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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第3章 新時代黎明編
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カツマの少女と元御庭番の少女

 太陽はほとんど傾き、周囲の路地は静かだった。


「天誅?何ばいいよる!?」


 サーマが自分に刃を向けてきた少女から目を離さずにいる。


「天誅は天誅以外何がある!」


 パナは法力の渦を纏った刃を振り下ろす。するとまるで蛇が獲物を襲うかの如く波打ってサーマに渦が伸びた。

 サーマの前方でそれは弾かれ、空気をきいいんと鳴らした。


「何ぃ!?」


 パナは舌打ちした。

 まさか、防がれるとは思っていなかったからである。自分は御庭番として優れた法術の業を身に着けている。方や相手はカツマ出身なだけで勝者となった小娘に過ぎない。ちょっと法術が使えるからといって、修練を重ねたパナの敵ではないはずだ。

 パナは改めて目の前の相手を見る。年はパナと同じくらいで、髪はゼラの赤と違って金に近い髪色の少女だ。


「納得がいかん。天誅とは何の天誅じゃ。ゼラの代わりと言ったが、どういう意味か。わたしには話を聞く権利がある」


 サーマの口調は問い質すといった風で、パナを少々苛立たせた。


「ゼラの代わりにお前が誅されるのだ」

「さっきも聞いた」


 サーマが首を振った。


「ゼラは逆賊だ」

「ないが逆賊か。ゼラが何をした?」

「っ…我らが主の命に背いた!」


 あまりに苛立ったので、主君の名であるカルプのカまで出かかったが、かろうじて抑えた。


「主とは誰じゃ」


 間髪入れず当然のように訊いてくるのでパナは歯軋りした。

 なんなのだこいつは。


(いや、待て) 


 パナは平静を取り戻すのを心掛けた。この娘はこちらをかき乱すつもりなのだ。動揺を誘っているのだ。そうはいくものか。


「お前に応える義務はない。何も知らずに死んでいけ」


 パナは改めて剣を振りかぶった。


「訊くが、おはんは命を受けてわたしを狙っているのか?」


 サーマはじっとパナを睨み付けるような視線をぶつけてきた。


「言わぬ」


 パナは自身の思わぬ動揺に戸惑いながら、それを必死で隠した。


「ゼラを殺せと、おはんの主君が命じたのか?」

「言わぬ!」

「もしや、ゼラを殺すという命すら受けておらんのか」

「黙れ!」


 パナの刃が唸りを上げ、地面をえぐる。すると地面から土柱が飛び出し、サーマの身体が吹っ飛んだ。


(良し!)


 サーマは思い切り地面に叩きつけられた。


「がっ……」


 サーマは地面に横たわり、苦悶の表情を浮かべながら呻いた。


「ごほっ…げほっ…」

「はは」


 パナは思わず笑みが零れた。地面を柱として腹に直撃されれば臓腑は徒では済まない。今に血を吐き出すだろう。

 しかし。サーマは腹を抑えながらも起き上がり、尚も苦痛を顔に浮かべながら、


「おはんは天誅などど言って、その実自分自身のうっ憤を晴らしているだけだ。主君からの命でもなく、勝手に行動を起こしているだけ。そんなもの天の誅罰であるはずがなか」


 サーマの表情には怒りさえ滲んでいた。


「そんな者に殺されてたまるか」


 馬鹿な。何故口を利ける。それに、どうしてここまで強気を貫けるのか。

 臓腑をやられたはずではなかったか。

 パナは歯軋りした。


「黙れ、お前は賊だ。カツマの賊だ。誅罰するに充分足りる!」


 パナの刃が再び振り被られ、サーマに振り下ろされようとしたその刹那、パナは不思議な感覚を覚えた。

 ふっと力が抜けるような、奇妙な感覚だった。風が吹き去るように刃から法力の渦が消え去っていく…。

 パナは口をあんぐりした。


「……っ!」


 改めてもう1度、法力を込める。しかし、あの沸き上がる法力の沸騰を覚えない。法術師ならば誰もが陶酔するであろう、内なる法力の解放が、あの感覚が、どこかへ消え失せてしまったかのようなのだ。


