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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第3章 新時代黎明編
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向けられる刃

 新サパン暦4年6月10日、サーマはミラナ王女に翻訳した本を届けに王女の屋敷へ向かった。王女の屋敷はトトワ王朝の重鎮の者の住まいだったが、王朝の崩壊と共に接収されたものを王女が使い始めたのであった。

 見事な庭園を望む部屋から、サーマは景色を眺めるのが好きだった。以前サーマ自身が王女の世話役としてここにいたのである。


「おお、サーマ」


 王女はにこやかに出迎えた。


「ご機嫌麗しう」


 サーマは恭しく礼をし、懐から本を取り出した。

 王女はそれを受け取ると、ぱらぱらと捲ってから、卓の上に置いた。


「いつもすまんの」

「いえ、おかげで有意義な日々を過ごせております」


 サーマは微笑んだ。


「ところで、聞いたか?」


 王女は身を乗り出して、途端に深刻そうな表情を浮かべた。


「わらわがヨウロを来訪せねばならんらしい」

「それは、おめでとう存じます」


 サーマは頭を下げた。


「何がめでたい!?」


 王女は吐き捨てた。


「蛮人の国になど行きとうない」

「ですが、姫様、ヨウロの書物を読めばどれ程向こうが力を持っているか分かるものと。そしてこちらがどれ程遅れているか……。むしろヨウロの者共が我らサパンを蛮人と呼んでいるのです」


 王女は鼻を鳴らした。


「それは分かっておる」


 手をひらひらさせて、鬱陶しそうにする。


「何をもって、進んでいる遅れている、というのじゃ?」


 サーマは苦笑した。


「確かに、姫様の仰りようも尤もと存じます。ですが、ここはヨウロ諸国にサパン王家の存在を知らしめる機会なのです。正念場でございます。姫様は外交のうちでも非常に重要なお役目を与えられたのでございます」

「サーマ、そちは感情が高ぶるとカツマ訛りを見せるが、今見せていないところをみると……」


 王女は眼光鋭く光らせてサーマを睨みつけた。


「高ぶるようなものでもありませぬし」


 サーマは目線を逸らしながら応えた。

 王女が紅茶を啜って、溜息をつく。


「この飲み物も、ほんの数年前までは知りもしなかった。このカップも」


 王女の恰好はヨウロ風であり、サーマもそうであった。卓も椅子が備え付けられ、部屋にある調度品はヨウロのものばかりだ。


「好みに関わらず、ヨウロのものに囲まれた暮らしじゃ」


 サーマは笑った。


「何がおかしい」

「いえ、世の中にはヨウロのものをひたすら有難がる者も多うございます。もしくはその逆で一切受け付けぬという者も…。姫様は心はサパン人のまま、これこそ望ましい御姿と見受けまする」

「どういう意味じゃ」

「サパンの魂を持ちつつ、ヨウロの学問技術等を受け入れる、という事でございます」


 王女は卓の上を見た。サーマが持ってきた本が積んである。


「ところで、これらの本じゃが、世に出してみる気はないか?」

「は」


 サーマは一瞬王女の言葉の意味が分からなかった。それ程に晴天の霹靂だったのである。

 これらは、今まで王女の為だけに訳してきたのである。それを人々の目に晒すなど及びもつかなかった。


「し、しかし……。わたくしの稚拙な訳などを衆目に晒すのは…」

「王女には晒したのにか?」


 王女がニヤリとした。こうした時、高貴な血を持つものの有無を言わせぬ威風が見え隠れするのであった。


「稚拙な訳を王女に見せた、というのか?」

「い、いえ…」

「なら、わらわが取り計らおう。物語だけでなく、学問書もある。これは世に役に立つ」


 …これは弱った。事に学問書に至っては、浅学な自分が訳したものを人々に知らしめて良いものか。それに、自分がせずとも、どうせ別の誰かがやる仕事なのだ。


「前からずっと思っておったのじゃ。これはわらわが独占するものではない。王女が自身の蔵書を人々に開放するのだ。ただそれだけの話ではないか。学校、なるものも作られるらしいしの?」


 政府が学制なるものの制定の準備を始めた、と聞いている。身分問わず誰もが学べる場所が提供されるというのは、サーマとしても大賛成だ。確かに王女の言う事も一理あって、サーマとしては反対する理由が自身の恥を晒されるような気がする、というだけなのは論理として非常に弱いものがあると自覚するしかない。



 サーマが帰路についたのは夕方の時分で、日も傾き始めた頃合いだった。この季節になると日も長く、夕方でもジリジリと暑い。

 王女から各地の特産物をお土産として賜って、屋敷近くまで馬車で送ってもらった。


「ここでいいです。ありがとうございました」


 馬車が去って、サーマが歩を進めて小路に差し掛かった時であった。


「エルトン・サーマとお見受けする」


 囁くような声が影からした。

 サーマはびっくりして、思わず肩を竦めたが、土産の品をゆっくりと地面に置いて、周囲をちらちらした。

 その数秒後であった。

 サーマのいた空間に刃が振り下ろされたのは。

 寸前のところでかわし、地面にもんどりうったサーマは呻きながら襲撃者を見た。

 きらりと白く輝く刃を構えながら、サーマをじっと見つめる少女を。

 その目は冷たく、そして憤怒の輝きを放っていた。


「よくぞかわした」

「おはんは何者じゃ!?」


 サーマは叫んだ。


「ないごて、こげん事をすっとか!?」


 サーマの問いかけに襲撃者は不快そうに顔を歪めた。


「そのカツマ訛りが苛立たしい」


 剣を振りかぶって、その刃に法力の渦を纏って、少女は応えた。


「ゼラという娘を知っているだろう」

「!?ゼラが!?」


 サーマの声は思わず裏返った。


「おはん、ゼラの何を知っとる?」


 少女の顔は、嗜虐の喜びに歪められた。


「お前に代わりに罰を受けて貰う。天誅だ」


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