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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第3章 新時代黎明編
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2人をつなぐ者

 カツマ藩出身にして、今や若き官吏となったアキ・マリナリが商人エイチゴから『興行』の提案を受けたのは、1年程前の事であった。

 本来であれば、法術禁止令違反といったところだが、村や寺院の祭りという体で行うのだ。そもそも、新政府出身者の多い4藩出身の法術師に対して運用に手心が加えられている時点で、何を今更というものだ。

 しかし、マリナリは念の為にヒダルという同じカツマ藩の先輩格の役人に話をつけてある。彼は、中央にも顔が利くのだ。

 此度、新しく興行に参加してくれる赤髪の娘ゼラ。卓越した法術師であると知らされている。しかも、エルトン・サーマの友人だ。仲良くしておいて損は無い。


「よろしく頼む」


 ゼラを政府の人間御用達の旅籠に呼び、食事を振る舞った。


「いや、こちらこそ」


 ゼラはにこりと笑い、杯を受け取った。


「おはんは酒にお強いかな」

「いいや、分かる程飲んだ事がねえもんで」


 マリナリはゼラを改めて観察した。溌溂とした生命力と意志の強さに満ちた面相には魅了されるものがある。

 はっきりいって、美貌の持ち主だった。マリナリはカナリス留学仲間だったサーマを思い浮かべた。あの黄金色の髪色のサーマはもっと柔らかな印象がある。

 どちらにしろ、美少女2人である。自分もいずれは政府の高官となり、麗しい妻を持たなければならないのだ。

 マリナリは1度、サーマに自身の想いを伝えたが、その時サーマは怒った。無論、サーマの許嫁の死から日も経っていない時に言ったのは失敗だった。

 公私共の成功。それが自身に課せられた未来だと、マリナリは信じていた。

 目の前のゼラも、容姿からいえば充分マリナリのお眼鏡にかなうが、こんな無頼の人間は論外だ。

 やはり、サーマだ。


「ぬし、サーマとは親しいのか?」


 ゼラが杯を空けたので、注いでやる。


「単なる留学仲間じゃ」


 マリナリは笑った。

 酒を使った歓談は、


「改めて、頼むぞ。おはんの実力を以てすれば、すぐに喝采と名誉と金を得るようになる。」


 とマリナリが握手を求めてお開きになった。

 応じたゼラは、どこか冷笑気味に口角を吊り上げて、


「法術禁止令を出した政府の人間が、法術を興行に使ってる。面白い事をするもんだ。一時人を避けて暮らしてたが、おらはどうも時折妙な事と関わって、活力を得る必要があるらしい」


 凄みが底流に流れた、そんな声色だった。マリナリは圧される自身を感じつつも、それを認めまいとして、努めて平静を装うのであった。



 ゼラの初興行は翌々日だった。

 瞬く間に試合は決した。

 いとも容易く、相手を舞台から吹き飛ばし、相手の稲光る雷刃も弾き飛ばしいなし、涼しい表情のまま舞台を降りて行った。人々は沈黙の後の喝采を彼女に与えた。

 やはり、圧倒的だ。

 マリナリは頷いた。

 自分の目に狂いは無かった。

 隣で、エイチゴが目を丸く茫然と立ち尽くしていた。


「素晴らしい。まさに法術師の中の横綱とも呼ぶべきだ」

「いやはや、想像以上…とかしか申せませぬ…」

「おはんは、奴を買っていただろう?だからおいにゼラを紹介した」


 ゼラが足をこちらに向けて来て、


「まあ、こんなもんだろ」


 と事も無げに言った。


「ゼラさん!まさに鬼神の如し!私にはそう見えましたよ!」


 エイチゴの褒めっぷりに、ニヤリとして、


「鬼神とは照れるな。おらは恥ずかしがり屋だもんでね」


 こうして、連日ゼラは興行試合を行うのだった。時には法術師でもない普通の人間が、喧嘩自慢の腕を見せつけようとして、あろうことか法術を使われもせず、徒手空拳でねじ伏せられたりもした。

 

 手に入れた賞金をゼラは、街に繰り出す訳でもなく、放蕩をするでもなく、自身が寝床に使っている寺の住職に預けているという。

 マリナリには信じられぬところだった。彼自身が放蕩を尽くしていたのである。政府の役人の多くが、懐を蓄えつつ散財もする。マリナリも例外では無かった。

 役人としての給与と、興行での利益、まさに我が世の春であった。


(時代の勝者の特権じゃ!)


 マリナリは今一度、挑んでみようと決意した。

 彼が、王都アカドへ向かったのは、ゼラが来て1月近く経った頃である。

 サーマはマリナリの訪問に驚いた風であったが、快く迎えてくれた。さすがに先般の不躾は水に流してくれたようである。

 と思ったが、どこか他人行儀だった。


「政府の官憲ともあろう者が、わたしなどに何の御用で?」


 しかし、眼前に向かい合い座るサーマはやはり清廉な美しさを湛えていて、マリナリは見惚れてしまう。

 さらにいえば、マリナリが知る中で、1番の才媛であり、女に生まれてさえいなければ、彼以上の出世頭に成り兼ねず、女に生まれてくれたからこそ、マリナリは敵視せずに済んでいるのである。


「襲撃を受けたと聞いた。元気そうで良かった」

「やっと体調も落ち着いてきたど」


 サーマは微笑んだ。


「マリナリ、おはんも忙しかろうに」

「ああ」


 マリナリは頷いた。


「2年以上振りかのう」

「今はアカドを離れて赴任したと聞いたが」

「おはんも、相変わらず姫様の覚えめでたいそうじゃの」


 しばし、地元が同じでかつ同年代の2人は語り合った。

 マリナリが居住まいを正した時、サーマもそれに応じるように姿勢をピンと張った。


「話がある。おはん、ゼラという娘とは友人だったはずじゃ」

「…ゼ、ゼラ!?」


 身を乗り出し、目をまん丸くして、驚きを示すサーマに、マリナリは予想以上の好反応だと思い続けた。


「今、縁あってゼラとは仕事仲間じゃ。おはんも、暇があれば会いに来るとよか」


 サーマの表情がぱあっと明るくなって、すぐに神妙なものに変わるという変化が起きた。マリナリからしては首を傾げる事だった。


「会いに行きたかとは、やまやまじゃが、わたしは1度襲われた身、もし、相手が再び襲撃を企てておるとしたら、今会いに行けば、ゼラをも巻き込む事になる。…もちろんおはんも…」


 スカートをきゅっと掴み、俯くサーマ。

 しかし、マリナリにある全能感は、それを笑い飛ばした。今や、彼は飛ぶ鳥を落とす勢いで新時代の勝ち組を体現しているのである。それなりに苦労や我慢はあるが、乗り越えられぬものは無い。

 政府の人間を襲撃する賊の存在は知っていたが、だから何だと言うのだ?こちらには大きな戦力がある。

 マリナリは、ある意味で、ゼラを信頼しきっていたといえる。


「構うものか、逃げ回ってばかりおっては駄目じゃ。ゼラだっておる!むしろ、奴らを一網打尽にすっど!」

「いつまでも閉じこもってばかりじゃ、気が晴れん!」


 サーマは考え込んでいたが、マリナリの言葉の後に口を開いた。


「おはん、魔動か法術はどの程度使える?」

「…使えるはずがなかど……」


 顔をしかめて応えるマリナリであった。


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