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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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白龍隊

 木々の間に年端もいかない少年たちが倒れていた。ある者は血塗れの刀を持ち、ある者は2人互い刺し合ったのか、並ぶように倒れていた。

 ゼラ、シルカ、トマイの3人は愕然とした。

 その数は数十人にも及び、広範囲に渡って倒れている。黒の軍服に白の鉢巻きが映えていた。


「……うう」


 その中の1人から呻き声が聞こえた。

 木の側に1人腹を刺して倒れこんでいる少年だった。

 ゼラとトマイとシルカの3人は互いに顔を見合わせ、声の方向を向いた。


「何があった……!」


 ゼラ達は駆け寄った。

 少年は真っ青で血の気の失せた表情をして、呻いた。


「みなで、腹斬っただ……」


 少年は弱々しい声で応えた。


「よし、もういい。口開くな」


 ゼラは言った。


「城が燃えてるって言うんで、みな腹斬りだして…」


 少年は息も絶え絶えであった。


「もう何も言うな…」


 ゼラは首を振った。


「し、死にたくねえ…母上ぇ…」


 少年は涙を一筋流した。


「早く血を止めねえと」


 トマイが言った。


「ああ」


 ゼラは少年の刀を持ち、刃先に手をかざした。すると刀身がみるみる赤くなった。

 そして血の溢れる傷口に当てる。

 じゅっという音と共に、少年の悲鳴が響いた。


「シルカ、頼む」


 ゼラは立ち上がった。


「他にも生き残りはいねえか!」


 シルカは少年の白い鉢巻きを腹部に巻く。


「俺は誰か呼んでくる!」


 トマイは道に降りて走っていった。

 ゼラは声をかけたり、時折触ってみたりして、見回ったがほとんどがもう息絶えていた…。

 生き残りはその少年だけと思われた。


「本当に生きてる奴はいねえのか」


 ゼラは何度も確認したが、冷たくなり始めている者ばかりであった。


「ゼラ……」


 シルカが少年を介抱しながら、心配そうに言う。

 ゼラの様子は悲痛そのものであったからだ。焦慮と悔しさが入り混じったゼラの顔は歪んでいた。


「城が燃えたって…?なら、あの煙は城から…」


 ゼラが呟く。

 その言葉にシルカは俯いた。

 彼らはヤイヅ藩にもカラマツ城にもそこまでの思い入れはないが、実際そう耳にすると暗く沈む思いであった。

 この少年たちは、城が燃えたという事実に死を選んだのだ。

 ゼラ達も燃えたのだと思った。だが事実のところこの日、新サパン暦2年の3月8日にはカラマツ城は落ちていない。

 何かの煙を城が燃えたのだと勘違いしたのであった。


「…城が……」


 シルカが弱々しく言った。


「そっだごと……信じたくねえ」


 ゼラは顔をしかめた。

 するとそこに、トマイの叫び声が聞こえた。


「おおい、村のもんを呼んで来たぞ!」


 村人10人ばかりが、トマイの後をついて来ていた。

 彼らは一斉に少年たちの介抱を始めた。

 ゼラ達は自然とその場を離れ、じっと見守っていた。


「いつでも逃げられるように」


 ゼラが小声で囁いた。

 村人達はさらに人数を増やして、少年達を板や荷車に乗せて運んで行った。


「旅の人」


 恰幅のいい中年女性が近寄ってきた。


「村に来らんしょ。これも何かの縁、もてなしくらいは……」

「いや、おら達が居ては迷惑だろう。徒でさえこの人数を運んだのに」


 ゼラはきっぱりと断った。

 女性は残念そうに3人のもとを離れて行った。


「ゼラ…」


 トマイが言った。


「断る事はねえじゃねえのか?」

「城が燃えたという話、それにおらが見た敵の大軍。ここら辺に留まっておくのは危険だ」

「だげんじょ」


 シルカが声を上げた。


「せめて見届けてから」


 トマイがゼラを見る。


「そうだな」 

 ゼラは頷いた。

 結局、少年1人以外生き残りはいなかった。

 ゼラ達は村人達と埋葬を行った。


「こんな年端もいかねえ子供達が…むずせぇもんだなあ」


 むずせえとは惨いとも言う。村人達は少年達を憐んだ。

 その流れで1晩お世話になり、それどころか翌日まで宿を得た。

 少年達の埋葬も終わり、墓も立て、ゼラ達は村を出る事になった。


「ここにいてくなんしょ」


 お世話になった家の女性であるアロが言った。


「まだ戦が終わってねえ。村に居れば…」


 後に、白龍隊の悲劇として伝えられるが、ゼラ達は隊の名前など知らずに生涯を終えたであろう。生き残りの少年は長い間頑なに口を閉ざしたからである。唯一1人生き残ってしまった自身を恥じた彼は、晩年になって助けてくれた赤髪の少女と2人の少年少女に感謝の言葉を残している。

 ゼラ達は急いで村を後にする事にした

 相も変わらず行く当ての無い逃避行である。


「城が落ちたのなら、ヤイヅでの戦いは終わる」


 ゼラは言った。


「新政府の連中が、我が物顔で闊歩するのは見たくねえ」

「お前の言う通りだ」


 トマイは頷いた。


「だがな」


 ゼラは続けた。


「おらに無理してついて来ることはねえぞ」

「なじょしてだ!?」


 シルカが目を丸くして言った。


「ぬしらはここに居た方がいいかもしれねえ。アロさんも居てくれっつってるしな」

「ゼラ」


 トマイとシルカは戸惑いを隠せない。


「今更何言うだ」

「お前、1人でどこへ行く」

「さてな」


 ゼラは応えた。そして笑った。


「おらはこの通り赤毛だから目立っちまう。迷惑はかけたくねえしな。だがぬしらは違う。戦も終わるんだ。いつまでも逃げ回ってちゃいけねえ」

「お前1人は逃げるのか」

「そうだ」


 ゼラは頷いた。


「おらはもう少し戦ってみようと思う。ただ、世の中が戦わねえというなら、おらも諦める。だげんじょ、恐らくそうではねえ」


 ゼラの目が鋭く光った。

 2人は愕然とした。

 トマイもシルカもゼラと気持ちを同じくしていたつもりであった。だが違ったのだ。

 理屈を越えていた。ゼラが赤髪の自分が目立つ為に追っ手が来て2人や村人に迷惑をかける、という理屈は分かる。だが本当のところは、ゼラ自身が新政府軍との戦いを望んでいるのだと2人は確信した。

 ゼラとの間に横たわる溝は想像以上に大きく深い。

 トマイとシルカは互いに目線を交わした。


「分かったゼラ。お前の言う通りにしよう」

「ゼラ、身体を労わって」


 2人は万感の思いをその言葉に託した。


「ああ」


 ゼラはニカっと笑った。


「シルカ、いろいろ世話になった。ぬしの看病のおかげでおらは元気になった」


 シルカは涙ぐんでいた。


「トマイ、お前は思ってたより頼りになる男だな」

「何言ってんだ」


 トマイは笑った。


「またな」


 くるりと身体を返して峠へ向かう道を歩き去っていく。

 トマイとシルカの2人はゼラの姿が見えなくなるまで、じっと見送っていた。


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