王の妾
サーマを含めた新政府の兵士の一団がキサ村を訪れた翌日、ある事件が起きた。
兵隊長が村はずれの木陰に出来て間もないと思われる多数の土盛りを発見したのである。申し訳程度に墓石が立てられたそれを見とがめたのだ。
「こいは何か?」
「そ、それは……」
口ごもった村人に対して、当初は流行り病や飢饉の死者の墓かもしれないと思っていた兵隊長も語気を荒げた。
「こいは何か!?」
村人の1人が白状して、ヤイヅ側の少年兵の墓だと知った兵隊長は兵士を集めた。
さらに、その最後の生き残りが村で匿われているという事も発覚した。
兵士らは少年が伏せる家の前に立ち、住人に少年を差し出すように迫った。
兵士らの騒ぎを目にし、騒ぎにかけつけたのはサーマである。
「何をしちょりもす!?」
「ああ、サーマ殿」
兵隊長は首をくいっとして、サーマの視線を促した。
とある小さな萱葺きの家の前に兵士が立っている。
「どげんしもした?」
「敵を匿っちょりもした」
兵隊長の語気には怒りが滲んでいた。
サーマは兵士を尻目に家へ乗り込もうとすると、家の住人と思われる婦人が立ち塞がり、
「待ってくなんしょ。まだ年端もいかない子供でねえか」
サーマを非難するような目を向けた。
「こん村の者共は、敵を与しちょりもす」
兵隊長はサーマの後ろから吐き捨てるように言った。
「負傷した兵士を匿っていたからといって、そうは言い切れもはん」
サーマの言葉に兵隊長はみるみる顔を紅潮させ激高した。
「何ば言うちょるか!!」
「言葉通りでございもす。こん村の者はただ純粋に負傷した兵を憐れんで手を差し伸べただけ。決して我らに敵意は持っておりもはん」
「だが、敵を介抱した!」
兵隊長は婦人を指差した。
サーマは冷静だった。
「この村はヤイヅ領内でございもす。その藩兵が傷つき倒れているのを介抱するのも、墓を建ててやるのも、当然の事」
「我らは、国王陛下の軍なるぞ!ヤイヅ兵は逆賊の兵!」
「村の皆は我々を受け入れた。負傷した年端もいかぬ兵士の少年1人を介抱した、それの何がいかぬというのか…」
こうなったサーマは頑固そのものだった。兵隊長の目の前に立ち塞がり、睨み付けている。
「…陛下の妾だからといって……」
小声で囁くように呟いた後、顔を歪めてサーマを見つめ、踵を返して去っていった。
それに続くのは他の兵士らである。彼らもサーマに憎しみの目を向けながら去っていく。
婦人や他の村人らは唖然としてそれを見やった。
その時であった。
小屋の中から少年が起き上がり、剣を片手に立ち上がったのである。
「逆賊はカツマやチャルクだ!」
今や新政府軍の中核を為す2藩の名を吐き捨てた少年はさらに続けた。
「ネルアは僭主だ!」
その絶叫を兵士らが耳にしないはずもなく、すぐさま踵を返して怒気を漲らせた。
サーマは慌てて少年のもとに行き、少年がサーマを目の当たりにして面食らう1瞬の隙に剣を魔動の衝撃波ではたき落とし、剣を蹴り飛ばした。
「やはりな!」
兵隊長が勝ち誇った表情をサーマに向ける。
「こ奴はやはり賊だ。陛下を僭主とのたまった」
「僭主は僭主だ!」
少年はまた声を荒げた。しかし、うっと呻いて蹲ってしまう。傷が癒えていないのに無理したのだ。
「傷口が開いて…!」
婦人が慌てて駆け寄って、床に寝かし直す。
騒ぎに駆けつけたのはサーマだけではない。シルカやトマイも兵士らを尻目に中に入ってきた。
「お前、死にたくねえよ、おっかあに会いてえよ、って言ってたじゃねえか」
「そんな事申してはおらぬ!」
少年は床の中から激しい語気で否定した。
