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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第3章 新時代黎明編
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御庭番の少女

 ゼラが屋敷を出、カルプからの直々の見送りを受けると、彼の隣に1人の少女がいた。


「名をパナという。2年前は御庭番法術師をしておった。この者と共に行け」


 ゼラと同年代ほどの少女で、黒髪の美少女であったが、信念と怒りを湛えた表情は、険しさを顔の全面に押し出していた。

 明らかにゼラに対し敵意を剥き出しにし、頭を下げてくるパナにゼラは、息をついた。

 分かっていて供にせよ、というのか。体のいい監視であろうか。

 御庭番といえば、アカドの城にて王の為に働く特別な修練を積んだ兵達である。さすがにゼラも知っている。だが、アカドの都は戦にならなかったはずだ。

 荒野に歩みを進めると、パナが口を開いた。


「カルプ様はお優しいから何も咎められなかったが、あたしは違う。お前が少しでも変な行動を取れば、それなりの事はする」


 刺々しく圧のある言葉だった。

 ゼラは笑って、


「頼りになるな」


 と言った。

 パナは顔をしかめ、背けて、ゼラと並んで歩き出した。

 荒野を抜け、獣道をひたすら進み、街道に出た頃には日が暮れ始めていた。


「この辺り旅籠あったか?」

「ある。そこでいいか?」

「任せるよ」


 宿場町に着き、旅籠に入る。まだこの辺りは新時代の雰囲気はまるで無いな、と思っていると、灯がランプだった。

 酒が出た。

 ゼラが猪口を差し向けると、パナは首を横に振った。


「そうか」


 出てきた料理は魚料理だった。ほぐれた身に塩味が利いて旨い。

 出てきたものはまだサパン流だった。

 まだ、食生活はそう簡単に変わらないのだ。


 外はもうすっかり闇に覆われて、部屋にはランプの灯が煌々としている。


「明る過ぎる。情緒に欠ける」


 パナはランプを見て口を尖らせた。


「おらは、カナリスでだいぶ慣れたがな」

「アカドの都も変わってしまった。我々御庭番が守ろうとした、あの都はもうない…」

「そんなに変わったか」

「偽王が君臨し、政府と名乗る逆賊が我が物顔だ」


 パナの目には爛々と黒い炎が燃えていた。


「でも、ネルア王はサルプ様から禅譲されたと訊いたが?」


 ゼラは魚の身を口に運んで、舌鼓を打った。

 パナの顔色は一変した。紅潮し、煮えたぎる。眼光はゼラではなく遠くの何かを見つめていた。


「禅譲されたのなら、ちゃんと王様だろ」


 パナはくっと唸って、拳を握りしめた。  

 ゼラの言葉があまりに正論だったのだ。


「し、しかし」


 身を乗り出すパナ。


「サルプ様は、事を起こそうとしているのか?他のトトワ家は?カルプ様の独りよがりじゃねえのか?」


 対して、ゼラは淡々としていた。


「そんなはずはない!我々はこうして、カルプ様に付き従っている!」

「付き従って、どうするんだ?」

「あるべき姿に戻す」

「それは、どんなだ?」

「かつての政だ」

「かつての政が、上手くいかなかったから、終わったんじゃねえか?」


 ゼラは汁を啜りながら言った。

 そんな姿もパナの神経を逆撫でするに充分だった。

 こちらは真面目に居住まいを正し、重要な議論をしているつもりなのに。こうして食事のついでに語っていい話題ではないはずだ。我らの行動原理と存在価値そのものなのだ。


「お前は何故分からない!?」


 パナは心の底からその言葉が出た。

 理屈では分かっていても、否定したいのだ。そして、理屈そのもので否定してしまうと、そもそもが禅譲したサルプ前王の否定となってしまう。


「4藩連合が憎くはないのか!?」

「憎いぞ」

「なら!」


 それから、しばし沈黙が訪れた。

 互いに視線を交わした。パナの訴える眼差しは、ゼラの実のところ本心をなかなか読ませぬ瞳に吸い込まれていった。


「あたしは、カルプ様に従う。ネルアと4藩連合には従えない」


 沈黙を破ったパナが重々しく言うのに、

「4藩連合が気に食わない、というのには同感だ」


 ゼラは杯を口に運んだ。


 

 夜半、ゼラとパナは床について寝息を立てていた。

 すると、音もなく床から滑り出る影があった。

 影は、音もなく襖を開け、身を翻して廊下に出、風の様に走り去った。

 往来に出たゼラは、ふうと息をつき、揚々と歩き出した。

 しかし、角に差し掛かった時、ゼラの足は止められた。

 パナが殺気を放ちながら、行く手を塞いでいた。


「どこへ行く?」

「何でもねえよ。ちょっと夜風に当たりたくてな」


 ゼラは笑った。

 パナの腕に夜の闇より暗い渦が纏わりついたかと思うと、ゼラの髪が赤々しく輝き、その目は青く爛々とした。


「やはり、信用ならぬな。カルプ様に仇なす者は許せん」


 パナの声は地を這うようであった。


「おらはただ、こんな事関わりたくねえだけだ」

「知ってしまった以上、死を以て贖え」


 次の刹那、2人の間の闇に閃光と風塵が炸裂した。

 しかし、ゼラもパナも微動だにしていない。

 パナの表情が険しいものであった一方、ゼラは穏やかそのものだった。

 自ずと、立ち姿にも表れている。パナは身体が強張るのを自覚した。ゼラの方は自然体に思える。

 幾ばくかの時が過ぎた。互いにぴくりとも動かず、無言無動の戦いを繰り広げていた。

 殺気をぶつけてもいなされ、法術をぶつけようとしても弾かれ流される。

 パナは御庭番時代に会得した秘術がある。それは暗殺術の一種、つまり身体を動かさずに放つ法術である。それを同じ土俵でやられ、下手をすると向こうが上回っている。

 背中を汗が伝った。

 そんなはずはない。


(やむを得ない。御庭番の別の秘術を実行するしかないのか……)


 パナは、隙を見せてしまったのであろうか。焦りが本人にも気づかぬうちに致命的な油断となってしまった。あっと思った時には遅かった。

 どおん、という音と共に土煙が突然舞った。それが収まるのを待つまでもなく、相手が消え失せたのに気付いた。

 あろうことか、御庭番お得意の脱出術もどきによって、取り逃がしてしまったのである。


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