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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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母の墓

 ゼラ達は山を分け入った。木々の間を抜け、岩を越え、辿り着いた先にぽつりとあった。

 石が地面に直立し、花が供えてあった。

 ゼラの母ゼイの墓であった。


「もう、俺くらいしか墓を守るもんはいねえ」


 ヘイゾウは悲し気に言った。

 ゼラは母の墓をまじまじと見た。

 母も父も知らぬ身であった。物心ついた頃にはみなしごであった。自身の出自に思いを馳せる事もあった。時に陽光に鮮烈に輝くその赤髪に、自身の血筋が如何なるものであったかを考えた。が無駄であった。つい最近はイリダ・ナーブ王と同じ赤い髪と目を自分がしている事を知った。生まれ変わりなどとのたまう者もいたが……。ゼラは鼻で笑った。

 おらはおらだ。親も知らず生きてきた。今更血筋なんてどうでもいい。

 新政府に取って代わられたトトワ王朝。そのトトワ王朝に取って代わられたのがナーブ王の王朝であった。その血筋は絶えたとさすがにゼラも知っていたが。

その血筋が自分なのではないか、と案にナーブ王の名を口にした者達は匂わせた。胸の奥の部分で微かにざわつく声がある。

 我ながら馬鹿な事を考えるものだ。胸の内でゼラは失笑した。


(そもそも、赤髪で目が青くなるなんて、他にもいるに決まっとる)


 母は1人放浪していた。余程の事情があったのだろう。しかし、ヘイゾウには恐らく教えていないのだろう。そんな確証がゼラにはあった。

込み上げてくるものがあった。母への思慕だろうか?いや、そんな割り切った感情ではなかった。

 ゼラは母の墓にどう向き合っていいか分からず、しばらくじっと見つめていた。

 成程、周囲は草木が生え、寂しいとはいえよく整備されていた。花も供えられ、これまで大事にされてきたのが分かる。


「これまで墓を守ってくれて感謝しかねえ」


 ゼラは丁寧に頭を下げた。心から出た感謝であった。


「気にすんねえ、俺がやりたくてやってんだ」


 ヘイゾウは鼻を鳴らした。

 ゼラは手を合わせた。


「いつかこんな日が来てくれると思ってはいたんだ。いたんだが、実のところあまり期待してなかった……」


 ヘイゾウはしみじみと語り出した。


「俺が生きてる内に、現れてくれて嬉しいよ」

「そうか。おらも、まさかここが母ちゃんが眠ってる地なんて思わなかった。いや、親の事などほとんど考えなかった。考えたってしょうがねえと思ってた」


 ゼラは立ち上がってヘイゾウを見た。

 そして目を逸らした。


「捨てられたのだと思ってた」


 ヘイゾウは涙ぐんで首を振った。


「捨てる訳ねえよ。あのゼイが、ゼイはお前を守ろうとしたんだ……でも、赤子1人これまでどうやって生きてきた?」


 ゼラは苦笑した。


「生憎、いろいろと出会いはあるもんでね。おらは1人じゃあ無かった」

「そうか……」


 ヘイゾウは鼻をかんで目を拭った。


「苦労したなあ……。何にも出来ねえでよお。俺ぁ墓を守るしか出来なかった」

「人間、出来る事は限られてる」


 ゼラは言って、墓から離れ歩き出した。


「もういいのか」


 ヘイゾウは驚いてゼラを見た。


「ああ」


 ゼラはにっかりと笑った。

 ヘイゾウはその笑顔に既視感があった。彼女の母のゼイも、そういう風に笑ったものだ。


「やっぱり親子だなあ」


 しみじみと呟くと、ゼラは聞こえているのかいないのか、さらに続けた。


「おらの父親は?」


 淡々とした口調で、何気ない様子であった。

 ヘイゾウは答えに窮した。しかし、覚悟を決めて言葉を紡いだ。彼女を傷つけるのを躊躇したのである。


「おめえの親父はな、スカール一家のごろつきになっちまった。てめえの嫁の事なんか忘れてみてえによ。あいつはとんでもねえ屑だ!悪い事は言わねえ、そんな奴の事なんか忘れちまえ」

「忘れろ、と言われても覚えていねえんだよな」


 ゼラは苦笑した。


「だからこそ会いに行く」


 踵を返し歩き出す。


「お、おい待て!」


 ヘイゾウは手を伸ばしついて行こうと足を進め始める。


「止めても無駄だぞ」


 ゼラは背中を見せるだけであった。


「スカール一家に喧嘩でも売りにいくつもりか!」


 その時、ゼラは振り返ったのであった。

 爽やかさと不敵さを合わせた微笑みだった。そこに可憐で意思の強い少女の面影を見せているのだ。


「よく分かるな」

「死ぬつもりか!」

「もう、喧嘩は売ってる」


 ゼラは次の瞬間、風塵のようにヘイゾウの眼前から姿を消した。

 ヘイゾウはしばらくの間立ち尽くした。



 スカール家の屋敷は高い塀に取り囲まれていた。かつては有力者か豪商の屋敷であったのだろうか、門も仰々しく備え付けられている。

 ゼラはその門の前に仁王立ちし、しばらく様子を伺った。


「おい、何だてめえは」


 1人のごろつきが歩み寄ってきて凄んだ。


「親分さんにゼイの娘が来た、と伝えてくれ」


 そうしてゼラは例の不敵な笑みを浮かべるのだった。


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