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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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カナリスの友

 サーマが兵士らに付き従ってキサ村を訪れたのは3月20日の事である。タイゴがゼラを目撃したのは山中においてだが、付近にはキサ村という村があり、そのキサ村に世話になっていたのがトマイとシルカの2人なのであった。

 トマイとシルカが新政府軍の呼び出しで村人全員と共に寺の講堂に集められたのはその夜であった。


「いったい何する気かねえ。今度からは自分達に従えって偉ぶるつもりなんだろうな」


 トマイが吐き捨てるのに、シルカは苦笑で応えるのであった。

 講堂にはかなりの人数が集まった。

 案の定、新政府軍の隊長が村人らの前に座り、これからは新政府軍の指揮下に入り、協力する事こそこの国の為だとくどくどと説いた。


「ヤイヅ藩やそれらに同する者共は逆賊である。この国が、民が、新たな時代に生きようとしているのに逆行しているのだ」

「新政府軍に協力すれば、暮らしはもっと良くなるだか?」


 村人の1人が声を上げた。


「当然である」


 隊長は居丈高に頷いた。髭を蓄えた恰幅のいい男である。

 だが、村人やトマイやシルカの視線は時折別の者へ向かっていた。居並ぶ新政府軍に混じって1人少女が場違いであるかのように空気を華やいでいた。

 あの少女は何者なのであろうか?新政府の偉いところの姫君が入り込んだのであろうか?それにしては服は珍妙な服を着ている。

 トマイには思うところがあった。ゼラの事をよく知っている彼は、その少女はただの姫君ではなく、法術師なのではなかろうかと考えた。

 そして、その少女が前に進み出た。

 口を開くと、鈴の鳴るような声が朗々と響いた。


「わたしは、カツマより参ったエルトン・サーマと申しもす。村の方々、良しなに頼みもす」


 だが、口調は訛っていた。

 サーマ!

 トマイとシルカには聞き覚えのある名であった。


「隊長殿が申されたように、我らに協力頂ければ幸いでございもす」


 サーマの言葉に、


「協力すれば、年貢は安くなるでござんしょ?」

「そっだ、お願えします!」

「この村も戦になっだか?」


 村人達が次々と口を開き、サーマに懇願を浴びせた。サーマという少女にはどこか、親しみやすさと柔らかな雰囲気があったのだ。

 しかし、サーマの応えは彼らの期待とは違っていた。


「断言は出来もはん」


 首を振るサーマ。


「ただ、これからのサパン国は、身分の差やクニの違いを越えて皆が政に参画出来るようになりもす。民百姓問わず、皆で政を良くしようちする国になるとでございもす。今は不幸にも争うておりもすが、こげんこつはいずれ終わり、自由と権利と太平の世が訪れもす!」


 誠実な口調であった。表情も意思の強さを感じさせた。

 トマイも頷かざるを得なかった。ゼラの言う通り立派な人物であると。ただ、ゼラも看破していたであろう、誠実さと傲慢さは紙一重である。


 その夜トマイとシルカが囲炉裏に当たっていると訪問者があった。供もつけず現れたのはサーマであった。


「1人で来たのか」


 トマイが言うと、サーマはぽかんとした様子で立ち尽くしたが、


「供など……」


 と苦笑した。


「夜分に申し訳ございもはんが、話をさせてたもんせ」


 と丁寧に言った。


「さあ、入らんしょ」


 シルカが進み出て、座るように促した。

 囲炉裏を挟んで、トマイはサーマを観察した。サーマはシルカと同様に正座をし、背筋をピンと伸ばし、育ちの良さを感じさせた。その瞳は澄んでおり、うっかり見とれてしまうくらいだった。ゼラも美しかったが、また違う美しさを感じさせる。ゼラのそれは生命力の発露であり、意思の鮮烈さであり、その赤髪も相まって時折神々しさすら感じさせた。だが、目の前の少女は金色の髪も顔立ちもどこか柔和さを感じさせた。しかし目はゼラとは違う力強さがある。

