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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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テノンの死

 ゼラは山道を行った。

 崖の下の様子に気付き、咄嗟に木陰に隠れる。

 崖の下の道に隊列を組んで進む隊があった。いや、隊と言うには多すぎる。これは軍勢であった。

 遥か先までその列は続き、大軍の威容を見せつけていた。旗はそれぞれバラバラで新政府軍は雄藩の連合軍である事を示していた。

 だが、結束は反新政府勢力など比較にならない。

 ゼラはずっと隊列を眺めていた。

 カラマツ城の方向に向かっている気がした。いや、間違いなくその方向であった。


(城は落ちたはずだが……)


 ゼラは解せない。

 いや、落ちたからこそ威容を見せつける腹なのではないか。ともゼラは考えた。

 城ではなく別の場所への攻撃の可能性も考えられる。

 開城か城が燃えたか、それは定かではないが、それに納得のいかぬヤイヅ兵達が蜂起したのではないか。

 実際のところ、城はまだ落ちていないのだから全ての憶測は外れていたといえる。


(もしかすっと落ちていないのかもな)。


 とりあえずカラマツ城近辺を見に行く事にした。

 兵に気付かれぬようにせねばならぬので、木陰に身を隠し、獣道を行った。

 枝を避け、木を避け、岩を飛び越え、猛烈な速さで駆けた。法力が使えるので足の裏で破裂させ促進に利用したり、枝や岩に引っ付かせたり、常人ではあり得ぬ動きであった。見る人によったら大きな猿が野犬や野猿のように森を縦横無尽に走り回っていると見たであろう。

 ゼラはかなりの解放感を味わっていた。法力が封じられ法術が使えなった期間、どれ程の我慢を強いられていた事か。

 思うままに身体が動く喜び、この高揚感は何物にも代え難いように感じた。


(風が気持ちいいなあ)


 封じられる以前より、調子が良いのではないか。とゼラは思うのだ。

 その日の夕方にはカラマツ城が間近に迫っていた。

 木の上から見ると、城の周囲を敵の大軍勢が取り囲んでいた。幾重にも陣を築き、旗がひしめき、大地は旗や兵で完全に覆い隠されていた。


(あれに更に援軍が来るのか……)


 魔動や法力の気配が大軍の内から伝わってくる。量自体がゼラも身震いするくらい膨大で、かつ色々な発生源の為、ゼラにはぐちゃぐちゃに感じられた。もっと集中すれば分けて察知がある程度までは可能だろうが……。

 勝てる訳がない。

 これ以上ないくらいの確信だった。

 その時、ゼラは身構えた。

 木の下の山道に人影が現れた。それは足を引きずっていて、よろよろと倒れ込んだ。

 ゼラはその正体に気付き、慌てて飛び降りて駆け寄った。


「テノン!」


 ヤイヅ藩法術指南役の彼は髪を振り乱し、血をべっとりと顔や服につけ、ぼろぼろの服を身に纏っていた。

 彼はゼラの声に目を開いた。


「おお、ゼラか……」


 テノンは力なく笑った。


「俺は無力だった……」

「おい、何も言うな」


 ゼラは周囲を見回した。


「お前は逃げろ」


 テノンは言った。


「ヤイヅの者として、我らの無念を……」


 彼の口から血が噴き出した。


「だから何も言うなって……」


 ゼラは首を振った。

 テノンの目がかっと見開き、そして手を空に伸ばして何かを掴もうとした。


「殿……!!」


 呻きのような声と共に彼は息絶えた。

 ゼラは瞼を閉じてやって溜息をついた。


「……済みもしたか」


 その声にゼラはばっと立ち上がった。

 目は空色に変貌し、赤髪は逆立ち始める。


「いや、まだだな。埋葬が済んでねえや」


 1人の男が、木々の間をゼラに歩き迫ってくる。


「おはん、その目と髪は……」


 声の主は立ち止った。恰幅が良く、大柄な男だった。軍服からして指揮官以上の地位の人物と思われた。

 しかしゼラはその男の見た目以上に、彼から放たれる法力に圧された。さっきから感じていたはずなのに、テノンの方に意識がいってしまったのか?


「おはん、只者じゃなかな」


 男はまた歩き出した。


「おいはカツマ藩のタイゴ・マカナルと申しもす。政府軍の指揮を任されておりもす」

「指揮官ともあろう者が、1人で歩いてていいのか?」


 ゼラは冷笑的に言った。


「この男が一騎打ちをと言うので、応えたまでの事」


 タイゴは淡々とした口調だった。ゆとりさすら感じさせた。それが逆にゼラに冷や汗をかかせた。

 ゼラはタイゴと相対した。


「その赤い髪、青の目、かつてのイリダ・ナーブ王と同じ。そいなら、油断はせん方がよかな」


 タイゴの周囲の空気が震え出した。法術を使っている訳でもなく、純然たる法力が流れ出ているだけである。ゼラの放つ法力とぶつかり、さらに震えは大きくなった。


(……!)


