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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第3章 新時代黎明編
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西へ

 元御庭番にして、今や政府要人を狙う襲撃者と化しているパナが隠れ家にいると、仲間の1人のゴウキが戻って来た。

 開口1番、


「エルトン・サーマは屋敷を出て、長旅をするらしい」


 と言った。


「どこに?」


 パナは起き上がって尋ねた。


「政府の命か?」

「アキ・マリナリというカツマ出身の官吏と出て行ったぞ。馬車に乗って、こそこそ隠れるようにこんな夜分にな。近所の者達によれば、しばらく家を空けるというので、家政婦を捕まえるとすぐに白状した」


 パナはニヤリとした。


「まずはその家政婦に天誅を加えたという事か」

「いや、危害は加えていない。屋敷から出ようとするところを捕まえて訊いただけだ。我らが誅するのは官憲と不逞な輩のみ」


 ゴウキが淡々と首を振るのに、パナは顔をひくひくさせつつ、


「気づかれてはいないな?」

「いや、油断は出来ん」


 ゴウキは炉の前に座る。彼は何時いかなる時も沈着であった。激したところをパナは見た事がない。


「追うか?」


 彼の静かな声音に、パナは全身に流れる血を逆襲せしめるかのような心持であった。


「追うに決まっている!!」


 パナはくつくつと笑って、


「これは我々への挑戦だ!」


 とゴウキに詰め寄った。


「あたしは追う!そして後悔の果ての死を!」

「…ゾルトを待つか?」

「いや!待つ必要は無い!」


 パナは吐き捨てた。


「崇高なる大義の為に戦う者のみこそ、我らの仲間にふさわしい。奴は、何か企んで居る!」


 ゾルトは1人、何処かへ姿を消してしまっていた。ふらりと立ち上がって、ちょっと出掛けるかとでもいうように、軽い感じで出て行き、しばらく姿を見せないのがしばしばある男であった。


「待っておっては、時期を逸する!」

「それは同感だ」


 ゴウキが頷くのに、パナは満足げに立ち上がって、


「家政婦はどこへ行くのかしゃべったか?」

「いや、家政婦にすら知らせなかったらしい。ただ、魔動機関車で西に向かうとだけ…。政治に関わる大事な用だと説明したそうだ」

「政に関わる、ねぇ…」


 パナは首を傾げた。そして口角を上げ、


「アカドを出て、西か。さっそく、サンバシ駅に向かうぞ!」


 ゴウキは顎を手で擦って考え事をしながら、


「…ああ行こう。馬車には法紋を施してあるから、行先も追える」


 彼は自身の探知法術に絶対の自信があった。法術によって対象に紋様を施し、そこから発する法力を探知するのである。ただ、あまりに遠方になり過ぎると探知が出来なくなってしまう。

 要は、ゼラや、彼らの仲間であるゾルトが元来持つ探知能力を持たぬ者が、それを得る為に編み出した術なのであった。



サーマとマリナリは馬車を降り、川で待っていた小舟に乗り込む。


「このまま馬車はサンバシ駅に向かって下さい。その分のお金も払います」


 サーマが御者にサパン銭を握らせる。

 怪訝な表情をする御者に、マリナリが、


「…せ、政治に関わる大事な要件があるとじゃ。黙って受け取ってくれ」


 頷いた御者は、2人をじろじろと見た後、馬車を走らせて行った。


「何か、誤解を与えたような気がせんでもなかが…」


 サーマがおずおずと言うのに、


(いや、誤解ではなか。いや、いずれ真となるとじゃ)


 とほくそ笑んだ。

 今回の事は、サーマを娶る為の壮大な策の第一段階なのである。


「まさか馬車を途中で降りて、小舟で移動するとは思うはずはなか」


 此度のサーマは少々用心深かった。家政婦のバレラにも嘘を説明し、駅まで行かずにこうやって夜闇に紛れて小舟で移動するのである。

 ただ、サーマには、バレラから敵が情報を引き出すという恐れを考慮に入れていなかった。というより、これまでの賊の行動原理からして、あくまで彼らが相手にするのは政府役人関係者のみであり、その使用人や知人への危害は加えないとみていた。

