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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第1章 パラス編
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洋書

 カナリス国伯爵ミンブリンは、カツマとカナリス国のパイプ役を務めている得難い存在であった。

 白髭をたくわえているものの、年はいっていない。まだ若いはずであった。


「イワラドノ、トトワのコトハ、ワタシニ、オマカセクダサイ」

 

 ミンブリンはカツマ使節団代表イワラと部屋に2人きりの時切り出してきた。


「どげんするつもりじゃ」

 

 イワラは何となくこの伯爵を信じ切れなかった。

 遠き異国の使節を快く受け入れ、便宜を図ろうなど、何か魂胆があるに相違ない。とイワラは考えている。


「ワガクニハ、カツマヲ、エンジョシマス」

「大統領はトトワを支援すると言うた」

 

 ミンブリンは苦笑しながら首を振った。


「コレハ、ガイコウデス」

 

 イワラは腕を組んだ。


「つまり、カナリスにはカツマを支援する用意があるというとか」

「トトワニ、オモキヲオクハ、ガイコウギレイニ、スギマセン」


 イワラはニヤッとした。


「トトワは王太子の弟君まで遣わしたからな。致し方なしとは思うておった。そいでトトワをどげんするつもりじゃ」

「オマカセクダサイ」

 

 ミンブリンは恭しく言葉を濁しただけであった。

 イワラは部屋を歩き回り、サーマを呼び出した。

 サーマは驚きと高揚感を隠しきれないようであった。


「おはん、トトワのもんと親しいと聞いた」

 

 サーマは眉を顰めた。


「わたしはカツマの人間であるのに誇りはありもすが、だからトトワの者とは付き合わん、というのはいかんと思います」

 

 イワラはほう、と言った。


「別にそいはどうでんよか。おはんに訊くとは、そのトトワの者が襲撃を受けたという話じゃ」

 

 サーマは、はっとしたように応じた。


「聞きました。何か見張られているようだと」

「おはん、何か気づいた事はあるか」

「1度、彼女が怪しい人影を追いかけておったのを見ました。残念ながらわたしはその人影をはっきりとは見ませんでしたが……」

「それ以外は?」

「いいえ」

 

 イワラは頷いた。


「そうか、下がれ」

 

 サーマは恭しく退出しながらも、ゼラを見張っていたという者が、カツマの手の者ではなかったというのに安堵した。

 サーマはその後、自室に戻り勉学に励んだ。

 『三権分立』なるものに興味が湧いたからだ。

 それらに関係ある本を手に入れ、テーブルに座ってめくってみる。


(そういえば)

 

 ゼラが言っていた。

――「おらは、まずこの国の言葉が分からねえ」

 ゼラは顔をしかめていた。


「勉強するしかないですよ」

「カナリス人の先生の話聞いても、何言ってるかさっぱりだ」

「最初はわたしもそうでした」

 

 サーマは笑った。


「わたしなんて、1人部屋で泣きながら翻訳と意味の理解に苦闘しておりました」

「ぬし、涙もろいのか」

 

 ゼラはからかうように言う。


「そげな」

 

 サーマは頬を膨らませた。――

 これから、サパンの人間が外国の文明を学ぶにあたって、最初に立ちはだかる壁が言葉の壁だ。より多くの人が学ぶ為には、翻訳の必要性があるだろう。


(その為にも、事柄に関して深く理解したサパンの者の存在が鍵になる)

 

 サーマ自身も、今手に取っているこの本を、完全に理解し翻訳し切れる自信はなかった。

 


 ゼラは、リュカの部屋で彼の講義を聞いた。

 リュカは洋書を手に取り、興奮している。


「やはり、本場ではすぐ手に入る。サパンでは手に入りにくいものでも、ここならば感嘆に手に入るんだ」

「そうだすね」

「この本を見てみろ」

 

 ゼラが覗くと、カナリス語がずらりと書かれている横に図が載っていた。

「魔動陣ってやつだ。さらに呪文も書かれてある!」

「そいつはすげえだすね」

「これを読む限りだと、確かに技術さえ学べば誰でも使えるようになるようだ。ちゃんと学べばな」

「学ばなきゃ駄目ですか。学ばなきゃ使えねえだすか」

「何言ってるんだお前は」

 

 リュカは呆れたように言って本を閉じた。


「この中に、ヨウロの発展の全てがある」

 

 ゼラはふうんと呟き、窓際まで歩いた。

 リュカは予想していたと言わんばかりに、鼻を鳴らして応えた。


「これからは、おなごでも学問を学ぶ時代なんだぞ」

「それは素晴らしい事だす」

 

 ゼラは頷く。


「お前だって、シンエイ様のもとで法術を学んで今があるんだ」

「シンエイ様には感謝しておりやす」

「好きなのを持っていくといい」

 

 リュカはテーブルに向かい、紅茶を入れ始めながら言った。

 ゼラは彼の善意を無碍にするのはよくないと思った。本の山を見ながら、適当に本を1冊手に掴む。


「これでいいです」

 

 リュカはニヤニヤした。


「まずはカナリス語の勉強だな。まだ読めないはずだ」

「いつか読めるようになりやす」

 

 そもそも、ゼラが文字というのを読めるようになったのがここ3年くらいの事である。それまでは身寄りのない孤児に過ぎなかった。

 それが、予想だしない人生の流転である。

 

 ゼラは自室に戻り、ベッドに横になった。

 最近ようやく、この寝床の感触に慣れてきたところである。

 深夜、彼女の部屋を含めた宿舎の部屋という部屋を、向かいの建物からじっと監視する者の存在に、ゼラはまだ気づかなかった。


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