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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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仇討ち

 ゼラは廃寺の本堂に入り、2日程じっとしていた。食料も長老がこっそり運び入れてくれる。

 最初こそゼラは、さっさと村を出て行きたかったが、よくよく考えてみるとスカール一家の報復がないとも限らないのだ。

 いっそ、ここでケリをつけてやろうか。そう思うゼラである。

 長老は1日目も2日目も食料を持ってきた。 


「これ、うめえぞ。食ってみろ」とか、

「もうしばしの辛抱だ」とか、気休めのような事しか言わぬ。


 嫌気がさせば勝手に出て行こうかとも思ったが、とりあえずは我慢した。長老の善意を受け止める気分だったのである。

 だが、それが一変したのは3日目の事である。

 長老が慌てて本堂に駆けてきて、息も絶え絶えに縁側に手をつき、ゼラを見る。


「ヘイゾウが!!」


 ゼラは即座に立ち上がった。聞くまでもない事だったのである。


「ま、待て!」


 長老は脇を通り抜けるゼラを呼び掛けた。


「おらに知らせたって事はそういう事だろ」


 ゼラの口調は冷然として、長老に二の句を継がせなかった。


 

 トネ村は静まりかえって、ただ風が吹き荒ぶ音のみが響いていた。雪は止み、道や家々に白銀の煌めきの装いを与えている。人々は家の中に隠れ、物音一つ立ててはならぬと言わんばかりである。

 その通りの真ん中に縛られ転がされたヘイゾウの姿があった。その周囲をごろつき達が固めていた。

 長老を遣わせて呼び寄せたのだ。もうすぐ来るであろう。スケ親分は痩せぎすの男を見やった。この男、もとはどこぞの藩のお抱えの法術師であり、名をウウスといった。


「頼むぜ旦那」


 ウウスは頷いた。


「1度手合わせしたいと思っていたのだ」


 ウウスの視線は真っ直ぐ前方を向いていた。彼方の方から粒のような人影が迫ってきている。

 遠くからも分かる。あの燃えるような赤髪。

 ウウスも歩みを始めた。

 1歩1歩がヒリヒリとする感覚を増幅させていく。

 そして互いの顔が視認出来る程の距離になった時、ウウスは腰に差した剣を抜き、法力を流し込む。途端に音を立てて雷光を纏い始めた。

 さらにじりじりと距離を詰めていく。

 ゼラは丸腰ではあるが、その赤髪が煌々と輝き、時折うねっているのが、威圧されるに足る。

 ウウスは剣を正眼に構えた。

 ゼラはようやく歩みを止めた。

 しばし、両者は微動だにせず、スケ親分はごろつき共も息を飲むしかなかった。

 ウウスは対手をじっと見た。

 腕をだらんとさせてはいるが、油断も隙も見い出せない。こんな小娘が存在していたとは。ウウスは驚愕すら覚えた。

 その瞬間であった。ウウスの驚きは一瞬の隙を生んだのか、ゼラの身体は猛速の弾丸となってウウスに迫った。かつてタイゴ・マカナルがゼラに見せたあの技の見様見真似であった。

 ウウスは一瞬遅れたものの、即座の反応を見せた。

 法剣を振り下ろそうとしたのである。が、彼の手にある法剣は弾き飛ばされ、天高く舞った。ゼラが法力をぶつけたのだ。いくら法力を込めようと、持つその手は常人のそれであり、力を加えられれば放してしまうのも当然であった。

 ウウスの身体にゼラの掌底が炸裂した。

 彼の身体は吹っ飛び、地面にもんどりうって雪面を荒らした。

 ゼラはすっと着地し、頭上から振ってきたウウスの剣を掴み取った。

 剣をぶんぶんと振って、ほいっと放り投げた。


「いらねえや」


 そして、スケ親分やごろつきの方に向き直って、不敵に笑った。


「ゼイの娘がああ!殺っちまえ!」


 スケ親分は威勢よく絶叫し、ごろつきの後ろに隠れた。


「行け!行け!」


 手で促し、ごろつき達を睨み付けながら命じる。

 ごろつき達は親分とゼラの両方を見やって、半ばやけくそに突っ込んでいった……。



 スケ親分は茫然自失となったように地面に膝をついた。


「もう終いか」


 ゼラの声は低く、地を這うおぞましさがあった。


「命乞いをするのか?」


 スケ親分は項垂れた。


「ああ、頼む…。俺が間違ってた。ゼラ、許してくれとは言わねえ」


 ゼラは近づいて彼を見下ろした。

 あまりにぞっとする目だった。


「この村から出て行くのなら、命乞いも許すぞ」

「は、はあ、そうか。有り難え」


 スケ親分の声は弱々しく負けを悟った者の声そのものであった。


「父ちゃんを殺したのは許せねえが、母ちゃんは殺さなかったのだし、おらもこんだけぬしの仲間を殺したからな」


 ゼラが踵を返した瞬間であった。

 スケ親分が背後から飛び上がり、その場にあった鎌で襲い掛かったのである。

 だが、その鎌は振り下ろされる寸前に止まり、地面に金音を立てて落ちた。

 スケ親分の胸には法力の刃が突き刺さり、彼は血の塊を吐きながら地面に打っ伏した。鮮血が白い地面をじわじわと広がる様はぞっとする美しさであった。

 ゼラは1度も振り返る事はなかった。そのまま背中から放出した法力の刃を回収し、黙って雪面に転がされたヘイゾウのもとへ向かったのである。

 数秒の後、ヘイゾウは縄から解き放たれていた。


「ゼ、ゼラ……」


 ゼラは黙って立ち上がった。その表情には言いようの知れない陰惨さがあった。


「ゼラ!」


 叫びながら駆け寄ってきたのは長老であった。

 彼は惨状を目の当たりにし、愕然とした。

 地面にスケ親分含め、何人かの死体が転がり、助かった者は壁に寄り掛かりぶるぶる震えている青年のみだった。彼が助かったのはゼラに手向おうとしなかったからである。

 長老とヘイゾウは互いを見合わせ、ゼラは2人から目を逸らし、


「じゃあ、ヘイゾウさん、長老、世話になりやした」


 とぽつりと呟き歩き去ろうとした。


「ゼラ、墓参りはしていけよ!」


 ヘイゾウの叫びはゼラに届いたかそうでなかったか。その時ゼラは何の反応も示さず背中を見せ歩き去るのみであったが、翌日ゼラの母の墓に花が供えてあるのをヘイゾウは発見するのであった。


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