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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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宴席の惨劇

 スカール一家のタムロは、自身が世話する少女に当初は反感を抱きつつも、その見目の良さは認めざるを得なかった。時折見とれてしまう事があったのである。だが、スカール一家の親分のスケはタムロを呼び出して言うには、


「新政府の軍が近くの村に入った。そろそろやるぞ」


 と、既に勝利を確信した笑みであった。

 スカール一家は新政府軍とよしみを通じ、トネ村を牛耳る確約を得ている。そして最近、新政府軍のある筋から、とある話があった。

 赤髪の娘を捕え次第、新政府軍に引き渡すべし。充分な報酬を以て報いる事約束す。

 その赤髪の娘が、あのゼイの娘ではないかとの確信に近い思いは、実際会ってみてそれが正しい事を知った。

 あの忌まわしい女の娘が、のこのこと現れてくれたのである。

 広間が片付けられ、宴席の準備が始まった。

 うまくいけば新政府に気に入られる上に仇敵の娘を死に追いやる事が出来るのだ。

 準備も怠りない。必要なものは全て手に入れているし、事が成ればすぐにでも新政府軍に知らせてやろう。奴らに仇敵ゼイの娘を御供として捧げる、まさに一石二鳥ではないか。

 

 タムロがゼラを呼びに行くと、ゼラは仰臥して目を瞑っていた。


「暇だったんだ。いい機会だ」


 ゼラはそう言って立ち上がった。


「さあさあゼラ、まずは一献どうだい」


 スケ親分の朗々とした声が宴席に響いた。

 杯を口元に運ばれ、ゼラは手で制した。


「悪いな、おらは酒は飲まない様にしてるんだ」

「そう言いなさんなって、さ、さ」


 スケ親分はニコニコしながらゼラに酒をすすめた。


「おらは酒が入ると駄目なんだ」


 ゼラは深刻そうな表情で言った。

 宴席の場の者達は、一見楽し気に語り合ったり騒いだりしているが、誰もがスケ親分とゼラのやり取りを、固唾を飲んで見守っている。


「あたしからもさ」 


 親分の情婦が痺れを切らした様にゼラの前に座り、杯を差し出す。


「なんだなんだ、そんなしておらに酒を飲ませたいか」


 ゼラは笑った。


「さ、くいっと飲んで、楽しくいこうじゃねえか!」

「そうだよ、飲みなよ」


 親分はゼラに杯を握らせて、変わらず微笑みを作り続けた。


「そこまで言うなら」


 ゼラは口に運ぼうとした。

 宴席の場の空気は一気に張り詰めたものとなった。だが。


「いや、親分を差し置いておらが飲むのもな」


 その杯をスケ親分に差し出す。


「まずは親分が景気よく飲んでくれよ」


 ゼラはにっこりと微笑んだ。


「な、何言ってんだ。客人のおめえが飲まなきゃ」

「おらもここまで世話になったんだ。ここまでされると身が縮んじまう」


 肩を抱く素振りをするゼラ。


「それに、おらは法術師だ。母ちゃんと同じくな。酔いが回ってどうなるか」


 杯をぐいっとスケ親分に押し付け、快活に笑う。


「そ、それなら余計俺が飲んじゃいけねえじゃねえか。酔っぱらちまったおめえの面倒誰が見るんだ」


 スケ親分は引き下がらなかった。ここはもう意地である。


「スカール一家の親分ともあろうお人が、下戸って事はねえよな?」


 ゼラの言葉にスケ親分の顔は引きつった。あくまで表情は笑顔を保ったままである。


「先に1杯くらい飲んで下せえよ。親分、おらの感謝の気持ちだ」

「おめえな」


 スケ親分は攻め方を変えた。諭すような口調になる。


「おめえが差し出されたんだから、おめえがまず飲むんだよ。場がしらけちまうぜ」

「そうさ、あんたが飲むのをみんな待ってんだよ」


 情婦は援護のつもりで言ったが、親分は情婦を睨み付けた。だが、次の瞬間には自分も乗っかっていた。


「おめえが1杯飲んで、楽しくなるのを皆が待ち兼ねてんだ。この土地じゃあお客人はまず一献酒を身体に入れるもんだぜ」

「そうなのか」

「そうさ、おめえもまだ子供だな」


 スケ親分は笑ってゼラの背中をぽんと叩いた。

 すると、ゼラの持っていた杯から酒が思い切りこぼれてしまった。あるいはわざとこぼしたのかもしれなかったが。


「すまねえ、そんな強く叩いたつもりはねえが」

 

