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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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さらばトネ村

 新サパン暦2年4月29日、ヤイヅ藩を含んだ一帯の鎮撫を確認したとして、新政府軍総司令官総大のシミツ・ネルア王はアカドへの帰途についた。サーマがそれを知ったのは5月に入ってからの事であり、まさに霹靂だった。

 サーマは兵士達と顔を突き合わせた。トネ村の古寺を宿としていた彼らは何も知らされていなかったのである。


「戦は終わった。しかしながら、我らが任を放棄する訳にはいきもはん」


 サーマはもとよりやる気を失っていた兵士達に、自身もやる気が失せた様子を見せつつ言った。


「サーマ殿、いつまででございもすか?」


 兵士はうんざりした表情で嘆きの声を上げた。


「全くの無為な任を押し付けられ、サーマ殿は何故抗議なさらぬ!?」

「体のいい厄介払いではございもはんか!?」


 サーマは苦笑した。


「わたしもそう思いもすが、とやかく言っても仕方ありもはん」


 この頃には、兵士達のサーマに向ける目は王の妾を見るものではなくなっていた。よくよく考えれば妾に対する仕打ちではないのである。


「姫様の教育係の任を解かれたかと思ったら、ここに派遣されたのでございもす」


 というサーマの説明を兵士達は信ずる様になっていた。


 その数日後、サーマのもとに使者が訪れた。

 ついに来たか。と息を飲み立ち上がったサーマに、使者は品定めするような視線を送った。


「ご同行願いもす」


 用意されていた駕籠に乗り、揺られて着いた場所は立派な寺院だった。

 部屋に待たされていると、現れたのは予想した通りの御仁だった。

 タイゴ・マカナル。カツマ藩の実力者であり、トトワ王朝打倒の中心人物にして、新政府の幹部である。サーマにゼラの捜索を命じた男。


「ご苦労でございもした。顔を上げられよ」


 タイゴは柔和な口調でサーマを労った。


「事件の真相が分かっただけでも、儲けものと思わねば」


 サーマは、タイゴにトネ村での騒ぎのあらましを文で知らせていたのである。決して新政府そのものへの反抗でなく、単なる私闘である事が分かるはずであった。


「じゃが、おはんの報告は公平さこそあれ、心情が隠しきれておらなんだ気がしてのう」


 タイゴの口調はどこまでも穏やかだった。

 しかし、サーマの心胆を寒からしめるには充分だった。


「そうではなかか?」


 タイゴは微笑んでサーマを油断なくじっと見つめた。

 サーマは、身体を氷に貫かれたような恐ろしさを味わいつつも、


「心情、でございもすか?」


 と尋ねた。手の震えを必死で抑えようとした。しかし一度震えてしまったものは、もう見られてしまったのではなかろうか。だが、ぐっと力を込めて、正座のまま手を重ねて押さえつける。


「おはんにはどこか、その赤髪の娘は悪くない、出来る事なら逃がしてやりたい、そういう心があったのではございもはんか?」


 完璧に看破されたと知り、改めてぞっとした。


「…わたしの報告を読んで頂いたのならば、悪いのは横暴を尽くしたスカール一家の方であり、赤髪の娘は村人にむしろ感謝されていた、というのが分かると思いもす」


 タイゴは頷いた。


「それで、おはんもそれに同調した、と?いや、おはんは以前からその娘と懇意にしており、最初から庇うつもりであったのではございもはんか?」


 ここまで強烈な攻めをされるとは予想外であったサーマは、思わず視線を下に向けた。

 含むところはあれど穏便に済むのでは、という期待があったのである。

 サーマはぐっと拳を握りしめた。


「ゼラは、カナリス国のパラスで確かに懇意にしておりもした。イワラ殿に訊いて頂ければ隠しようがありませぬ」


 また、やってしまった、と心のどこかで思う自分がいるものの、サーマは止める訳にはいかなかった。蛮勇かもしれないが、それがどうした、という気分である。


「イワラ殿からは訊いておりもす」

(やはり)


 タイゴのゼラとサーマについての仲の情報の出処はカツマ藩派遣の使節団のまとめ役イワラであったのだ。だからこそ、下手に嘘をつくのはまずい。明かせる部分は明かし、線を引くべきところをサーマは予め決めていた。トマイとシルカの2人についてもその1つである。

 タイゴの口調は変わらない。サーマのような者にさえこうした言葉遣いである。いや、サーマが王の妾であるならば、当然かもしれなかった。

 無論、サーマは妾などではない。


「ゼラは、新政府に仇なすような者ではございもはん。義侠心の厚いが故に、たまたま私闘を繰り広げたのが新政府軍に媚を売ったごろつき共だったという事でございましょう。そもそもゼラに、新政府に思想的に含むものなどありもはん」


 激しく首を振るサーマ。


「ところが、そのゼラという娘の師でもあるシンエイという法術指南役をしていた男が新政府軍の手によって死に追いやられておる」


 サーマは愕然となった。確かに仇がどうのとゼラは言っていた……。


「その際、赤髪の娘が軍の宿舎内で大暴れしたという報告もある」


 タイゴの口調は変わらないのに、底冷えのする寒々しさに満ちていた。


「友を庇おうとするおはんの気持ちはよう分かりもす。だが、我々は新時代を作らねばならん立場にある」


 立ち上がって、サーマを見降ろす。


「おはんの友故、信じてやりたいが、あくまで仇なすというのなら、考えなければいけもはんな」


 ぽんと優しく肩を叩いて、縁側に下り、そのまま廊下を去っていった。

 茫然としてその場にへたり込み、サーマは苦々しい笑いを浮かべた。

 全て、タイゴの手の平の上だったのである。


 

 こうした形で任を解かれたサーマは、5月2日王都アカドへ発つ事となった。


「世話になりもした」


 長老やヘイゾウを含めた村人達や、そしてトマイとシルカの2人に礼を言う。


「ご協力感謝致しもす。また、機会があれば、わたし達は出会うでしょう」

「そうだな。あいつがいる限りな」


 トマイはニヤリとした。


「んだ。サーマさんもお元気で」


 兵士達の視線がこちらにあるのを気づいたサーマは、2人に目配せして言った。


「例の娘を見つける事叶わなかったのは残念でしたが、もし何かあれば政府か軍に報せを」


 丁寧に頭を下げ、トマイが頷いた。


「ああ、必ずする。約束だ」


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