カナリス流とサパン流
手を合わせ終わった後も、彼らはしばらく2つ並んだ墓に目を向けていた。
沈黙を破ったのはゼラであった。
「サーマは、なじょしてここに?」
サーマの目は真剣そのものだった。
「おはんを探しとった。ヘイゾウさんにここまで案内していただいた」
ゼラは目を細くしサーマをじっと見た。
「1人で探しに来たのか?」
答えが分かっている目だった。サーマもその反応は予測していたと言わんばかりに、
「1人じゃなか。村に派遣されてきた」
と答えた。
2人の予想外の空気にトマイ、シルカ、ヘイゾウの3人は息を飲んだ。喜ぶべき再会になるだろうと期待していたのである。
「タイゴ・マカナルというお方を知っちょるか?」
ゼラは首を傾げた。
そして次の瞬間、ああと声を上げて冷笑的な光を目にたたえた。
「知ってるが、なじょした?」
「タイゴ様からおはんを探すよう密命を受けた」
「見つけたらなじょする?」
「分からん。タイゴ様は探せとだけ言われた」
「そいつとおらはやり合った事がある。そいつはおらを敵と見なしていた」
ゼラは顔を背け、歩き出した。
「ゼラ!」
驚いたサーマの呼びかけに振り返ったゼラは言った。
「おらをそいつに差し出すのか?」
「差し出すなど!」
サーマが声を荒げた。
「ゼラ、タイゴ様は新政府の重鎮、あの方の力を借りるのは悪い事ではなか!おはんは新政府軍に喧嘩を売ってしもうた。これからの新時代、肩身の狭い思いをする事になる!」
「サーマ」
ゼラは首を振った。声色は低い。
2人の視線が交差した。
「おらに納得しろと?」
「おはんが何を思おうと、わたしは自分が良いと思う事を言うだけじゃ」
シルカはサーマの足が震えているのに気付いた。ゼラは不動のままじっとして冷たい眼光をサーマにぶつけていた。サーマの様子に気付かぬゼラだとは思えないが……。
「新政府はシンエイ様の仇だ。タイゴという奴はいきなり法術を放ってくるような奴だ。どちらも信用出来ねえ。」
「ゼ、ゼラ……」
サーマは喘ぐように言った。
ゼラの目は細められた。
「なんなら、止めてみるか」
サーマは顔を強張らせて、
「わたしは信用出来ないか?」
と歩を進めた。
「ぬしは信用出来る。だが、ぬしに迷惑をかける訳にはいかねえ」
「迷惑だなどとは思わん。貸せる手があって貸さぬのは、わたしの性分ではなか」
「手を借りるのはこっちの勝手だ。すまんかったな」
ゼラはそっけなく言って踵を返した。
そして、首を回してにっかりと笑った。
「またいつか会おう」
ゼラが去っていくのに、サーマは拳をぎゅっと握りしめて立ち尽くしていた。
すると、ふっと強張った顔が緩んで、笑顔になったかと思うと、
「ゼラ!いつでも訪ねてきてよかど!居所はどうなるか分からんから、おはんで調べてくれ!」
これにはゼラも笑って、
「ぬしも助けが欲しけりゃ、おらを探してくれよ!どこで何しとるか分からんからな!」
2人して声を上げて笑い合い、駆け寄って抱き合った。
「フェール・アン・カランじゃ」
サーマが言う。
「何だそりゃ」
「エガレス語ではハグという」
「だからどういう意味だ」
「カナリス流、これで分かってくれるはずじゃ」
「成程、カナリス流だなこれは」
トマイ、シルカ、ヘイゾウの3人が意味は分からずも2人のやり取りを微笑ましく眺めているのに、気恥ずかしさを感じたのか、ゼラは、
「さて、ここはサパン。サパン流はあっさりしとるもんだ」
とサーマの肩をぽんと叩いて、
風のように走り去ってしまった。
サーマがじっとゼラの姿が見えなくなるまで視線を送りつつ、ふっと微笑んで次の瞬間顔を拭うのを見逃す者はいなかった。
「……。誰にも言わんでくいやんせ」
と思わぬ感情の奔流に彼女自身が戸惑っている様子で、それを立て直すように3人に言うのだった。
「ゼラを探すよう命を受けたのに、みすみす逃してしもうた。ここで会った事は誰にも言わんでくいやんせ。わたしが罰を受けてしまう」
と申し訳なさそうに笑う。
トマイ、シルカ、ヘイゾウは互いに顔を見合わせ、約束は守るとサーマに誓ったのであった。
新サパン暦2年4月5日ヤイヅ藩主の居城カラマツ城が落城した。藩主モウタイ・ケタンを始めとしたモウタイ家の人々や侍従侍女達、さらには共に城に籠り戦っていた藩士やその子女らも城を出た。
ヤイヅ戦争はここに終結したのである。