 と親分が謝り、情婦が拭き布で畳やゼラの服を拭く。

 その騒ぎの隙に、ゼラが目にも止まらぬ手業で自分の徳利とスケ親分の徳利を入れ替えたのに気付いた者はいなかった。


「さ、再開といこうじゃねえか」

「そこまでいうなら」


 ゼラは神妙な表情で杯を口に運んで一気に空にした。


「お、いけるくちか」


 スケ親分は快活にゼラに杯を薦める。

 ゼラはそれも飲み干すと、スケ親分の徳利を持って、


「次は親分だ」


 と人懐っこく微笑んだ。

 スケ親分も思わず、悪い気はせずむしろいい心持ちでゼラの杯を受けた。


「さ、もう一献だ」


 ゼラが続けて2杯、3杯と親分に飲ませ、宴席は大いに盛り上がった。

 腹踊りや、唄が歌われ、ゼラも楽し気に手を叩いている。

 皆が訝しんだ。

 薬はいつ効くのだ?

 ゼラの徳利の中には強力な眠り薬が入っているはずなのだ。無味無臭の優れもので、1度効けば丸1日は目覚めない。


「お、おや親分さん」


 情婦が呆れた様に言った。

 その声に皆が注目し、ごろつき達は唖然としたのである。

 スケ親分は首を上下にかくかくさせ、ついには目の前の膳に突っ伏してしまった。

 場はしいんとなった。

 皆、ゼラの方ばかり見ていて、スケ親分の様子に注意がいっていなかったのである。多少の呂律や仕草の変化など気にならなかった。隣のゼラの方が、酔いが回った様にふらふらしていて、そちらにばかり注視していた。


