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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第3章 新時代黎明編
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赤髪の男

 サーマとマリナリが港に降りると、馬車が待っていた。

 周囲を警戒しつつそれに乗り込みつつも、マリナリの用意の良さに感嘆するサーマであった。


「しばらくかかる」


 マリナリは言った。

 静かだった。たまに人とすれ違う程度で、並木道を蹄の音を響かせながら馬車は進んだ。


「ところで、ゼラとおはんがやっている興行とは、どげん事ばすっとか?」


 サーマは尋ねた。

 何も聞かされずにここまでついてきた。ただ、ゼラとマリナリが共に興行をやっているという言葉を聞かされたのみである。少しくらいはここで訊いておかねばならぬだろう。


「そいはな、興行試合に近い。法術も使用してよか。ゼラはそれで負け知らずを誇っとる」


 マリナリの返答が、あまりに何気ない風だったので、サーマは一瞬口を半開きにさせた。


「法術も……?」

「そうじゃ」


 頷くマリナリ。


「法術ご禁制の世はどげんした?」


 サーマの言葉に笑い出すマリナリ。


「何を今更言いよるか。禁止令が恣意的に運用されとるのはおはんも知っとろうが」

「…、身を危うくはせんか?」


 サーマは慎重深い物言いだった。心中に去来した驚愕を、努めて沈着さへと変換する作業を行っているようだった。


「話は通してある」

「信頼に足る人か?」

「用心はしとる」


 2人の目線は交錯し、思わぬ火花が散った。


「まさか、おはんはおいを信用出来んとか?」


 マリナリは少し棘のある口調で言った。苛ついているのではなく、論戦を優位に運ぼうとする心の動きによるものだった。

 官吏としての彼がこう少し脅しつければ、多くの者が竦んで彼の機嫌をとってきたのである。

 しかし、サーマは乗らなかった。


「マリナリ、わたしは、おはんを心配しとるだけ」


 と真剣な表情で言った。


「…心配には及ばん!」


 マリナリは語気強く言い放つと、そっぽを向いてしまった。

 その時であった。

 がたんと、激しい振動に2人はよろめいた。


「どげんしたか!?」


 マリナリが御者に聞こえるように叫んだ。

 馬車が止まったのだ。

 窓から顔を出し、外を眺めたマリナリが、


「なんじゃあ!?」


 とあんぐりと口を開け、しばし行く手の方に視線を向けていた。


「さっさとどかさんか!」


 マリナリが御者を怒鳴る。


「待って!」


 サーマが語気強く言った。


「待ってくいやい」


 改めて言い直すサーマ。

 マリナリが顔を歪めてサーマの方を振り返った。


「何じゃ」


 サーマが外を覗く。


「ほう、エルトン殿も一緒か」


 朗々とした声が聞こえた。


「2人とも降りるといい」


 サーマとマリナリは顔を見合わせ、頷いた。


「まさか、もう追いつかれるとは」


 マリナリがごくりと生唾を飲み込んだ。


「間違いなか。賊の一味とみた」

「おいもそうみた」


 2人は用心深く馬車を降りて、眼前に立ち塞がる男を見た。

 男は髪を伸ばし、顔を半ば隠してうっそりと佇んでいた。


「御者には手を出さん。立ち去れ」


 地の底から響くような声であった。

 マリナリが何か口を開こうとして飲み込んだ。

 代わりにサーマが、


「こちらをご存じとは、一体何の用でございもすか?」


 と堂々と尋ねた。

 男は冷笑を浮かべ、


「私の名はゾルト、そう覚えておいて貰おう」


 そうゾルトが口にするや否や空気が歪んだ。

 サーマはぞっとした。

 恐るべき法力の放出だった。空気や地面が震え、波状的にサーマへ圧をかけてきていた。

 ゾルトの黒い長髪が赤く染まっていき、目は青く輝き出している。


「ひぃ」


 マリナリが悲鳴を上げて、サーマの背後に回って肩を掴んだ。


「情けない事だな。政府の官吏よ」


 ゾルトの嘲笑するのに、


「マリナリ、おはんはわたしの後ろに」


 サーマはゾルトから目を離さずに言った。

 むしろ、マリナリが卒倒せずに耐えているのが不思議なほどだった。


「ほう、お前はこの髪を見て何も思わぬか」


 生き物のように蠢く赤髪を差す男。


「…わたしの友人の髪も赤かったが、そんなに光ってはなかった」

「そうか、ゼラはお前には見せなかったか。この光を」


 サーマは顔をぎょっとさせた。

 この男は、ゼラの何を知っているというのだ?

 ゾルトは歩みを進めて、2人に近づき始める。


「お前達には恨みは無い」


 そう言った直後、サーマの身体が地面から這い出たどす黒いものによって巻きつかれた。


「……っ!」


 両手足に巻きつかれ、首筋にもまとわりついてくる。泥の様で泥でなく、水でも固体でもない。異様な感触だった。恐るべき力で締めあげてくる。


「あ、あがあ……!」


 サーマはもがくも、どうにもならなかった。

 馬車の中や鞄の中に、魔動陣を書いた紙や杖、懐にも少し用意していたが、身体の身動きがそもそも取れないのだ。


「動けまい。だから法術を封じるべきではなかったのだ。魔動とやらは発動に面倒が多い」

 ゾルトが冷笑気味に笑った。

 マリナリは腰を抜かして、茫然とサーマを見つめていた。


(……こんなところで……)


 だんだんと薄れゆく意識の中、サーマは心が絶望に覆われていくのを跳ね除けようと策を考えようと試みた。視界が暗くなり始め、もはや思考する気力すら奪われ始めたその時であった。


「ただの幻術だ。気を強く持て」


 聞き覚えのある溌溂とした声が聞こえてきた。


(ああ…もはやそこにおるはずのなか者の声まで…) 


 サーマが消え行く意識の中自嘲した次の瞬間、サーマは地面に膝をついて蹲っていた。


「………」


 何が起きたのか分からず、やっとできた呼吸を咽るくらいにやった。

 おぼろな視界がはっきりしてくるにつれて、見覚えのある赤い髪が見えた。

 その顔はサーマを振り返って微笑んでいた。


「ぬし、法術師までやめるとは、本当にヨウロ被れだな」

「…。ゼラ!」


 サーマは叫んでいた。


「…誰だか知らねえが、傍から見るとその髪の色は目立つんだな」


 ゼラが冷笑的に言うと、ゾルトは口角を吊り上げて、


「ゼラ、会いたかったぞ」


 確かにそう言った。


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