母の墓
ゼラ達は山を分け入った。木々の間を抜け、岩を越え、辿り着いた先にぽつりとあった。
石が地面に直立し、花が供えてあった。
ゼラの母ゼイの墓であった。
「もう、俺くらいしか墓を守るもんはいねえ」
ヘイゾウは悲し気に言った。
ゼラは母の墓をまじまじと見た。
母も父も知らぬ身であった。物心ついた頃にはみなしごであった。自身の出自に思いを馳せる事もあった。時に陽光に鮮烈に輝くその赤髪に、自身の血筋が如何なるものであったかを考えた。が無駄であった。つい最近はイリダ・ナーブ王と同じ赤い髪と目を自分がしている事を知った。生まれ変わりなどとのたまう者もいたが……。ゼラは鼻で笑った。
おらはおらだ。親も知らず生きてきた。今更血筋なんてどうでもいい。
新政府に取って代わられたトトワ王朝。そのトトワ王朝に取って代わられたのがナーブ王の王朝であった。その血筋は絶えたとさすがにゼラも知っていたが。
その血筋が自分なのではないか、と案にナーブ王の名を口にした者達は匂わせた。胸の奥の部分で微かにざわつく声がある。
我ながら馬鹿な事を考えるものだ。胸の内でゼラは失笑した。
(そもそも、赤髪で目が青くなるなんて、他にもいるに決まっとる)
母は1人放浪していた。余程の事情があったのだろう。しかし、ヘイゾウには恐らく教えていないのだろう。そんな確証がゼラにはあった。
込み上げてくるものがあった。母への思慕だろうか?いや、そんな割り切った感情ではなかった。
ゼラは母の墓にどう向き合っていいか分からず、しばらくじっと見つめていた。
成程、周囲は草木が生え、寂しいとはいえよく整備されていた。花も供えられ、これまで大事にされてきたのが分かる。
「これまで墓を守ってくれて感謝しかねえ」
ゼラは丁寧に頭を下げた。心から出た感謝であった。
「気にすんねえ、俺がやりたくてやってんだ」
ヘイゾウは鼻を鳴らした。
ゼラは手を合わせた。
「いつかこんな日が来てくれると思ってはいたんだ。いたんだが、実のところあまり期待してなかった……」
ヘイゾウはしみじみと語り出した。
「俺が生きてる内に、現れてくれて嬉しいよ」
「そうか。おらも、まさかここが母ちゃんが眠ってる地なんて思わなかった。いや、親の事などほとんど考えなかった。考えたってしょうがねえと思ってた」
ゼラは立ち上がってヘイゾウを見た。
そして目を逸らした。
「捨てられたのだと思ってた」
ヘイゾウは涙ぐんで首を振った。
「捨てる訳ねえよ。あのゼイが、ゼイはお前を守ろうとしたんだ……でも、赤子1人これまでどうやって生きてきた?」
ゼラは苦笑した。
「生憎、いろいろと出会いはあるもんでね。おらは1人じゃあ無かった」
「そうか……」
ヘイゾウは鼻をかんで目を拭った。
「苦労したなあ……。何にも出来ねえでよお。俺ぁ墓を守るしか出来なかった」
「人間、出来る事は限られてる」
ゼラは言って、墓から離れ歩き出した。
「もういいのか」
ヘイゾウは驚いてゼラを見た。
「ああ」
ゼラはにっかりと笑った。
ヘイゾウはその笑顔に既視感があった。彼女の母のゼイも、そういう風に笑ったものだ。
「やっぱり親子だなあ」
しみじみと呟くと、ゼラは聞こえているのかいないのか、さらに続けた。
「おらの父親は?」
淡々とした口調で、何気ない様子であった。
ヘイゾウは答えに窮した。しかし、覚悟を決めて言葉を紡いだ。彼女を傷つけるのを躊躇したのである。
「おめえの親父はな、スカール一家のごろつきになっちまった。てめえの嫁の事なんか忘れてみてえによ。あいつはとんでもねえ屑だ!悪い事は言わねえ、そんな奴の事なんか忘れちまえ」
「忘れろ、と言われても覚えていねえんだよな」
ゼラは苦笑した。
「だからこそ会いに行く」
踵を返し歩き出す。
「お、おい待て!」
ヘイゾウは手を伸ばしついて行こうと足を進め始める。
「止めても無駄だぞ」
ゼラは背中を見せるだけであった。
「スカール一家に喧嘩でも売りにいくつもりか!」
その時、ゼラは振り返ったのであった。
爽やかさと不敵さを合わせた微笑みだった。そこに可憐で意思の強い少女の面影を見せているのだ。
「よく分かるな」
「死ぬつもりか!」
「もう、喧嘩は売ってる」
ゼラは次の瞬間、風塵のようにヘイゾウの眼前から姿を消した。
ヘイゾウはしばらくの間立ち尽くした。
スカール家の屋敷は高い塀に取り囲まれていた。かつては有力者か豪商の屋敷であったのだろうか、門も仰々しく備え付けられている。
ゼラはその門の前に仁王立ちし、しばらく様子を伺った。
「おい、何だてめえは」
1人のごろつきが歩み寄ってきて凄んだ。
「親分さんにゼイの娘が来た、と伝えてくれ」
そうしてゼラは例の不敵な笑みを浮かべるのだった。