生い立ち
村人からも有益な情報を得られず、ゼラの居場所の捜索は袋小路に入った。サーマは仕方なく村の周囲を歩き回る事にした。
トマイとシルカの2人もついて来てくれて、何か発見出来ればそれに越したことはないが。
「ゼラの奴は、そういう奴なんだよ。さっぱり行方をくらましちまう」
トマイの口調は呆れている風でもあった。
「おはんはわたしよりもゼラについて詳しいはず、何か分かる事があれば教えて欲しか。何かすると言っていたりはしておらんじゃろうか」
「分かんねえな、何も言わねえもんで」
トマイは首を振った。
シルカも頷いた。
「ゼラは、新政府を良く思ってはおらなんだけんじょ、どうこうしようって事はねえはず」
「降りかかる火の粉を払ってただけだよゼラは」
やはり、この2人もゼラを庇おうとしている。サーマはそう確信した。ただ、その居場所を知っているかどうかは微妙だ。ゼラなら教えないで去るかもしれない。2人に迷惑をかけまいとして。
村人達は扉を閉ざしてサーマと顔を合わせようとすらしない。たまにすれ違っても、すぐに顔を背けてくる。
サーマが話しかけても、地面に額を擦り付けて頭を上げようとしない。さすがに困惑し果ててサーマは森の中に入り探索を続けた。トマイとシルカも黙ってついてきている。じっとサーマを観察して警戒しているように思えるのはサーマの思い過ごしなのだろうか。
いっそ、何の情報も得られずに帰るというのも悪くない。今ばったり出くわしたところで途方に暮れるのが落ちである。タイゴ・マカナルという人物は新政府の幹部であり、その人柄は公明正大にして篤実、サーマの故郷カツマでの信望は高い。信じていい相手であるはずだ。そう思うのだが、サーマはゼラをタイゴに引き渡すのは恐ろしかったのだ。
今朝、文をしたためて兵に持たせた。ゼラを発見したとして、処遇をどうするかの相談であった。厚遇か処罰かによってもゼラの抵抗の度合いは変わるはずであり、それによっても方法を変える必要がある。もっともな確認であるはずだ。
タイゴの返答がくるまでは、発見しない方が良いのかもしれぬ。しかし、サーマは捜索に手を抜くつもりは無かった。
もしかすればゼラのあの赤髪が1本でも落ちているのではないか。
サーマは地面をつぶさに観察して回った。
だが、結果として徒労である事を示すものでしかなかった。仮に髪の毛が落ちていたとしてもサーマには見つける自信など無かった。
我ながら不誠実なものだと思いつつ、トマイとシルカの3人で山道を見回した。
「どうせここにはいねえよ」
トマイが不満そうに言う。
「あいつは法力が感じ取れるんだ。新政府のしかも法術師が来たとなれば、どっかに行っちまうさ」
ああ、自分にもその力があれば!サーマは初めて渇望した。ゼラのその力は知っていたが、羨ましいと思いこそすれ、自分には必要ないものだと考えていた。だが、今サーマはまるで霧中を彷徨う気分であった。
そうして数日を過ごした。
トマイとシルカはあまりの退屈にカナリス留学時のゼラの様子について尋ねた。ゼラとサーマはその遠き異国との地で出会ったのである。
サーマは喜んで話した。
ゼラの磊落振り、無鉄砲振りを聞かされて、トマイとシルカの2人は頷いた。
「あいつは異国でも変わらねえな」とトマイ。
「だげんじょ、言葉通じなくておっかなくはなかっただべか?」とシルカ。
「確かに、ゼラのそこが感心するところじゃった」
サーマは微笑んだ。ゼラの事を話す事で久々に楽しい気持ちになったのである。
「わたしなんぞは、不安で不安で、恐ろしくて恐ろしくて……」
笑みが苦笑に変わる様は、トマイとシルカの2人も微笑ませた。
「異国におらと同じくらいで学びに行くだけでも偉えことだあ」
「ゼラの奴はどこででも友達を見つけるもんな」
「やはり、そうでございもしたか」
サーマはまた笑った。
ゼラに会うまで友らしい友を得られなかったサーマは遠いカナリスの地で孤独に心細く過ごしていた。やる事といえば勉学に励むより他は無かった。今にして思えばそれも糧となってくれていると思ってはいるが、当時は命令で行きたくもない異国に船に乗られて行き、言葉もろくに通じぬ異国の地でヨウロの学問を学ばされ、辛い日々であった。無論、藩の為、ひいては国の為と思い、志を頼りにしたのであるが。
そうこう話している内に、1人の老人が歩み寄ってくるのを3人は見ていた。
村人が自ら近づいて来るのは初めての事である。その為、サーマは見構えざるを得なかった。
「聞きてえ事がある。お前は何が目的でこの村に来た」
白い髭を蓄えた眼光鋭い老人であった。この老人こそ、ゼラが村で世話になったヘイゾウであった。
「長老殿には説明しもした。赤髪の娘の調査でございもす」
サーマは物腰柔らかく応じた。
「お前は、ゼラが話してたサーマって娘だろ?何でゼラを追い掛ける」
「それも、長老殿に説明しもした。スカール一家は新政府と懇意にしておりもした」
「一家は横暴の限りを尽くし、我らを痛めつけた!そんな連中と新政府は懇意するっつうんなら、ろくな世の中になりはしねえな!」
ヘイゾウは吐き捨て、サーマの横の2人を見る。
トマイは皮肉気にサーマを見、シルカは心配そうに見つめた。
サーマは俯いた。咄嗟に反証の理屈をこねた自身に嫌悪したからである。ここは誠意を持ちたかった。
「確かに、一家の横暴は新政府の責でございもす。言い訳は出来もはん。そんな連中にお墨付きを与えたのは過ちとわたしは思いもす。ゼラが一家を倒したのも義憤に駆られての事でしょう……」
深々と頭を下げた。ゼラの事も庇いたい思いもそう言わせたのである。
ヘイゾウは鼻を鳴らした。
「ゼラは義憤に駆られたかもしんねえが、もっと別の理由があんだよ」
「え!?」
サーマは顔を上げた。
ヘイゾウは3人を見回した。
「隠す事もねえだろ。スカール一家は父親の仇で、あいつの母親も一家との戦いの最中に病で亡くなったんだ」
3人は驚愕の声を上げた。
ヘイゾウは全てを話した。ゼラの母親ゼイの事、ゼイが娘と同じ赤髪の法術師で流れ者であった事、ゼイが病で亡くなる時ゼラを川に流した事。父は一家に殺された事。
トマイとシルカは長い付き合いでありながら、ゼラの生い立ちを今更知らされ、互いに顔を見合わせ放心状態であった。
「あいつ……俺が初めて会った時には娼館の用心棒してて……年端も逝かねえ頃に。姐さん達に世話になってるって言ってて…」
トマイが息をついて呟いた。
成程、ゼラのどこか超然とした性格はそうした生い立ちによるものか、と納得しつつ、サーマはゼラの祖先について思いを馳せていた。赤髪は母親から受け継いだものだ。その母親が流れ者であったというのが気にかかる。赤髪故に流れたと考えるのは安易だろうか。
ゼラの血筋はずっとこれまで流れてきたのではないだろうか。イリダ・ナーブ王の王朝が滅ぼされてトトワ王朝に取って代わられてから、生き残った王の血筋が流浪の旅に出たとしても有り得る話である。ナーブ王は赤髪でしかも青く光る目をし、強力な法術師でもあったという。ゼラはそれらを長い血の旅路の果てに受け継いだのだ。