襲撃者
ゼラはふと目を覚まし、起き上がる。まだ外は暗い。
しばらくの間、窓の外を眺め続けていた。
ベッドから降り、部屋を出る。
路地に出て、大きくあくびをする。
そしてぶらぶらと歩き出した。
奥まったところに来た瞬間、黒い人影がいっせいに躍り出、彼女を取り囲んでしまった。
「ぬしら、何者だ」
人影は答えない。仮面のようなものを被って、正体が分からない。
人影が何か唱えた。
疾風が突然舞い、ゼラは高く飛び上がってかわす。
人影達は驚いている様子だ。
何か言っているが、無論言葉が分からない。
そこに、再び人影達が風の刃を浴びせる。
(なるほど、空気を操るか)
前、魔動機関車で見た。そいつらと同一人物だろうか。
ゼラは風の刃ひらりとかわし、自身で風を発生させぶつけ、さらに飛び上がった。
壁に着地し、法力で吸着させる。
下を伺うと、即座に飛び降り、風の刃を身体の回転を利用して避け、人影の1人の頭に手を置き、両足を広げて蹴りを別の2人に浴びせる。そのうえ、置いた手を離し代わりに両足で踏みつけてやる。
(3人、後2人か)
「何者だと訊いとる」
ゼラは地面に着地を終え、ドスの利いた声で言った。
人影達はさらに増えつつあるようで、ゼラは建物の上や下や間に影が集まってくるのを見た。
ゼラの目が赤みがかった茶から、透き通った空色に変貌を遂げようとしている。
ゼラを相手にしていた黒い影達は、じりじりと後退していた。
「何が目的だ。ぬしら、魔動の遣い手か。誰の差し金だ」
黒い人影が紙切れをかざす。
途端に、ゼラの青い目がギラっと光った。
人影は明らかに動揺していた。
「無駄だ」
ゼラが歩み寄っていく。
「その程度のもん、おらには利かねえ」
次に数人で紙切れを示してきた。そして何かを唱えている。
ゼラが手をかざすと、突風が巻き起こり人影は吹き飛ばされる。立ち上がって尚も続けようとする人影に走り寄り蹴り飛ばした。紙切れが地面に転がる。その勢いのまま、呻いてそれを拾おうとした人影に足をかけ、隣の人影に膝蹴りをかます。
さらに、たまらず殴りかかってきた別の人影に対応した。拳をかわし、後退する。さらに数発のパンチをかわしつつ、突風で吹き飛ばした。
次の瞬間、ゼラは空中高く飛び上がっていた。一瞬前に彼女がいた地面は爆発にさらされ、轟音とともに衝撃波を発していた。
(味方がおるのに)
ゼラは壁に着地し、駆け上がって屋上へ降りた。
下ではうめき声が聞こえている。
数人の人影が負傷したようだ。
ゼラは周囲を見回した。
どんどん気配が増えていく。
数十はいるようだ。
「アキラメタマエ」
人影が屋上に現れた。
横に数人の人影を連れて。まるで護衛の様に。
顔はよく見えない。暗さだけでなく、どうも顔を何かで覆って隠しているらしい。
「何者だ。何でこんな事をする?」
「アナタヒトリ、キテクレサエスレバ、コトハアラダテナイ」
ゼラは首を傾げた。
「分からねえ、ぬしはカナリス人か?どうしておらに構う」
「オトナシクキナサイ。サモナクバ、オオサワギニナリマス。トトワノモノタチモ、ブジデハスマナイ」
ゼラは唸って、屋上に腰をどんと下ろした。あぐらをかき、腕を組む。
これ以上はトトワの陣営にも迷惑がかかろう。カナリス人が来たという事は、何かしら得体の知れない政治上の何かがあるのだ。直感的にそう思った。
しかも、周囲には数十もの気配。その全てが魔動の遣い手となれば……。
あぐら座りのまま、目の前の人影を睨み付ける。
「おはん、こんな夜中に」
アキ・マリナリがあくびをしながら言った。
サーマは廊下で彼とすれ違ったのだ。
同じカツマの人間で、彼も秀才として期待された若者だった。
カツマの留学生仲間の中で、サーマの知り合いは彼くらいのものだった。サーマと同い年である。
「少し、夜風に」
「そうか、物騒だから気をつけろ」
勉強の休憩がてら、ホテルの庭先で夜風に当たる。すると妙な集団を見た。
黒い人影を目撃したサーマが近づこうとすると、すっと隠れてしまったのだ。
嫌な予感がした。
こちらを見張っているのだ。
尚も歩み寄ると、ふいに強烈な眠気に襲われた。
疲れからか、と思ったが、膝が崩れ落ちるに至って、恐ろしい予感がした。
しかも、人影は何かこちらに示している。
それは紙切れのように見える。。
(……!もしや魔動?)
魔動術のひとつに、対象を眠らせる麻酔術式があるのは知っていた。
解除の手段としては、逆魔動をかけるのだ。
その術式の魔動陣を、真逆の手順から書くのである。または呪文を逆から唱えるのだ。相手はきっと魔動陣の書かれた紙をかざして発動させたのである。
記憶を手繰り寄せ、麻酔の陣を思い出しつつ、おぼつかぬ手で地面に慌てて書く。
眠気が急に晴れた。
「や、やった」
と思うと同時に、悪寒に襲われる。
(本当に魔動を仕掛けてきたのだ。相手は)
サーマは魔動の杖を懐から取り出し構える。
「く、来るなら、こんか!」
思わず声が震えてしまった。
その人影達は身を隠すのを止め、サーマの前に現れた。
サーマは息を飲む。
彼女は、魔動や法術を学びはしていたが、実戦は初めてだった。
息がし辛く、動悸が止まない。喉が異様に渇き、身体の震えを実感する。
むしろここで助けを呼ぶべきか、と思い至ったその瞬間、サーマの意識は暗い闇の底に沈んでしまった。
背後にも人影があった事にまで気を回す余裕が無かった……。