白龍隊
木々の間に年端もいかない少年たちが倒れていた。ある者は血塗れの刀を持ち、ある者は2人互い刺し合ったのか、並ぶように倒れていた。
ゼラ、シルカ、トマイの3人は愕然とした。
その数は数十人にも及び、広範囲に渡って倒れている。黒の軍服に白の鉢巻きが映えていた。
「……うう」
その中の1人から呻き声が聞こえた。
木の側に1人腹を刺して倒れこんでいる少年だった。
ゼラとトマイとシルカの3人は互いに顔を見合わせ、声の方向を向いた。
「何があった……!」
ゼラ達は駆け寄った。
少年は真っ青で血の気の失せた表情をして、呻いた。
「みなで、腹斬っただ……」
少年は弱々しい声で応えた。
「よし、もういい。口開くな」
ゼラは言った。
「城が燃えてるって言うんで、みな腹斬りだして…」
少年は息も絶え絶えであった。
「もう何も言うな…」
ゼラは首を振った。
「し、死にたくねえ…母上ぇ…」
少年は涙を一筋流した。
「早く血を止めねえと」
トマイが言った。
「ああ」
ゼラは少年の刀を持ち、刃先に手をかざした。すると刀身がみるみる赤くなった。
そして血の溢れる傷口に当てる。
じゅっという音と共に、少年の悲鳴が響いた。
「シルカ、頼む」
ゼラは立ち上がった。
「他にも生き残りはいねえか!」
シルカは少年の白い鉢巻きを腹部に巻く。
「俺は誰か呼んでくる!」
トマイは道に降りて走っていった。
ゼラは声をかけたり、時折触ってみたりして、見回ったがほとんどがもう息絶えていた…。
生き残りはその少年だけと思われた。
「本当に生きてる奴はいねえのか」
ゼラは何度も確認したが、冷たくなり始めている者ばかりであった。
「ゼラ……」
シルカが少年を介抱しながら、心配そうに言う。
ゼラの様子は悲痛そのものであったからだ。焦慮と悔しさが入り混じったゼラの顔は歪んでいた。
「城が燃えたって…?なら、あの煙は城から…」
ゼラが呟く。
その言葉にシルカは俯いた。
彼らはヤイヅ藩にもカラマツ城にもそこまでの思い入れはないが、実際そう耳にすると暗く沈む思いであった。
この少年たちは、城が燃えたという事実に死を選んだのだ。
ゼラ達も燃えたのだと思った。だが事実のところこの日、新サパン暦2年の3月8日にはカラマツ城は落ちていない。
何かの煙を城が燃えたのだと勘違いしたのであった。
「…城が……」
シルカが弱々しく言った。
「そっだごと……信じたくねえ」
ゼラは顔をしかめた。
するとそこに、トマイの叫び声が聞こえた。
「おおい、村のもんを呼んで来たぞ!」
村人10人ばかりが、トマイの後をついて来ていた。
彼らは一斉に少年たちの介抱を始めた。
ゼラ達は自然とその場を離れ、じっと見守っていた。
「いつでも逃げられるように」
ゼラが小声で囁いた。
村人達はさらに人数を増やして、少年達を板や荷車に乗せて運んで行った。
「旅の人」
恰幅のいい中年女性が近寄ってきた。
「村に来らんしょ。これも何かの縁、もてなしくらいは……」
「いや、おら達が居ては迷惑だろう。徒でさえこの人数を運んだのに」
ゼラはきっぱりと断った。
女性は残念そうに3人のもとを離れて行った。
「ゼラ…」
トマイが言った。
「断る事はねえじゃねえのか?」
「城が燃えたという話、それにおらが見た敵の大軍。ここら辺に留まっておくのは危険だ」
「だげんじょ」
シルカが声を上げた。
「せめて見届けてから」
トマイがゼラを見る。
「そうだな」
ゼラは頷いた。
結局、少年1人以外生き残りはいなかった。
ゼラ達は村人達と埋葬を行った。
「こんな年端もいかねえ子供達が…むずせぇもんだなあ」
むずせえとは惨いとも言う。村人達は少年達を憐んだ。
その流れで1晩お世話になり、それどころか翌日まで宿を得た。
少年達の埋葬も終わり、墓も立て、ゼラ達は村を出る事になった。
「ここにいてくなんしょ」
お世話になった家の女性であるアロが言った。
「まだ戦が終わってねえ。村に居れば…」
後に、白龍隊の悲劇として伝えられるが、ゼラ達は隊の名前など知らずに生涯を終えたであろう。生き残りの少年は長い間頑なに口を閉ざしたからである。唯一1人生き残ってしまった自身を恥じた彼は、晩年になって助けてくれた赤髪の少女と2人の少年少女に感謝の言葉を残している。
ゼラ達は急いで村を後にする事にした
相も変わらず行く当ての無い逃避行である。
「城が落ちたのなら、ヤイヅでの戦いは終わる」
ゼラは言った。
「新政府の連中が、我が物顔で闊歩するのは見たくねえ」
「お前の言う通りだ」
トマイは頷いた。
「だがな」
ゼラは続けた。
「おらに無理してついて来ることはねえぞ」
「なじょしてだ!?」
シルカが目を丸くして言った。
「ぬしらはここに居た方がいいかもしれねえ。アロさんも居てくれっつってるしな」
「ゼラ」
トマイとシルカは戸惑いを隠せない。
「今更何言うだ」
「お前、1人でどこへ行く」
「さてな」
ゼラは応えた。そして笑った。
「おらはこの通り赤毛だから目立っちまう。迷惑はかけたくねえしな。だがぬしらは違う。戦も終わるんだ。いつまでも逃げ回ってちゃいけねえ」
「お前1人は逃げるのか」
「そうだ」
ゼラは頷いた。
「おらはもう少し戦ってみようと思う。ただ、世の中が戦わねえというなら、おらも諦める。だげんじょ、恐らくそうではねえ」
ゼラの目が鋭く光った。
2人は愕然とした。
トマイもシルカもゼラと気持ちを同じくしていたつもりであった。だが違ったのだ。
理屈を越えていた。ゼラが赤髪の自分が目立つ為に追っ手が来て2人や村人に迷惑をかける、という理屈は分かる。だが本当のところは、ゼラ自身が新政府軍との戦いを望んでいるのだと2人は確信した。
ゼラとの間に横たわる溝は想像以上に大きく深い。
トマイとシルカは互いに目線を交わした。
「分かったゼラ。お前の言う通りにしよう」
「ゼラ、身体を労わって」
2人は万感の思いをその言葉に託した。
「ああ」
ゼラはニカっと笑った。
「シルカ、いろいろ世話になった。ぬしの看病のおかげでおらは元気になった」
シルカは涙ぐんでいた。
「トマイ、お前は思ってたより頼りになる男だな」
「何言ってんだ」
トマイは笑った。
「またな」
くるりと身体を返して峠へ向かう道を歩き去っていく。
トマイとシルカの2人はゼラの姿が見えなくなるまで、じっと見送っていた。