「おっかあ、などそんな言葉遣いはせぬ」
トマイは笑った。
「そうだったな」
シルカが駆け寄る。
「命を大事にしてくなんしょ。おら達は兵士さんがおっかあに会いてえ死にたくねえっつうから助けたんだ」
「だから…」
少年は次の語を繋げなかった。
急に身体を動かし、声を荒げ、さらには感情を高ぶらせたのだ。一気に疲労と傷がぶり返してきても不思議はなかった。
呻きながら、ぜえぜえと息を吐き、その場の者を皆心配がらせた。1人を除いては。
「いくら床にあろうとも、陛下に唾を吐いた行為は許され難し」
兵隊長は中に乗り込もうとした。
「これ以上近づけば、わたしは魔動を使わざるを得もはん!」
サーマの声は張り詰めていた。
「何を…新政府軍を裏切ると…?」
「裏切るは兵隊長殿の方こそでございもす」
サーマの口調は断定的であった。意図したものである事は明らかであった。
「我らの任は村の懐柔でございもす。もしこの少年に罰を与えるのならば、それを介抱した村人に罰を与えるのが筋。お咎めなしとは行きますまい。故にここの婦人、それに加担し少年を隠そうとした者への責も当然でございもす!そうでなくては道理が通りますまい!兵隊長殿も最初この婦人に罰を与えるつもりでございもしたな。同様に連座すべき者も大勢おることでしょうな。これでは懐柔とは呼べもはん」
兵隊長は明らかに気圧された様子であった。
「逆賊を介抱し、庇おうとした者も逆賊に他なりもはん。わたしの言いたい事は分かりもすな!?」
「お、おはん……」
兵隊長は喘ぐように口を開いた。
「わたしは、この少年を庇おうとしもした。しかし、少年は陛下を僭主呼ばわりし、それが許され難しと申されるなら、庇おうとしたわたしも許される訳には参りますまい」
サーマは床に正座した。
「兵隊長殿、ここで寛大さを示す事こそ、新政府にとっても兵隊長殿にとっても良きものと思いもす。それでもご自身が正しいと仰せならば、わたしはここで少年や村人と同様の罰に服す覚悟にございもす」
サーマはじっと兵隊長を見据えた。
「妾が……」
歯軋りして、肩をいからせながら去っていった。
「妾じゃなかが……」
ふうと息をついて苦笑したサーマは少年の側に寄った。
「カツマの者が何を言うても腹が立つだけかもしれんが、とりあえず今は寝る事」
優しく微笑んで、すっと立ち上がった。
トマイとシルカは立ちすくんでいたが、しばらくして軒下の石に座るサーマに近づいた。
日が傾き始めた頃である。
「驚いただ…」
シルカは感嘆したように笑って、横に座った。
「確かに驚いた。態は違うが、同じように頑固な奴を知ってる」
トマイはサーマの眼前に立った。
「ゼラの事、話す気になったとか?」
サーマはにこりとして言った。
「あれで話した事が全部だよ」
「それは残念でございもす…」
サーマは俯いた。
「ゼラは今どこにいるのやら、おら達にも分からねえ」
シルカは首を振った。
3人は暗黙の了解で、家の前を見張る事になった。いつまた兵が来るか分からぬし、少年が何かする恐れもあるのだ。
だが、いつまでも見張れる訳でもない。だが、今出来るのはそれくらいなのだ。
「ところで聞きたい事があるのだが」
ふと、トマイが呟くように言った。
「なじょして王の妾がここにいる?」
「おらも気になっとった」
シルカも身を乗り出して、戸惑うサーマと視線を合わせる。
「偉え人なんしょ?」
サーマは苦笑しながら、真正面を向いた。
「あえて否定せんのも、良かかもしれんと思う自分がいる」
そうして、その苦笑を不敵なものに変化させるのであった。