厄介
スカール家の屋敷の真ん前に傲然と1人の少女が立っていた。
そしてその言葉はさらに傲然であった。親分に合わせろというのである。
ごろつきはニヤニヤした。
「何訳分からなえ事言ってんだおめえ」
「いいから親分につなげ。ゼイの娘が来たと」
ゼラは尚も平然と言った。
「てめえ、舐めてんじゃねえぞ!」
ごろつきが手を伸ばすと、彼の身体は地面に組み敷かれていた。
「ぬしは使えねえな。他の奴に頼むとする」
ゼラは冷徹に言った。
そしてごろつきに手刀を加えようとしたその時、声がかかった。
「よしてやってくれ」
声の主は傲然と言った。背が高く痩せぎすの風貌だった。
「俺が親分に話してくる。誰の娘だって?」
「ゼイの娘だ」
ゼラはごろつきから手を放して言った。
男はニヤリと笑いながら踵を返して屋敷の奥に消えて行った。
ごろつきは、呻き悪態をつき、よろよろと起き上がった。
しばらくすると、騒々しく大勢の人間が玄関に集まり、その中央には目をかっと見開いた小太りの小男がいた。
「ゼイ……」
その小男は呟いた。
「親分、あんたの知り合いか?」
痩せぎすの男は腕組みをした。
親分と呼ばれた男は、口をあわあわさせて頷いた。
「ああそうともよ。にしても親子似るもんだなあ」
そしてゼラを手招きした。
「で、何の用だい」
「おらの母ちゃんと因縁浅からぬと聞いた」
ゼラは皮肉気に笑い、土間を上がった。
「ああそうともよ。おめえの母親とは良い関係を築いてた。共に村を守ろうってな。盗賊や山賊がこの辺出るんだよ」
親分は深刻そうに言った。
「でも、おめえ母ちゃんが流行り病で…とりあえず座りなよ」
ゼラが通された部屋は畳張りの広間で、彼女を取り囲むように大勢のごろつき達も座った。
「で、だよ。おめえ政府軍から追われてねえか?」
親分が身を乗り出した。
ゼラは即座に応えた。
「ああ。新政府軍がここまで来たか?」
親分は頷いた。
「赤髪の年頃15,6くらいの少女を探してると言ってたな。おめえ何かやらかしたか?」
彼は非常に親身そうな表情を浮かべ言った。
「大した事じゃねえよ」
「いや、大層な事だろうよ。奴ら殺気立ってたぜ。でもゼイの娘を売る訳にはいかねえよ」
親分は激しく首を振った。
「あんな偉そうな連中に与する気はねえ!」
「で、おらをどうするつもりだ?」
ゼラは神妙な表情を浮かべた。
「おめえはうちで匿う」
親分ははっきり言い切った。
「で、でも親分!」
「こいつ一家に喧嘩売ったんですぜ!」
ごろつき達は騒ぎ出した。
「黙らねえか!ゼイの娘ってなら、てめえらも分かるだろ!?」
親分の一喝に場はしいんとなった。
「すまねえ見苦しいところ見せちまって。とりあえずタムロに部屋案内させるからな?」
彼は満面の笑みを浮かべた。
「こっちでごぜえやす」
タムロは渋々といった様子でゼラを案内した。
部屋は殺風景といってもよく、非常に狭かった。
「入用があったら知らせて下せえ」
襖を閉めようとしながらタムロは縁側から顔を出して言った。
ゼラは頷いた。
「ところで聞きてえ事がある」
タムロの表情に怯えが浮かんだ。
「おらの父親の事を知ってるか?」
「え?そんなの知りませんよ!俺ぁ一家に入って数年だし…」
タムロは愛想笑いのようなのを浮かべ、声まで立てて笑ってそそくさと部屋を出て行った。
ゼラは部屋に1人残されると、注意深く周囲を観察した。
こちらを見張っている者はいないようだ。
「さて、しばらく厄介になるかな」
不敵な笑みを浮かべて、畳に仰臥するゼラである。
「いいんですか親分」
「いいんだよ」
スカール一家の親分スケは言い聞かせるように問いた。
「政府軍にも借りが出来るってもんだ。あの女の娘なんてどうなったって知ったこっちゃねえや」
スケ親分は暗い笑みを浮かべて、得心がいって喜びの表情を浮かべるごろつき達を見回した。
「だが、油断すんじゃねえぞ。こっちを信用しきったところを売っちまうという訳さ。それまでは仲良く仲良くな」
ごろつき達もニヤニヤと笑って、しばらくすると真剣な面持ちに変わった。
スケ親分も油断ない表情となって、また口を開いた。
「気取られるんじゃねえぞ。いざとなったら、ま、いざとなったらこのニメシの旦那にも働いて貰わねえとな」
ニメシと呼ばれた痩せぎすの男は笑った。
「相手にとって不足なし、と見た」
そして彼らは広間からぞろぞろと別れて行った。
タムロはそのままゼラのいる部屋へ向かった。
「何か入用はありますか?」
と障子の向こうから声をかける。
「そうだな、腹減った」
不躾な返答があった。
タムロは腹立ちを押し隠しながらも、
「分かりやした」
と応えるしかなかった。