墓前の再会
「戻ってくるとしたら、母親の墓の前だろうな。もう村には姿は現さねえだろ」
ヘイゾウは言った。
「墓!?」
サーマは思わす声が上ずった。
「そいはどこに?」
ヘイゾウは渋い顔をしたが、ちょっと考えて口を開いた。
「山の中だ」
「ぜひ、案内してたもんせ」
サーマは詰め寄った。
「いいだろ。案内してやる」
サーマ、トマイ、シルカはヘイゾウに連れられて山に分け入っていった。
草木を手でよけ、木々をくぐり、岩場を這うようにして登らねばならぬ険しい山道であった。
こうして苦労して辿り着いたとしてもゼラがいるとは限らないのである。
だが、一目見ておきたい衝動に駆られたのだ。ゼラの母の墓はゼラの心の故郷の様な気がして、不躾な行いだとも自問したが、ゼラを探す為に必要なものだという観念めいたものすらあった。
「ゼラは怒るだろうかなあ」
ヘイゾウが歩きながらぽつりと呟くのである。
「申し訳ございもはん。無理言って」
しかし、サーマの言葉には強く頭を振った。そして後ろを振り返ってサーマをじっと見定める視線を送った。
「お前、ゼラの知り合いか」
「知り合いというか、ゼラが留学した折、わたしもカツマ藩の留学生としてカナリス国のパラスという街におったとでございもす。そこでそれなりに親交を……」
サーマは言葉を紡ぎつつ、ふと自分はゼラと親しい気でいたが実のところそうではないのではないか、との疑念に襲われたのであった。
付き合いも短く、実質、傍にいるトマイやシルカの方がはるかに長い時をゼラと共に過ごしてきたに違いない。もしかするとこれはサーマの一方的な思慕ようなものではなかろうか。
墓は奥まった所にあった。森の中の奥深くにそこだけ日が差す場所があり、切り立った岸壁の側にぽつりと立っていた。
「やはり、来ていたか」
ヘイゾウの言葉通り、ゼラの墓には花が添えてあった。慎ましやかな花びらを森の木陰に映えさせ、人家も人っ子一人もいない淋しい森の中にそこにだけ人の温かみがあった。
花はまだ新しい。つまり、最近ここにゼラは来たのである。 ゼラが来ていた!
その事実にサーマは喜びとも何ともつかぬ感情が沸き上がって、思わず身震いした。
彼ら4人は互いに顔を見合わせ、さて帰ろうとした時であった。
「なんだ、やっぱりぬし達か」
一斉に声の方に振り向いた。聞いた声であったのである。その朗々さ快活さを併せ持つ声の主は、
「ゼラ!」
サーマは叫んでいた。
見まごうはずがない。鮮烈な赤髪、生気に満ちた相貌、イリダ・ナーブ王の血筋もしくは生まれ変わりというのもあながち間違いではないように思われた。
突然過ぎる再会であった。そしてあまりにあっけない再会であった。
「何しに帰ってきた」
ヘイゾウが言うのに、ゼラは苦笑しがら。
「墓を」
「墓?」
ゼラらしくなく言い淀んだ。
「父親の墓でも建ててやろうと」
ゼラの足元には袋が置いてあり、中に大きな何かが詰まっていた。一塊の何か大きなものであった。
「悩んだんだが。母にとっては大事な人だったからな」
ヘイゾウは唸った。
「確かにその通りだが。自分の妻を裏切った男でもある。お前も見捨てて、ゼイの事だって……」
「ヘイゾウさん。おらよりも父の事よく知ってると思うが、母は喜ぶと思うか?」
「墓は別に建ててある。一家は村人達に、自分らと他所のやくざの出入りの死人も埋めさせたんだ」
「トマイはどう思う?」
ゼラに振られたトマイは応えた。
「さてな。俺も親の事はよく知らねえから。生きてるか死んでるか。愛着は無いな」
浮浪児仲間の2人は互いに視線をぶつけ合った。
「おらもだ」
シルカがたまらずといった風に口を開いた。
「おらは、親は死んじまったげんじょ、愛されてたと思う。家族っつうんは大事だと……」
「わたしも」
サーマもゼラを見つめた。
「親には愛されて育った。だからこそかもしれもはんが、おはんのやろうとしている事に反対は出来ん。ゼラの親の墓は、ゼラの好きにさせてやるべきと思う」
ヘイゾウはそっぽを向いた。
「勝手にしやがれ。ゼイは喜ぶだろうな」
「ありがとうみんな」
ゼイはにっこりと笑って袋を抱え上げた。
ああ、この笑顔だ。自分はゼラのこの笑顔を待ち望んでいたのかもしれない。サーマは強く実感した。どうしてそんな風に笑えるのだろう。
墓は並んで建てられ、そこに花も添えられた。
皆で手を合わせ、添い遂げられなかった2人の為に祈った。
墓は今生きる者の為にあるとすれば、サーマはゼラの為にも祈りたいと思った。自分へ課せられた任務はゼラの探索である。もし、それがゼラの為にならぬのであれば……。