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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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トネ村へ

 トネ村での一大事件の報がキサ村の新政府軍に知らされたのは新サパン暦2年の3月28日の事であった。

 新政府の兵達のざわめきは、村人達に秘匿仕切れずにたちまち漏れてしまった。

 サーマはシルカよりこれを聞き、しばらく愕然としていたが、居てもたってもいられず飛び出した。

 

 兵隊長は村人達が騒がしく噂をし、新政府と懇意にしたスカール一家の頓滅に喜んでいる節に泥を顔に塗りたくられた思いであった。彼自身一家と面識があった訳ではないが、いずれ連携を密にして周辺地域を治める話になっていたのである。

 兵隊長が苛立っているところに訪れたのはサーマであった。

 彼はこのエルトン・サーマという娘を快く思ってはいなかった。所詮は王の妾であるのに、どうして賢しくも鎮撫要員として派遣されてきたのか。我らだけで事足りるはずではないか。むしろ、この娘の弱腰が村人を増長させるのではあるまいか。

 サーマは腰を下ろして兵隊長に頭を下げ切り出した。


「兵隊長殿、噂は聞いておられると思いもすが」


 兵隊長は煩わし気に頷いた。


「おはん、何かすっつもりか」


 サーマは頷いた。


「話を聞くに、その娘は法術師でございもす。わたしも法術や魔動を使う身、お役に立つと思いもす」

「ならん!」


 兵隊長は声を荒げた。


「おはんに何かあれば、陛下に申し訳が立たん!」


 するとサーマは居住まいを正し、驚くほど穏やかに言った。


「お言葉ながら、兵隊長殿にわたしを止める権限は無いとでございもす。このエルトン・サーマが何故あなた方に同行したか、察して頂ければ幸いでございもす」


 そして口元には優しげな微笑すら讃えていた。

 兵隊長は息を飲んだ。この娘は一見放言を吐いたように思われるが、実はこちらを脅したのである。彼女の背後に巨大な存在をちらつかせてきたのだ。

 考えてみればおかしい事なのだ。こんな小娘が何故兵達と行動を共にするのか。法術や魔動が使えるからといって…。いや、むしろ使えるからこそ余計おかしいのだ。何故そんな力を持つ者がこちらに同行する必要があるのだ?


「もしや、此度のスカール一家の件と……」

「いえ、話を聞くにその者は法術を扱うとみましたので。出くわした場合を考え助力出来ればと」


 サーマは微笑んだ。

 兵隊長は唸った。

 いったい何を企んでいるのか?どんな目的、密命を以てここに来たのか?


「心配にはお呼びもはん」


 兵隊長はその言葉を信ずるか否か以前に、選択の余地は無いのだと知った。



 サーマが兵達と共に村を発ったのはその日の午後であった。


「この者達も連れて行って欲しい。もしかすると2人は例の者と知り合いかもしれもはん」


 サーマが事も無げにトマイとシルカの2人を兵達の前に連れて行き、兵達が少々訝しみながらも同行を承諾したのは兵隊長の預かり知らぬ事であった。

 着いたのは夕刻頃、日も沈みかけ、冬夜の寒気が人々を凍えさせ始める。サーマ、トマイ、シルカの3人は新政府の兵達と共に村人の歓待を受けた。


「此度は調査であって、親睦を深めに来たにあらず。程々に為されよ」


 とサーマが宴席に先立って言ったものだが。

 サーマはそれだけでは満足できず、村人の婦人を捕まえて、


「酒は少しだけで。我らは調査に来たのであって、乱痴気騒ぎに来たのではございもはん」


 兵の1人が、


「エルトンどん、固い事を言わんでくいやんせ」


 と笑いかけると、サーマも微笑んで、顔を近づけ囁いた。


「例の娘はもしかすると新政府軍に恨みを持つ恐れもありもす。どこぞの隠れ潜んでいて、酔いに乗じて襲って来るやも。この村の者も果たして信用出来るかどうか」


 その言葉に兵士達は顔を見合わせ青ざめさせた。


「我らは所詮、余所者でございもす」


 サーマはそう言うと、自分の席に戻って平然と茶碗を口に運んだ。

 その様子を眺めていたトマイとシルカは苦笑するしかなかった。 

 翌日の26日、長老ら村人を集め、サーマらは話を訊いた。

 ゼラという娘がたった1人でスカール一家というならず者達を壊滅せしめたという事実が語られた。恐るべき法術を用いる赤髪の娘は今となっては行方知れずという。


「お言葉ながら申し上げとうございます!」


 長老が声を張り上げ、出来得る限りの礼節を以て言った。


「スカール一家は、横暴の限りを尽くし、我々も途方に暮れておりました。そのゼラという娘に罪があると仰せなのでございましょうや?」


 兵士の1人が床を拳で叩き、勢いよく立ち上がった。激高したのである。


「一家は政府の命を受けてトネ村を治めておった。その一家を壊滅せしめしは即ち政府への反逆ではありもはんか!?」

「そうじゃ、そうじゃ!」


 一応はサーマの手前、力に訴えるよりまず反証を試みたのである。兵士らにとっては精一杯の譲歩のつもりであった。しかしながら兵士は数人しかおらず、村人より少ない。いくら新政府の後ろ盾があるとはいえ、今この場では多勢に無勢である。無論サーマの言葉が効いているのもあったといえよう。

