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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第1章 パラス編
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井戸の中

 サーマは暗い部屋にいた。

 目を覚まし、動転しながら周囲を見回す。

 椅子に座らされ、縛られている。

 愕然とした。


「お目覚めかな?」

 

 男の声だ。しかもカナリス語だ。


「何が目的でこんな事を!?」

 

 サーマは震えを押し隠しながら、あくまで平静を装って尋ねた。


「わたしを何故攫ったのですか?」

 

 目の前に薄っすらだが、人影が見える。だがはっきりとは分からない。


「あなたは運が悪かったのですよ」

 

 男は応える。 


「ですが、大人しくしていれば返します。ただ、我々の目的は身代金だ。カツマの人間とあらば、大金も得られよう」

 

 笑っている。

 サーマはカツマの皆の事を思い浮かべた。イワラ様やマリナリ、自分の軽率な行動で彼らに迷惑をかけてしまった。

 もう少し早く、助けを呼ぶ事に気を回すべきだった。

 申し訳なさと無念さに押しつぶされそうだ。

 その時、何か聞こえた。

 目の前の男が焦っているのが分かる。

 また、聞こえた。

 サーマは耳をそばだててみた。

 次は言葉まで聞き取れた。


「ここから出せ」

 

 ゼラの声!

 男が苛立っている。


「気にしなくていいですよ。他にも攫ってきた者もいるのでね」

「身代金目当てですか」

「そうです」

「ならば、こんな愚かな事は止めるべきです」

 

 サーマは勇気を振り絞って言った。


「あの娘もわたしも、サパン国の要人です。このままでは外交問題に発展します。そうなれば、あなた達もただでは済まない」

「心配はいりませんよ」

 

 男は笑った。

 周囲の仲間と共に笑っている。

 その時、サーマはふっと沸いた疑惑に愕然とした。

 この者達は、本当に身代金目当ての誘拐犯か!?

 ただの金目当てのごろつきとは思えない落ち着きぶりだ。


「あなた達の本当の目的は何ですか!?」

「言っているでしょう。サパン国の要人とあらば大金が手に入る」

「いいえ嘘です」


 サーマは首を振る。相手に見えたかは分からない。


「わたしを攫ったのはたまたまでしょう?わたしに見つかってしまったから」

「何を言うのやら。もともとカツマから1人、トトワから1人の計画でした」

「それはおかしい。それなら何故、ホテルの前にいたんです?1人で歩いているところを攫った方がよっぽどいい。ホテルを襲撃するつもりだったとでも!?」

「……」 

 

 カマをかけつつやったら、相手は思ったより早く馬脚を現したようだ。


「では、正直に言いましょう。あなたは間違えて連れてこられた。今のところわれわれの顔は見ていないでしょう?娘1人夜出歩くなどあってはならない事、これは誰にも言わぬ事だ。それを守れるならすぐにでも解放しましょう」

 

 高圧的な物言いだった。


「それなら、さっきの声の主も解放してあげてください」

「それは駄目です。もともとトトワのみを相手に身代金を得るつもりだったのです」

「何故です?攫った獲物を何もせずにみすみす解放するのですか?」

 

 男は黙った。


「わたしは必ず誰かに言うでしょう。ですからあの者を解放して下さい」

 

 サーマは自分が危ない道を渡っているのに気づいていた。それでも、ゼラを助けてやりたかった。下手をすれば自分の命が無いのも分かっている。恐ろしかった。

 目の前の者達は、単なる人攫いではない。

 だとして、どうすれば……。


(考えろ。考えろ……)

「もういい、この小娘も放り込め」

 

 男は苛立って言った。 

 横にいた男達がサーマを椅子ごと抱え上げた。


「まさかとは思い警戒していたが、カツマの者に、しかもお前のような小娘に勘付かれるとは思わなかった。こうなったら仕方ない。お前も死んでもらう」

 

 サーマは抱え上げられて部屋から連れ出される瞬間、男のはき捨てる声を聞いた。




「止めてください!こんな事をしても!」

 

 カナリス語でそう喚くしかなかった。

 サーマは暗い井戸の前に連れてこられた。屋内にある井戸。恐ろしくて仕方なかった。まるでこの為に作られたかのような……。

 下には仄暗い闇が広がっている。


「ひっ……」

 

 椅子から降ろされ、思わずたじろぐ。

 後ろから背中を押され、悲鳴を上げながら闇の底へ落とされる。

 気づくと、誰かに抱きかかえられていた。


「危なかったな」

 

 聞き覚えのある声だ。


「ゼ、ゼラ!」

 

 ゆっくりと降ろされた。

 闇の中、うっすらとゼラの顔が見えた。


「まさか、ぬしまで攫ってくるとは」

 

 ゼラは座り込んで井戸の壁に寄りかかった。 

 サーマは思わず上を向く。

 小さな点のような光が、頭上から僅かな明かりで井戸の底を照らしていた。

 サーマもとりあえず息をつき、ゼラのように座ろうとしたら、「そこは駄目だ」とゼラ。

 サーマも何か感触を感じたので、驚いて振り向くと、人が横たわっていた。

 寝息を立てている。


「おらの後に入れられた。最初から眠っちまってる」

 

 サーマは横たわる人影をまじまじと見て「子供じゃなかか!」

 と思わず語気を荒げてしまった。

 こんな子供まで、許せない。


「いったいあの者達は、何を企んどる」

 

 サーマの声に反応したのか、人影が起き上がった。


「ほら、起きちまったぞ」とゼラ。

 その人影はきょろきょろと見回し、呆然とした様子であった。

 サーマはカナリス語で話しかけた。


「心配しないで、あなた1人じゃないのよ?」

「あなた達は?」

 

 その人影は少女だった。


「あたし、どうしてここにいるの?」

「それはわたし達も分からない。でもきっと助かる」

 

 サーマは微笑みかけ、手を握る。


「だから、怖がらないで」

 

 その様子を見ていたゼラが言った。


「ぬしがカナリス語が分かって良かった。おらだったらどうしていいか分からんかった」

「そいで、どげんする?」

 

 サーマがゼラの方を見る。

 ゼラは上を見上げる。


「井戸には鉄格子の蓋がされとる。どうもそれには法術封じがされとるようだ。まあ、おらならそれを破れるだろうが、さらに井戸の近くには魔動遣いが4人。この子を守りながら抜け出すのは1人では荷が重い」

 

 サーマは考え込んだ。


「あの者達は、何が何でも私達を逃がさん心づもりだろう。下手をすれば身の破滅だから。かと言って、何もせんというのも……」

「恐らく、トトワの者達もカツマの者達も、おら達が攫われここに囚われとるとは嗅ぎ付けられんだろうな」

 

 ゼラの口調は重々しい。


「おら1人なら、どうかなったかもしれねえが……」

 

 苦々しく呟く。


「おはん、大した自信じゃなかか」

 

 サーマは笑う。

 沈んだ気持ちを少しでも振り払いたかった。


「自信じゃねえ、確信があんだ」 

 

 今度はゼラが笑う番だった。


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