 だが、実際のところ、家政婦を問い詰めたのがゴウキだから良かったものの、パナであったなら、話は違ったのである。

 船頭に船を漕がせながら、2人は静かに夜の王都アカドを行く。

 誰も口を利かなかった。無論、下手に喋れば声を敵に聞きつけられる恐れもあった。

 マリナリは、新月の闇で輪郭しか分からぬサーマを見やった。

 敵の襲撃はマリナリにとって、思いもよらぬ事であった。マリナリは王都での賊の襲撃など知らぬ訳でもなかったが、自身には関わりない事と高をくくっていたのである。

 しかし、現に目の前のサーマは1度襲撃を受け、それを退けている。

 サーマが警戒するのも分かるし、万が一自分が襲われでもしたらたまらないので、こうして付き合っているマリナリであった。

 もともと、マリナリの想定した経路は、サンバシ駅まで馬車で向かい、そこから魔動機関車に乗り王都アカドを出、ヨコハミ駅という駅で降り、そこからヨコハミの港まで向かって…といったのであったが、そこをサーマは駅まで向かわず、水路を小舟で進み、ウラギという王都アカドの玄関口である港まで行って船に乗るというのだ。


「…途中で襲撃してきたもよかったのに、襲って来なかったという事は、見張りがいたとしても仲間を呼ぶ必要があるという事。よって待ち伏せが有り得る。奴らは思ったよりわたしを警戒している」

「駅にて待ち伏せか」


 サーマは頷いた。


「じゃっどん、これまでも何度も機会があったはず。それこそわたしが傷を負って寝込んでいた時こそ機であったはず。優先順位が高くないのかも。警戒し過ぎて余計な手間をマリナリにはかけてしまったかもしれん。申し訳なか」


 と微笑を浮かべるサーマを、マリナリは息を飲んで見つめる。

 自分も強かになった自信はあったが、サーマもそうであったのだ。

 共にカナリスへ留学に向かった際は、サーマも自分もまだ童心に溢れた子供だった。

 思えばあの頃から、ずっと想ってきたのである。

 人家もまばらになった頃、水路も行き止まりとなったので、2人は船を降り、さらに先に進む。

 この先の港で、大きな船に乗るのだ。


「おはんとわたしは、きょうだいという事で」


 サーマが浮ついた様子で言った。

 どうも、こういうのを面白がる性質らしい。

 いや、許嫁か夫婦はどげんか?とマリナリは喉まで出掛かったが、寸前で断念した。

 朝、まだ靄の立ち込める中、船に乗り込んで西へ。

 この時間なのに、既に大勢の人が乗っていた。魔動機関車よりも安く長距離を行くので、重宝されていた。

 まだ、魔動機関車はこのサパン国ではサンバシからヨコハミ間の短い距離を開通したに過ぎず、かつ上流階級の者が利用者の大半を占めていた。

 当然、駅で敵が待ち受けている事もあり得るので、避けた2人だった。


「思ったより、人が多か」


 サーマが苦笑して行った。


「隠密とはいかんじゃったな」


 マリナリは応えた。

 

 船は海原を進み、朝日の陽光を浴びて、海面はきらめいていた。

 実に美しい眺めだった。闇の世界が色鮮やかな光によって切り裂かれ、荘厳な光景を眼前に作り出していた。


「懐かしかな」


 マリナリは言った。


「カナリスのパラスから帰って来た日の事を、昨日の事のように思い出せる」


 サーマは頷いた。


「船の上で見る朝日と夕焼けは、いつ見ても美しか」


 彼女の目は輝いていた。マリナリはそれをちらと拝みつつ、


「ああ」


 と頷いていた。



 パナとゴウキは、ゴウキの探知術によって馬車の行方を追い掛け、駅まで辿り着いたところ、ちょうど馬車が駅に帰り着くところだった。

 物陰に隠れサーマと若い官憲の2人が降りて来るのを待ち構えていたが、一向に降りず、馬車はそのまま別の者を乗せ始めていた。


「してやられたか」


 ゴウキは淡々としていた。


「探知法術の紋様に気付かれたやもしれん」


 パナは歯軋りした。


「おのれ小癪な…。御者に訊くぞ!」


 と飛び出そうとしたが、ゴウキに手で制止され、


「我らが襲うは官憲とその仲間のみ。エルトン・サーマらは魔動機関車ではなく、魔動機船に乗るつもりだ。港へ向かおう。そこで訊くべきだ」


「なら、早く向かおう」


 パナは鼻を鳴らした。


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