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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第3章 新時代黎明編
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休養

 サーマは運び込まれると、その家の家政婦バレラが用意した布団に寝かされた。

 1時間後には医者もやってきて、


「骨も折れておりませんし、血も吐かないところを見ると、命に係わるものではないでしょう」

「そうですか」


 バレラの口調は淡々としていた。こんな時でさえ、サーマを見る目は温かみが無かった。


「ただ、大きな痣が出来ており、大事をとってしばらく休養されるがよろしかろう」


 医者が示したサーマの腹には黒々と痣があった。

 サーマは意識を失い、高熱を出して呻いている。

 水で冷やした布を額に被せ、傍らには桶を置き、バレラはじっとしていた。

 


 いつの間にか、寝ていたようだ。サーマはうっすら目を開ける。視界はあまりにぼんやりしていて不思議だった。傍らにバレラがいるのに気づく。

声をかけようとしたが声が出ない。その代わり、腹部に激痛を覚え思わず呻く。


「……サーマさん」


 バレラの声が聞こえる。でも何と言っているか上手く聞き取れない。そう言えば身体がとても寒い。……寒い。喉が渇いた…。

 しばし、意識があるのか無いのか、おかしな感覚は続いた。何度か眠ってしまった気がする。外も暗くなったり明るくなったり、なんだか変だ。

 いつのまにか、天井を見ていた。木目を追いかけている内に、ようやく自分に何が起きたのか思い出された。


(しかし、記憶がはっきりせん…)


 馬車に揺られていたのはうっすら覚えている。

 バレラが覗き込んできている。


「……っ」


 少し身体を動かそうとしただけで、腹部に痛みが走った。


「大人しうしていてください」


 とバレラ。

 その時、はっとしたサーマは思わず、


「…どれ程、寝ておりましたか?」


 と訊いていた。


「3日程……」

「そうですか……」


 それにしても、あの少女は何者なのだろうか。誰かの命を受けて襲撃を試みたのだろうか?

 サーマはここ最近、政府の役人が何者かに襲われ負傷する事件が相次いでいるのを聞かされていた。

 5日前もある役人が、腕を折られている。


(い、いや、さらに3日経ったから……)


 縛り上げられ、「賊徒誅罰」との札を横に呻いているのを発見されたのである。

 あの少女と関係があるのだろうか。

 全く無関係かもしれないが、今のところ何も分からない。

 分かるのは、法術をああいう手段に用いる危険人物が、王都に潜伏しているという事だけだ。

 そして……。


(ゼラと因縁がある様子じゃった……。ゼラは…心配に及ばんろうが…)


 サーマは赤髪の友人の顔を思い浮かべた。2年会っていない。恐らく少女のあどけなさも少し薄らぎつつあるかもしれないが、あの不敵で大胆な人となりは変わっていないだろう。


(きっと…ゼラにしてやられたのだろう)


 サーマは思わずクスクス笑った。しかし、笑った瞬間に腹部に痛みが走り後悔する。

 あの少女は、またいずれ目の前に現れるだろう。

 その時は、どう対処するべきか。

 次は仲間を引き連れてくるかもしれない。そうなれば対応は非常に難しい。まともに遣り合って無事に済む相手ではない。だからあのような搦手を用いたのだ。

 感覚的に扱える法術と違って、指向性のある魔動は、手動での扱いは難しい。だからこそ、ヨウロ諸国では魔動機なるものを作って、半自動的に活用する術を編み出したのだ。結果、ヨウロ諸国は世界に先んじる国力を有するに至った。

 我がサパン国もそれに習わなければならない。

 だが、結果としてそれは法術と法術師を追いやる事になるのだ。


(どうにかならないものか……)


 サーマは床の中で大きく溜息をついた。




 …寂びれた地区であった。新時代から取り残され、粗末な萱葺きや剥げた土壁、殊に夜になれば、野犬の遠吠えがする以外は、何の気配も見いだせない。家々からは明かりも無く、往来には何らの影すらない。

 いや、あった。1つだけあるのだ。明かりが灯され、人の出入りする家屋が。

 パナは戸口の前に立ち、口元に指を当てた。

 彼ら御庭番の間にのみ使われる特別な指笛を鳴らす。並の人間には羽音程にも聞こえぬ。

 すると、家屋の中から同じく指笛での返事があった。

 パナは戸を開け、足を踏み入れる。

 中には2人の仲間がいた。


「どうした?」


 ゴウキが杯を傾けながら言った。

 彼は非常に大きな体躯の持ち主で、顔つきもごつごつとしているギラついた目をパナに向ける。


「してやられたな」


 もう1人、褥に横になっている男はゾルトといった。ゴウキと違いパナはどうもこの男とは親しくなれない。

 長い髪を床に垂らしているのがまた鬱陶しい。

 パナは2人を避けて、奥の開いている場所に腰を下ろした。


「エルトン・サーマとかいう小娘、侮れん」


 とだけ応えた。


「そいつは法術師か」とゴウキ。

「いや、法術の力を自ら封じ、魔動の力などに被れた国賊だ」

「…つまり、その小娘にお前も封じられたという訳か」


 ゾルトはくつくつと笑っている。こういうところが気に食わぬ。法力の流れを感じ取れるからといって、こうして人の恥を抉るような真似を。


「お主が手こずるという事はなかなかの手練れだ。我らに相談も無く、そんな相手と遣り合う事もあるまい」

「すまないゴウキ。だが、虚仮にされて黙ってはおれなんだ」


 パナは主君カルプからゼラと同行の命を受けた事、そのゼラから逃げられた事、そしてゼラの友人がサーマであった事を包み隠さず伝えた。


「要は、ゼラへの意趣返しで御友人を狙ったと」


 ゾルトはどこまでも嘲笑った口調だった。


「いずれ、その娘2人には天誅を下す。とりあえず今は休養せよ。官憲の手もそろそろここに延びてくるやもしれん。来るべき戦いに備え力を温存すべきだ」

「…封じの術は2,3日の内に解けるだろう。どうやら不完全な代物のようだ」


 ゾルトは最後までパナを見もせずに背中を向け続けていた。


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