曇ってしまったかのように、薄々としたものになっていた。


「馬鹿な!貴様!」


 ゾルトが目を血走らせ、ゼラの背後に向かって怒気を浴びせた。

 ゼラが振り返ると、サーマが紙を地面に敷き、両手をその上に乗せていた。よく見ると、書かれているのは魔陣であった。

 ゼラも留学中少しだけ習ったが、覚えられなかったし理解出来なかったのだが、あれは魔動を発動させる陣だ。

 いったい何を発動させたか知らないが、結果ゾルトの法力は失われた。

 サーマが口角を上げ、ゾルトの視線を受け止めた。


「ゼラ!」


 サーマが叫ぶのに、ゼラは応えた。

 一瞬のうちにゾルトとの距離を詰めると、顔面めがけて拳を叩き込もうとした。

 しかし、いとも簡単にかわされかと思いきや、次の瞬間、ゾルトが嗚咽し蹲っていた。


「お、の、れ」

「法力乗せた右拳ばかりに気を取られてたな。頭に血が昇ってたか?」


 左の拳が深々とゾルトの腹部に刺さったのである。

 ゼラがうずくまるゾルトに近づくと、ゾルトが腹を押さえながら並木道沿いの林の中に獣のような素早さで逃げ去っていった。


「ゼラ!また会う時が来るだろう!これは、ナーブ王の意思だからだ!」


 遠くにゾルトの哄笑を聞きつつ、ゼラはふうと息をついた。


「てめえの意思だろ…」

 

 そして、ニカっと顔を綻ばせてサーマを見た。


「助かった」

「法術封じをやった。この魔動術は、なかなか当てるのが難しか。隙を作ってくれたゼラにこそ、感謝じゃ」


 サーマも微笑んだ。

 ゼラに手を引かれ、立ち上がるサーマ。


「久しかな、ゼラ」

「ああ」


 2人は馬車に戻ろうと、振り返った。木陰に隠れ恐る恐る様子を伺っていた御者が戻って来た。


「さて、行こう」

「…、待ってくいやい」


 2人が振り返ると、腰を抜かしたマリナリがいた。


「立たせてくいやい…」


 顔面蒼白で、足をガクガクと震わせている。


「官吏さん、そんな姿、人前では見せられねえな」


 笑いながらゼラが手を引いてやって、


「いや、下手に動かれるより、大人しくするのを選んだマリナリは偉かじゃ」


 サーマが擁護するのを、

 マリナリは苦々しい表情を浮かべ、御者に改めて街道を進むよう命じた。


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