 サーマが彼らに構わず口を開いた。


「長老の申されようですと、その娘に心当たりがあるように見受けられるが。如何でございましょう」


 長老はじっとサーマを見た。この目の前の娘、ゼラと同じ年程の娘を見定めようとする目であった。


「そう聞こえましたか」


 サーマは頷いた。


「お言葉ながら、あの娘は恐るべき力を秘めております。触らぬ神に祟りなしと申す事ですし、あなた方も、そして我々も、あの娘の事は放っておきませぬか」

「何じゃと!?」

「何か隠しとっとじゃなかか!?」


 声を荒げる兵士達。


「わたしも、彼らと同じく、あなたが何か隠しているのではないかと邪推致しておりもす」


 サーマは確信した。長老は仮にゼラの居場所は知らずとも、かばおうとしているのだと。


「隠す事などありませぬわい。もはや行方知れずなのは本当でございます。ただ、罪があるとは思えぬだけで」

「一家の遺体が見当たりませんでしたが」


 ゼラが、相手がごろつきとはいえ、大勢を殺したという事実にサーマは戸惑いを覚えていた。悪人であっても命は助けるべき、などと言うつもりはないが、自分の親しかったあの少女が、その手で人を殺めたのだ。

 だが、自嘲の念がそれに覆いかぶさるのだ。新政府側に与している以上、血を流した上に自分の地位を保っているのが自分ではないか。こうして村々の鎮撫に派遣されたというのは、一帯が新政府軍によって占領されたからこそである。


「我らで埋葬致しました」


 長老は厳しい表情になって言った。険しさと痛みの影をちらつかせて。

 それが何の感情によってもたらされたか、サーマには正確に計り知る事が出来なかった。


「我らとて、新政府と事を構える気はないのです。どうか、寛大なご処置を」


 長老ら村人は頭を下げた。


「我々も、村の方々と争うつもりはありもはん。ただ、その娘の行き先を知りたかっただけです」

「何故、そこまで知りたいのです?」


 長老は柔らかな雰囲気で事も無げと言った風に訊いてきた。しかしサーマには背筋にぞおっとしたものが走るのだった。それは新政府がゼラをどうするつもりなのか、と問われたのである。


「今は、戦の最中でございもす。そんな中新政府の懇意の者達が倒されたとあっては、倒したその者が果たしてどういう者か調べるのは当然の事。我々にとって危うい存在か否かだけでも知りたいのです」

「ほう、つまり危うい存在であれば、どうなさるので?」


 サーマは手汗をかいていた。ぐっと拳を握りしめる。


「我ら村の者達は、あの娘を売るつもりは毛頭ございませぬ」


 長老の声は強い意志によって貫かれた鉄の刃となって、サーマを突き刺した。


(わたしだって、ゼラを売る訳にはいかない。タイゴ様の存念を知りたい。何故わたしにゼラの探索を命じた?)


 サーマは弁解の叫びを上げたい衝動を抑え込んで、恭しく礼を言い、兵士らとその場を去った。兵士らは宿となった寺の堂に入った瞬間から、村人達への不信を唱えた。トマイとシルカは民家を宿としていた。別々が良かろうとの配慮である。無論サーマの指図であったが……。


「兵を呼びもんそ!」

「やはり、新政府への反逆を!」


 サーマは彼らの不満も尤もと思いながら、溜息をついて彼らを呼び寄せた。


「実はこれは内密の命でございもす。鎮撫以外のもう1つの命、それが赤髪の娘の探索でございもす」


 兵士達は驚きの表情で顔を見合わせた。


「赤髪と聞けば、何を思い起こすか?そいはイリダ・ナーブ王でございもす。トトワによって取って代わられたイリダ王家、その末裔かもしれぬと、さるお方の指示でわたしは動いておりもす」


 サーマはあえて正直に言った。


「よって、兵はこれ以上呼んで事を荒立てる訳にはいきもはん。これは我らだけの内密の話、わたしはあなた方を信じちょりもす」


 真剣そのものでサーマは兵士に頼み込んだ。


「争い事もご法度。頼みもす」


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