興行
ゼラは街道をぶらぶらと当てもなく歩いていた。パナから逃げ切った後、西に向かいつつあった。
アカドから西へ行った事がないので、丁度良い機会だ。
少しワクワクもしながら、ゼラは行き交う人々を尻目に進む。
宿の立ち並ぶ一角に達した辺りだった。興行が来ているらしく、人々もごった返し、出店も多くあった。
特産の土産屋や、茶屋、遊芸人のたむろする酒場、そして宿屋も人で溢れている。
ゼラは人の波をかき分けて、人々の流れが境内を中心にある事に気付いた。
(なにか、面白い見世物でもあっとるんか)
と興味本位で覗くと、五色の幕に囲まれた舞台が組まれていて、前には莚が敷かれてあり人々で埋め尽くされている。
舞台に2人の男が、両側より上がると、人々の熱狂は凄まじく、怒号か奇声か分からぬ叫びが、ゼラすら圧させた。
次の瞬間、ゼラは思わず息を飲んだ。
2人の男より、流れ出でる法力…。それはまさに法力だったのである。
法術師!
しかも、舞台の上で相対し、衆目の中戦いを繰り広げているのである。
決着は、片方の男が舞台より放り出される形で幕を下ろした。無論直接触れる事なく、勝者は敗者を叩き潰したのであった。
人々は勝者に向かって小銭やら札などを投げつけつつ、敗者を口汚く罵った。
「損させやがって!」
ようは賭けも行われていたのである。
「おや、ゼラさんではないですか!」
はて?聞き覚えのあるような無いような声がした方に向き直ると、そこにいたのはエイチゴであった。行商人として1度会った中で、彼の誘いを断ったゼラであった。
「凄いでしょう」
「ああ、大した盛り上がりじゃねえか」
エイチゴはにこにこしながら頷いた。
「ゼラさんも協力して頂けるなら、分け前弾みますよ」
「考えておく」
ゼラは踵を返してそのまま行こうとしたところ――。
ふと、群集の隅に信じられぬのを見た。
目を細めたゼラは、エイチゴに振り返った。
「ああ」
エイチゴは笑った。
「権力に御すがりするのは、商売人の得意なところでして」
ゼラの目に映ったのは、1人の年若い政府の役人だった。
「あんな若造に擦り寄るんか」
辛辣なゼラの言葉にエイチゴはまた笑った。油断のない目で商人は舞台の方に目を向ける。
「名目上は、村祭りの大道芸、という訳でして」
「法術が大道芸か」
「おお、これは失礼を」
エイチゴは頭を下げてきた。
「ですが、そうでもしなければ、こんな興行開けますまい。まあ、あとは寺院の境内で寺祭の一環としてなど…ですが」
「法術禁止令の時世なのに、都合の良いこったな」
「ゼラさんは、禁止令を守るべき、とお考えではありますまい」
「…まあな」
ゼラとエイチゴは2人して含み笑いを交わした。
その時であった。
「エイチゴ、何か?そん赤髪の娘は」
「これはアキ様」
エイチゴが恭しく頭を下げたその役人は、アキ・マリナリといった。ゼラやサーマと同い年であり、そしてサーマと共にカナリスに留学したカツマ出身の者である。
ゼラも一応頭を下げる。
「ゼラさん、この人はアキ様といって、政府で将来を嘱望される俊英ですよ」
「そうか」
ゼラは頷き、マリナリをじっと見た。
無論、ゼラもマリナリも互いを見覚えては無かったが、マリナリの方が噂に聞いていたのであった。
「おはん、ゼラとはもしや……!」
マリナリが指さして言うところであった。
「カナリスでは、サーマが世話になったと聞く」
マリナリは快活ではあったが、視線はじろじろとゼラを見回していた。
「…こっちはついぞ話も聞かなかったがな」
「サーマはそういう話はせんおなごじゃからな」
そう言う話とはどういう話なのか。ゼラは目を細めて、
「ま、慎み深い奴だからな」
と応えた。
頷くマリナリは、
「おはんもどうじゃ、おはんは優れた法術師と聞く。エイチゴのもとで思う存分法術を披露するとよか」
ゼラはニヤリとした。カラッとしたところのない、どこか冷笑的な笑みだった。
「法術を禁止する政府の人間が、法術の興行を行うか。危ない話は渡りたくないが」
「おはんこそ、法術封じは施したのか?政府の者として、見逃すわけにはいかん」
「見逃さないってんなら、こっちにも考えがある」
冷厳なにらみ合いが、数秒間生じたかと思うや、マリナリが思わず視線を逸らす形で終結した。
そのまま、冷たい沈黙が流れたまま終わると思われたが、
「ぬしが、今日みたいに後ろに控えてくれるってんなら、やってもいいぞ」
とゼラが不敵さと用心深さを滲ませた笑みを口元に浮かべ、マリナリの様子を伺うと、
「ああ、勿論だ」
と頷いたので、
「なら、よろしく頼む」
と了承するゼラと、横で喜びの表情を浮かべるエイチゴだった。
しかし、マリナリが2人のもとを去ると、互いに顔を見合わせた。
「ゼラさん、用心は必要ですよ」
「おらは、ぬしの事も信用していねえがな」