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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第3章 新時代黎明編
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興行

 ゼラは街道をぶらぶらと当てもなく歩いていた。パナから逃げ切った後、西に向かいつつあった。

 アカドから西へ行った事がないので、丁度良い機会だ。

 少しワクワクもしながら、ゼラは行き交う人々を尻目に進む。

 宿の立ち並ぶ一角に達した辺りだった。興行が来ているらしく、人々もごった返し、出店も多くあった。

 特産の土産屋や、茶屋、遊芸人のたむろする酒場、そして宿屋も人で溢れている。

 ゼラは人の波をかき分けて、人々の流れが境内を中心にある事に気付いた。


(なにか、面白い見世物でもあっとるんか)


 と興味本位で覗くと、五色の幕に囲まれた舞台が組まれていて、前には莚が敷かれてあり人々で埋め尽くされている。

 舞台に2人の男が、両側より上がると、人々の熱狂は凄まじく、怒号か奇声か分からぬ叫びが、ゼラすら圧させた。

 次の瞬間、ゼラは思わず息を飲んだ。

 2人の男より、流れ出でる法力…。それはまさに法力だったのである。

 法術師!

 しかも、舞台の上で相対し、衆目の中戦いを繰り広げているのである。

 決着は、片方の男が舞台より放り出される形で幕を下ろした。無論直接触れる事なく、勝者は敗者を叩き潰したのであった。

 人々は勝者に向かって小銭やら札などを投げつけつつ、敗者を口汚く罵った。


「損させやがって!」


 ようは賭けも行われていたのである。 


「おや、ゼラさんではないですか!」


 はて?聞き覚えのあるような無いような声がした方に向き直ると、そこにいたのはエイチゴであった。行商人として1度会った中で、彼の誘いを断ったゼラであった。


「凄いでしょう」

「ああ、大した盛り上がりじゃねえか」


 エイチゴはにこにこしながら頷いた。


「ゼラさんも協力して頂けるなら、分け前弾みますよ」

「考えておく」


 ゼラは踵を返してそのまま行こうとしたところ――。

 ふと、群集の隅に信じられぬのを見た。

 目を細めたゼラは、エイチゴに振り返った。


「ああ」


 エイチゴは笑った。


「権力に御すがりするのは、商売人の得意なところでして」


 ゼラの目に映ったのは、1人の年若い政府の役人だった。


「あんな若造に擦り寄るんか」


 辛辣なゼラの言葉にエイチゴはまた笑った。油断のない目で商人は舞台の方に目を向ける。


「名目上は、村祭りの大道芸、という訳でして」

「法術が大道芸か」

「おお、これは失礼を」


 エイチゴは頭を下げてきた。


「ですが、そうでもしなければ、こんな興行開けますまい。まあ、あとは寺院の境内で寺祭の一環としてなど…ですが」

「法術禁止令の時世なのに、都合の良いこったな」

「ゼラさんは、禁止令を守るべき、とお考えではありますまい」

「…まあな」


 ゼラとエイチゴは2人して含み笑いを交わした。

 その時であった。


「エイチゴ、何か?そん赤髪の娘は」

「これはアキ様」


 エイチゴが恭しく頭を下げたその役人は、アキ・マリナリといった。ゼラやサーマと同い年であり、そしてサーマと共にカナリスに留学したカツマ出身の者である。

 ゼラも一応頭を下げる。


「ゼラさん、この人はアキ様といって、政府で将来を嘱望される俊英ですよ」

「そうか」


 ゼラは頷き、マリナリをじっと見た。

 無論、ゼラもマリナリも互いを見覚えては無かったが、マリナリの方が噂に聞いていたのであった。


「おはん、ゼラとはもしや……!」


 マリナリが指さして言うところであった。


「カナリスでは、サーマが世話になったと聞く」


 マリナリは快活ではあったが、視線はじろじろとゼラを見回していた。


「…こっちはついぞ話も聞かなかったがな」

「サーマはそういう話はせんおなごじゃからな」


 そう言う話とはどういう話なのか。ゼラは目を細めて、


「ま、慎み深い奴だからな」


 と応えた。

 頷くマリナリは、


「おはんもどうじゃ、おはんは優れた法術師と聞く。エイチゴのもとで思う存分法術を披露するとよか」


 ゼラはニヤリとした。カラッとしたところのない、どこか冷笑的な笑みだった。


「法術を禁止する政府の人間が、法術の興行を行うか。危ない話は渡りたくないが」

「おはんこそ、法術封じは施したのか?政府の者として、見逃すわけにはいかん」

「見逃さないってんなら、こっちにも考えがある」

 

 冷厳なにらみ合いが、数秒間生じたかと思うや、マリナリが思わず視線を逸らす形で終結した。

 そのまま、冷たい沈黙が流れたまま終わると思われたが、


「ぬしが、今日みたいに後ろに控えてくれるってんなら、やってもいいぞ」


 とゼラが不敵さと用心深さを滲ませた笑みを口元に浮かべ、マリナリの様子を伺うと、


「ああ、勿論だ」


 と頷いたので、


「なら、よろしく頼む」


 と了承するゼラと、横で喜びの表情を浮かべるエイチゴだった。

 しかし、マリナリが2人のもとを去ると、互いに顔を見合わせた。


「ゼラさん、用心は必要ですよ」

「おらは、ぬしの事も信用していねえがな」


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