「ば、か、な」


 パナは再度試みたが、無意味だった。


「効いたか」


 サーマの声が冷淡に響いた。


「すまん事をした。なに、一時の事だ。何時間か何日か、そいは分からんが」

「何を言っている…!?何をした!?」


 焦慮を隠せないパナの罵声に、サーマは腹を抑え苦痛に歪んだ表情で、


「さっき食らった時に、発動させた。あれは官製で比べるべくもないが、法術封じの魔動機と仕組みというのが、身体に魔動紋様を打ち込んで、その魔動力によって体内の法力の流れを操り、結果封じようというものなのだが、それをちょっと手動でさせてもらった」


 そう言って、自嘲的な笑みを浮かべると、手元を開いて紙を見せ、


「ここにある魔動陣を相手に合わせた一定の方向性で発動させる。何より向きと機が大事で、さっき法術を食らうついでに、発動した。おはんから放出した法力の流れに乗って、おはんの身体の内で作用したとじゃ」


 パナは驚愕と怒りにわなわなと震え、もはやサーマを睨み付ける事しか出来ない。


「お前はあたしに法術封じをしたというのか…!!」

「最近、政府の人間への襲撃事件が相次いでいるので用心しとった。おはんじゃなかかもしれんが。以前法術封じを施した身として、少し勉強した。あれは元々異端の人々相手に開発されたものだったそうだが…」


 サーマは息をついた。


「それを今更、法術師に用いようとは。しかも専用の魔動機まで作って」


 パナはサーマの言葉に一瞬耳を疑った。


「法術封じをお前もやったのか…!?」


 何故、カツマの人間が?あれは反政府だった法術師を狙い撃ちする為のもののはず。政府の横暴を示す証左ではなかったか。


「そうじゃ。法治主義を率先して示すつもりじゃった。じゃっどん、ほんの数人は追従してくれたが、やはり法術師としての誇りもある、政府側の法術師としての特権も失いたくない。なら法力を奪われた法術師の気持ちも分かろうというものだが…。『法術禁止令』が聞いて呆れる」


 パナは理解し難かった。何故自分から法術師であるのを辞めるのか。全く理解の外だった。目の前の少女は自分とは全然価値観の違う相手だと実感した。


「お前は、サパン国の法術師であるという誇りは無いのか……!?」

「こっちだ!!」

「急げ!」 

 すると、角を曲がった先から幾人もの声がした。足音からして走っているのが分かる。普段のパナなら、だいぶ前から気づいていても良かった。だが、本調子ではなかったのだろうか。政府の巡回兵が目の前に現れた時、パナは茫然としたのだ。


「何をしておる!」

「大人しくせんか!」


 兵士達は抜刀し、夜闇に月光に照らされ、幾本もの煌めきが2人に向けられた。


(……ここまでか)


 パナは剣を修めた。冷静さを欠いたとはいえ、彼女は厳しい修練を積んだ特別な人間なのである。トトワ王家を守った御庭番なのである。潮時は心得なければ、と自身に言い聞かせた。


「…エルトン・サーマ、いずれ相まみえようぞ。その時は必ずや報いを受けさせる。サパンの誇りを蔑ろにする罪、免れがたし!」


 パナは踵を返した。

 背後から、騒ぐ声がし、追いかけてくるのが分かる。だが、パナに追いつける者は滅多にいない。ぐんぐんと引き離され、幾度も角を曲がり、方向転換を繰り返し、ついにはまく事に成功した。




 サーマの元には1人兵士が残された。


「大丈夫ですか?」


 兵士が、腹部を押さえながら喘ぐサーマを伺った。


「心配はいりません…。寸前で防いで何とか……」


 しゃべると激痛が走り、ついに耐えかねて蹲ってしまった。食らう寸前に法術封じと同時に魔動による防壁を張ったのだが、それでも土柱が直撃してしまった。


「お送り致します。エルトン殿」


 兵士はパナの言葉でこの少女がエルトン・サーマであると知ったのである。ミラナ王女とつながりがある、言ってしまえば政府の有力者だ。


「……馬車を呼んで下さい」


 息も絶え絶えでサーマは言った。




「おのれおのれおのれ!!」


 パナは夜闇を駆けていく。

 こうなれば一旦、王都に潜む仲間に合流せざるを得まい。その上でゼラとサーマ、あの2人への対策を練ればいいのだ。


「見ていろ、見ていろ!ははは!その身で贖ってもらうぞ!」


 もはや呪詛にも似た言葉を吐きながら、パナは駆けて行った。


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