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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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ある老人

 その村は寂れ切っていた。人通りもない大通りに土煙が舞い、荒廃の匂いが漂っていた。

 ちょっとの間歩いてみても、誰とも出食わさない。

 風のひゅうという音が空しく響くのみである。

 誰もいないのか。

 もはや廃村なのか。

 いや、そういう訳でもないらしい。

 ゼラの視界の端に人影が写ったかと思うと、その人影はさっと隠れてしまった。


「おい、聞きてえ事がある」


 ゼラはその人影を追った。


「何だあ!」


 人影はくるっと振り返り苛立たし気に応じた。白ひげを蓄えた老人で、痩せ気味で粗末な服を着ていた。

 老人はゼラの顔を見た途端、口をあんぐりとさせ、慌てて戸を閉めて家の中に籠ってしまった。

 首を傾げるゼラだったが、明らかに自分の顔を見て驚いた様子の老人に興味が湧いた。

 戸の前に立って呼び掛ける。


「おおい、おおい」


 そうしていると、道の向こうから歩み寄ってくる別の老人が現れた。


「よせよせ、開けねえよ。代わりに話を聞いてやる」


 背の曲がった老人だったが、声は非常に快活であった。


「こんな村来て、何が目的だ」


 老人は言った。


「いやあ、この村を見知っているような気がして」


 ゼラは応えた。


「…やはりな」 


 老人が案内したのは飯屋であった。


「金はねえぞ」

「構わねえよ。俺はな、もしかすっとおめえの事を知っとるかもしれん」


 老人はゼラをじっと見つめながら言った。懐かしさを覚えているような目つきだった。


「名は何という」

「ゼラだ」

「……!」


 老人は息を飲み、ゆっくりと椅子に座って深く息をついた。


「そうか、ゼラか」 


 そうしてゼラを見る目は涙ぐんでいた。

 ゼラは戸惑ってしまう。


「俺の事は覚えてねえだろなあ……」


 老人の口調は寂しげだった。


「その赤髪を見て、もしやと思った」

「こんな赤髪を前にも見た事あんのか?」


 ゼラは自分のその鮮烈な赤髪を撫でた。


「ある」


 老人は言った。


「とりあえず、水でも飲め」


 背の曲がった老人は茶碗に入った水をゼラに差し出した。


「すまねえな」


 ゼラは一気に喉に流し込む。本当に喉が渇いていたのだ。

 老人は笑った。


「母親には似ても似つかねえな」


 独り言にも似た老人の言葉にゼラは思わず身を乗り出した。


「おらの親の事知ってんのか!?」

「腹減ってるだろ、何か作ってやる」


 老人は店の奥に入っていく。

 ゼラは居ても立ってもいられず、立ち上がって老人の後を追った。


「おい、教えてくれ!」


 老人は振り向いた。


「この村も変わっちまったよ。おめえの母親がいた頃とは大違えだ」

「おらの母の居場所知ってるのか?」


 老人はかまどの火をつけ、しばらく無言だった。ゼラは待った。


「……死んだよ。お前の母親はな」


 湯気の出た粥をゼラに手渡して言った。


「食いながら聞け」


 老人は椅子に座り直した。

 ゼラはとても口に運ぶ気になれず、じっと粥の入った碗を持っていた。


「この村はな、昔は平和そのものだった。だが奴らがやって来た」


 老人は吐き捨てるように言った。


「スカール一家だ。とんでもねえゴロツキ集団さ。おかげで村は逃げ出す連中でいっぱいで、すっかり寂れちまった。ついにはあいつら新政府軍にも媚を売ってるらしい」

「その、スカール一家ってのがおらの母親と関係があるのか?」

「ある」


 老人は頷いた。


「お前の父親もスカール一家に媚を打った野郎だ。お前の母親とお前を裏切って」


 ゼラはやっと一口運んだ。


「…聞こう」

「この村の奥に、一際大きな屋敷がある。そこがスカール一家の根城だ。もともと奴らは余所者だった。お前の母親が頑として入れようとしなかったが、お前の母親のゼイが病になって……」


 老人は目頭を押さえた。


「ゼイも、もともとは余所者だった。流れ者で気の良いおなごだった。別嬪でよ、燃えるような赤い髪をして……」

「1人流れてたのか」


 老人は頷いた。


「すっかり居ついちまって、ついにはとある男と懇ろになってな……。シゲゾエつう村の若い衆で、皆祝福してもんさ……」

「そんな時に、スカール一家ってのがやって来たのか」

「世が乱れてきてよ、そういう時ってのはゴロツキ共が元気になるってもんだ。当然スカール一家ってのも数増やしてこの村やって来た。それを追い返し続けてきたのがお前の母親のゼイだった」


 老人は思い出すように視線を宙に浮かべた。


「大勢の前に1人立ちはだかってよ…奇術みたいなもん使って追い返してた。皆頼りにしてたさ」


 老人の目は悲し気になった。


「流行り病だった。ゼイが寝込むと村のもんは皆スカール一家に怯えちまってな。引き入れちまった。ついにはゼイには味方がいなくなった。とうとう夫までゼイのもとを逃げ出した」

「力の無えもんは、生きる為に戦わねえ事を選ぶんだ」


 ゼラは断言した。


「そうは言ってもよ、旦那にまで逃げられたゼイの悲しみを思えばよう…。最後の頼みとして村のもんに娘を助けるよう頼んだんだ。そこで何人かで夜分にこっそり赤ん坊のお前を小舟で流したんだ。名前の分かるように木札も付けてな」


 ゼラの目は険しくなった。


「そうか、母ちゃんは死ぬ以外許されなかった。スカール一家は母ちゃんを生かしておく訳にはいかなかった訳だ」

「その通りだ。だが一家は殺す事は無かった。だが慈悲じゃねえよ。相手が殺すまでもなく死んでくれたってだけだ。お前の母ちゃんはその次の日に亡くなっちまった。墓は山奥にこっそり建てて、一家にバレねえようにした。だが、もう墓参りをするのも俺くらいになっちまった」


 老人は涙を流した。


「それからはもう、一家の天下さ。村のもんはゼイの言う通りに戦っていれば良かった。ゼイが元気なうちに結束して、ゼイだけに戦わせずによう……」

「よく話してくれた」


 ゼラは感謝の念を込めて言った。


「しかも、馳走にもなっちまって」

「いや、良いって事よ。夢も希望も無え暮らしに、またお前と会えたんだからな」

「そんなにおらと母ちゃんは似てねえか」


 ゼラの言葉に老人は頷いた。


「ゼイは淑やかな別嬪さんでよ、気丈でこそあるが、粗野じゃなかった」

「おらは粗野か」


 ゼラは笑った。


「見りゃ分かる」


 老人も笑った。


「だが、おらは国から派遣されて異国に留学した事がある。粗野とは程遠い御身分だ」

「ほら吹くんじゃねえ」


 2人はまた笑った。が、老人の家の中で笑い声がした事が癇に障った人物がいた事にすぐに気づかされた。


「何騒いでやがる!」


 如何にもごろつきの、ドスの入った声であった。

 ゼラはニヤリとし、不敵な様子を老人に向けた。

 次の瞬間、戸を開けた男の叫び声が、骨の軋む音と共に響き、男は道にうっ伏した。


「さて、じいさん。名前を訊いてなかったな。それと、墓参りをしたいんだが」


 平然と、ゼラは訊いた。


「俺はヘイゾウってんだ」


 ヘイゾウは驚愕の色を顔に浮かべながらきょろきょろと周囲を見回し応えた。


「えれえ事しやがる。さっさと行くぞ!」


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