 ゼラは自分の腕が解け始めているのに気付いた。どろりと溶け、骨が丸見えになる両手!

 次は足までも……。

 しかし、ゼラは冷徹に眺めていた。空色の目が一際輝いたその時、ゼラの身体は何事もなく、全くの無傷だった。


「それはおらには効かねえ」


 ゼラの青目が鋭くタイゴを睨み付けた。


「大したもんじゃな。この男には効いたのだが……」


 タイゴは感心した様子で、ゼラの側に横たわるテノンをちらりと見た。


「そいなら、こいはどげんか?」


 タイゴの小刻みに巨体が揺れ始めた。

 一瞬後にはきいいんという耳障りな音が鳴り出す。


「おいおいおい」


 ゼラは苦笑いした。

 次の瞬間であった。

 タイゴを遠くに見つけ、兵士らが駆けよろうとしたその時、タイゴの身体は弾丸のように飛んだ。

 視認出来ぬ速さで飛び、森を穿った。数瞬遅れて、雷鳴の様な轟音が森全体を揺らした。


「タイゴさあ!」


 兵士らが何とか駆け寄ると、タイゴは周辺一帯を一直線に抉り、森を採掘場のごとく変えていた。

 身体中から煙を吐いて、タイゴは兵士達に応えた。


「こっちに来てはなりもはん」


 タイゴはまたもや構えた。足に力を込めると、地面に足が食い込んだ。耳障りな音が再び鳴り出す。

 空中には、2つの人影があった。ゼラがテノンを抱え飛び上がっていた。


「何だぁあれは!?何てえ威力だ!」


 ゼラは叫んだ。


「参ったなぁ!」


 再びタイゴが弾丸となって突っ込んでくる。いや砲弾といったほうが近いか。

 ゼラはテノンを抱えていないもう片方の腕を振り上げる。

 振り下ろした瞬間にタイゴの身体は弾かれた。

 と同時に衝撃波が発生した。

 下の兵士達にも直撃し、彼らは紙切れのように吹っ飛ばされた。悲鳴を上げる間も無かった。

 木々は薙ぎ倒され、轟音は後からやって来た。

 タイゴの身体は豪速で地面に叩きつけられた。

 ゼラは痺れる腕をじっと見て、タイゴが中に居るであろう土煙を伺った。

 法力はまだビンビンと感じる。弱まっていない。


「おい、勘弁してくれよ…」


 タイゴはすくっと立ち上がり、服の裾を掃っていた。


「大したもんでごわす。おはんやはり只者じゃなか」


 だが、タイゴのその言葉はゼラに届いたかは怪しい。

 土煙が収まってタイゴが見たのは、誰もいない空であった。


 

 ゼラは、逃げた。

 テノンの死体を抱えてひたすら逃げた。

 彼を抱えながらあんな化け物と戦うのは分が悪い。

 右手の感覚が無い。

 咄嗟に利き腕で防いでしまったが、逆の左手が良かったか、と考えて苦笑する。


(利き手が使えねえのは不便だな)


 ゼラはとある河原に辿り着いた。

 もう敵の気配はしない。奴、タイゴという大男の気配も遠ざかっていた。


(追って来ないのか)


 ほっとして、大きく息を吐くゼラ。

 ゼラのように探知能力のある法術師や魔動師の方が珍しいようである。恐らくタイゴという男にもあるまい。

 とりあえず、穴を掘った。法術は怖くて使えなかった。探知されぬよう念の為の用心であるが、用心というよりは恐怖が勝っていた。

 右手が震えている。

 土をかけて、それから手頃な岩を見つけて立てた。墓標は石で削る。

「ロイゴル・テノン」と名だけ彫った。

 これで義理は果たしただろう。というより義理なんてあったのだろうか?

 無理やり戦いに参加させられ、一度は殺されかけた。

 自分を正しいと信じて止まない男だった。

 ゼラはニカっと笑う。


「ま、安らかに眠ってくれ。ぬしらの無念を晴らすっつう頼みは聞けそうにない。でも恨まねえでくれ

よ」


 ゼラは歩いた。

 当てなど無かった。

 ただ、赤髪と空色の目の少女、というのは新政府軍の間で知られた存在になっているかもしれなかった。ゼラは散々刃向かった事を自覚していた。

 このまま終わりには出来ないだろう。新政府の世には自分の居場所は無いと思った方が良い。

 テノンを弔った事で、ヤイヅ藩との関わりも断たれた。もともと共に戦う理由など無かった。共通の敵がいただけだ。

 まだ、敵はいる。

 カラマツ城も今度こそ、落ちるのは時間の問題だろう。

 その翌日、ゼラはとある村に辿り着いた。そこは川の側にあって、寂れた村だった。

 後に村人に訊き、村の名はトネ村と知るのだが、ゼラはどこか見覚えがあった。

 山々の形も、道も匂いも、どこか思い起こされた。


(おら、ここを知ってるのか?)


 思わず立ち尽くしてしまった。


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