 横でシルカがちらちらと彼を見ているのにも気づかず、トマイは口を開いた。


「話とは?」

「単刀直入で言いもす。おはん達は最初3人でこの村にやって来たと聞きもした」


 トマイとシルカは目線を交わし合う。果たして、どこまで言うべきか。何か探りを入れてきているのは間違いない。


「その通りだが、そんな事聞いてどうするつもりだ?」


 トマイはサーマを睨みつけた。


「その者の名はゼラというのでは?」


 サーマは真剣な表情で言った。


「わたしにとってゼラはカナリスで得た友です。今どこにいるのでございもすか?」

「聞いてどうする?」


 サーマは両手をぐっと握りしめ俯いた。やはり何か事情があるとトマイはみた。


「実は……、わたしはとある命を受けこの村に参りもした。それはゼラの捜索です」


 居住まいを正して、サーマは言った。

 トマイとシルカは互いの顔を見合わせた。2人は何だかんだいって用心深さを武器に生き延びてきたのである。ゼラとはまた違う種類の無頼であった。ただ、サーマが正直に目的を話してくれた事に関しては、なかなか感心する思いだった。

 こういう事は嘘をついても何にもならない。

 だが、こちらがその誠意に応えてやる義理はない。


「知らねえな。その赤い髪の女とは知り合ってしばらく行動は供にしたが、奴はこの村を出て行ったよ」

「どこに?」


 サーマが身を乗り出した。


「さあ…、行先を告げずに行がったから」


 シルカが答えた。


「行く先でなくとも、何をする、という話は聞いておりもはんか?」

「そっだこと、何も」


 シルカは首を振った。

 完全に嘘ではない。本当は確信に至らぬまでも予想できる事はある。例えば、反新政府側に合流したり、新政府軍との戦いに加わっていたり、そうでなくとも新政府軍と戦う意思をゼラは示していた。2人は言葉を選びつつ、サーマの質問に答えた。


「そうでございもすか…」



 サーマは2人のもとを辞去し、自身は寺に戻る。1人与えられた部屋で行灯に火を灯して、その明かりに揺られつつじっと座り込んだ。

 あの2人は何か隠している気がしてならない。慎重に言葉を選んでいた節がある。しょっちゅう互いに目配せし合っていたし、相手への警戒の色を隠せてはいかなった。

 サーマも、トマイとシルカが気づかれても構わぬと考えていたとまでは気づき得ない。


(タイゴ殿はゼラをどうなさるおつもりなのか…)


 タイゴという人物の大器振りはつとに聞いており、もしかすると寛大な処置もあり得ると思わないでもないが、一方であのお方は冷酷な手段も辞さぬお方にも見える。サーマは思い悩んだ。

 カツマ藩士として、サパン国の王に派遣された者として、タイゴの命は受けなければならない。だが、それでは友に危害を加える事にはならないか?

 あの2人は行く先を知らぬと答えた時、どこかほっとする自分がいた。

 そも、命を遂行する事が正しい道なのか?友を売りたくはない。ゼラを見つけた見つけないに関わらず、タイゴには見つからなかったと嘘の報告をすべきか?

 何度も頭に浮かぶ考えと共にもたげてくる別の考えがあった。ゼラにとっては心外かもしれないが、新政府軍と戦い続けても最期は破滅が待つのみである。サーマにとっては確信に近い推察があった。

 やはり、ゼラはタイゴのもとへ連れて行くべきか。彼女の人となりを見れば、タイゴも彼女を認め、よくしてくれるかもしれない。いや、そうさせてみせる。ゼラ程の者が新時代からそっぽを向かれるなどあってはならない。


「頭の中が、ぐちゃぐちゃ……」


 サーマは苦笑した。


「ゼラ……」


 何にしても、カナリスの友に会うしかない。会って、それからでないと自分の考えがまとまらない気がしたし、ゼラの思いも聞いてみたかった。

 友として、再び語り合いたかった。


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