「お、親分?どうしたんだい!?」


 情婦が悲鳴に近い声を上げた。


「そんなに飲んだかい?」

「親分は、どうしたのかな?」


 ゼラは平然と言い放った。

 その場の皆が、ゼラが何かしたのだと直感した。


「おい、ゼラてめえ!」


 血気盛んな若ごろつきが剣を手に取り立ち上がった。


「剣なんて抜いていいのか?ここは宴席だ。おらを歓迎するんじゃなかったか?」


 ゼラは冷笑した。ぞっとする笑みだった。


「毒だったか?そりゃ大変だな」

「毒じゃないよ。親分は眠り薬で寝てるだけだよ!みんな落ち着くんだよ!」


 情婦がなだめようとし、立ち上がった。

 ゼラもすくっと立ち上がる。多少ふらついている様子だった。


「これが、酔っぱらうってやつか」


 ゼラの髪が映えるような赤に輝き、生き物のようにうねうねとしだした。

 ごろつき達の中には、見覚えのある光景に震えあがり尻もちをついて後ずさりする者さえいた。

 かつて、ゼラの母ゼイが幾度となく彼らに見せた姿が、今またここに現出したのである。


「悪いが、酔っちまって、上手く加減出来ねえかもしれねえ」

「てめえええ!」


 ごろつきの1人が剣を振りかぶりゼラに立ち向かった。が、次の瞬間には彼の剣がぽきりと折れて畳に音立てて突き刺さるのであった。


「ひいぃい!」


 ごろつきは剣を手から離し後ずさりする。


「さて、皆に訊きたい事があるんだが」


 ゼラの声は威圧的に響く。


「おらの母ちゃんの事は訊いた。父ちゃんはどこだ?今のところ見てねえが。スカール一家の一員になったと聞いたんだがな」

「知らねえよ!」


 若ごろつきが叫んだ。彼は剣を抜けずに柄を握ったまま震えている。

 他のごろつき達は互いに目を合わせ、俯いた。

 それを鋭くゼラは見咎めた。


「やはり、知ってるな」


 そこそこ年のいった一家の男が渋々といった様子で口を開いた。


「ゼイの男は一家に入ったんだが、親分は奴を信用しなかった。奴も奴でいろいろ思うところがあったようだが、それで親分の指示で…」


 ゼラはじっと男を見つめた。その目は冷たく男を射抜いていた。


「こ、こんな風に酔わせたところを殺ったんだ!」

「そうか」


 ゼラの口調は静かだった。


「父ちゃんの名は何ていった?」

「なんだ知らねえのか。…ジッチて名前だった」

「手にかけたのは誰だ?」


 ごろつき達はしばし硬直したように黙りこくっていたが、静かに1人の男に皆が視線を向けた。

 それは、でっぷりと太った中年男だった。

 中年男はあわあわと口をさせ、泣きそうになりながら他の者達を見た。まるで助けを求めるかのように。


「そうか」


 ゼラの声はさらに低くなっていた。


「仕方なかったんだ!お、親分の命令でよぉ!」

「それは分かる」


 ゼラは中年男に迫っていった。

 中年男は後ずさりした。


「おらの父ちゃんはどうやって死んだ?最期はどうしてた?」


 ゼラは驚くべき事に口元に笑みを浮かべていた。


「うわああああああ!」


 中年男は絶叫して、剣を抜いた。


「おめえの親父はな!そりゃ潔かったぜ!大人しく死んでくれた!」


 もはや自暴自棄にもみえた。


「何て言って死んだ?」

「は?そんなの覚えてねえよ!何か言ってた気がしたがなあ!」


 中年男は野卑て応えるのだった。自身を鼓舞する為でもあったろうが、さらに笑い出した。


「おめえも死ね!」


 ゼラは溜息混じりに首を振った。


「やめろ。死にたくねえだろ」

「死ぬのはおめえだ!」


 中年男は狂気に支配されたかの如く顔を歪め絶叫した。


「向かってくれば、死ぬのはぬしだ」


 憤怒というよりは、ひたすらに冷たく事実を述べた風であった。

 中年男は叫びながらゼラに斬りかかった。

 次の瞬間、中年男は赤い一閃が煌めいたかと思うと床に音を立てて倒れ込んだ。ゼラは軽やかに剣をかわしていた。

 宴席の場は騒然となった。

 ごろつき達は次々と剣を抜き、ゼラを取り囲んだ。


「向かってくるなら殺す」


 ゼラは凄みを利かせて言った。


 スカール一家の屋敷から逃げ出す者達によって宴席の場の事件はすぐに広まった。

 見物人が集まってくる前に、ゼラは畳の上を這いずり回って逃げようとする情婦を冷たく睨み付けていた。


「ば、化け物!殺される!助けて!」

「眠り薬を飲ませようとした事は大目に見てやる。もし向かってくるなら命の保証はしねえ」


 情婦は悲鳴を上げて立ち上がり逃げ出した。

 ゼラは惨劇の最中でもいびきをかき眠りこけるスケ親分に歩み寄った。


「ぬしの手下達も女も、ぬしを置いて逃げちまったぞ」


 しゃがみこんでスケ親分の顔を眺める。

 この男が母親と敵対し、父親を殺した男。母の知り合いのヘイゾウを苦しめた男。

 だが、相手は眠っていた。

 ゼラはここで躊躇した。いくら仇とはいえ、眠っていて意識のない無抵抗の相手をどうこうするのは気が進まなかった。

 鼻を鳴らし、スケ親分をぎっと睨み付けてから、宴席の惨状を眺めた。あの中年男以外に後2人ゼラは殺していた。

 彼らの死体が、転がっている様に気が晴れるどころか沈んでいくのを感じたゼラは、これ以上ここにいたくなかった。

踵を返し、屋敷を裏口から出た。表では人々の騒ぎが、悲鳴が、どんどん多く大きくなっているのを背中で訊いていた。

このまま、この村を出よう。そう思ったゼラだが、屋敷から逃げがしたごろつき達の行き先については考えが及ばなかった。


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