留学
ゼラは身寄りもなく、各地を転々としてきた。それが、法術方の奉行シンエイに拾われて運命が変わった。
彼女は、生まれついて法術の才を見せたらしい。らしい、というのはゼラにはその記憶がなく、物心がつくと1人だったからである。他の身寄りの無い子供達と組んだり、1人さまよったりして何とか生き延びてきた。この「ゼラ」という名も、誰がつけてくれたのか分からない。
シンエイの握り飯を盗んでこっそり食べていると、シンエイが路地裏にまで探しに来たのだ。
「お主、よくワシの法結界を破って……」
とにっこり笑うのだ。
ゼラにはさっぱりだった。彼女は、自然と色々な法術を使えたので、結界破りも余技に過ぎなかった。たまに使う「盗みの技」に以外の何物でもなかった。
シンエイに連れられ、法術方で修行を積み、いい暮らしをさせて貰えた恩は絶対に忘れまい、と誓っている。
そんなある日、シンエイに呼ばれたのだ。
彼は執務室で書物を整理していた。
「何でございやしょう」
シンエイは微笑んだ。
「お主、異国は興味あるか?」
ゼラは首を傾げるしかない。
「どういう事で……?」
「宮中は此度、カナリス国への使節と留学生を募集している。ワシはお主を推薦しようと思っている。いや、既にした!」
「え、カナリス?」
「そうだ。これからの時代、異国から学ぶ必要がある。リュカも行くのだぞ。お前もついていきなさい」
「なじょして、おらですか!?」
「お前は師の期待を無下にするのか?」
「い、いいえ」
「なら、大人しく行って来い!」
シンエイは豪快に笑うのだった。
「へ、へい」
ゼラは頷くしかなかった。
こんな形で、ゼラは己の運命を受け入れたのであった。
一方、サーマはカツマの法術師のエルトン家という家系に生まれた。彼女は幼い頃から才能を見せた事もあり、此度のカナリス国留学の話が持ち上がった時、エルトン家から1人だけ選ばれたのだった。
「父上、母上」
サーマは両親の前で改まって報告した。
「カナリスに行く事になりました」
父は笑った。
「知っておる」
「父上にまず話があったのですよ」
母が言った。
「つまり、父上は知っておられたとですか!?」
サーマは驚いて父を見る。
「そうじゃ、おはんは可愛い娘じゃからの。だがこれからは、世界を見んといかんとじゃ」
優しく微笑む。
「ああ!」
母が叫んだ。
「なんじゃうるさいの」
「何がうるさいですか、声を上げるも当然ですよ。ドラタさんに話は通しましたか?」
「通しとる」
煩わしそうに返答する父。
「じゃあ、タロさんには?サーマ自身が言わにゃならんでしょうが」
「そうじゃった……」
サーマの家はカツマ藩の中では開明的といえ、女でありながら法術等の教育をサーマが受けられたのも両親の考えが大きかった。
サーマは唖然とし、「言って参ります!」
と飛び出していった。
ドラタさん家のタロとは、サーマの許婚であった。
幼い頃から仲良しで、許婚となってからも、あまり変わらず接してきたつもりだ。
だが、向こうの方が何かと避けるようになっていたが。
「カナリスに行く事になりました」
「そうですか」
タロはそう応えただけであった。
そして気恥ずかしそうに。
「頑張れ」と言った。
「頑張る」
サーマは微笑んだ。
「必ず、学んできた事を生かして見せる」
しばらく談笑して、それで別れた。
実感が持てなかったが、家に帰って布団にくるまった時、むしょうに涙がこぼれてきた。
不安でしょうがなかった……。
時は移って867年、ゼラはサーマに待ち合わせをしようと出かけた際、郵便から手紙を受け取るサーマを見た。
顔を綻ばせ、手紙の入った封筒をじっと見つめる彼女に声を掛ける。
「ぬし、元気そうだ」
サーマは顔を赤くして、慌てて封筒を懐に隠した。
「な、なんじゃおはんか……」
サーマは苦笑いをして見せた。
ゼラの方はニヤニヤと笑う。
「誰からなんて言わんでいい。おらは気にしねえ」
「さ、そんな事より早う行きもんそ」
サーマは小走りで先へ進んでいった。
片や異国に来て日が浅い少女と、片や3年の月日を異国で過ごしている少女、2人はトトワ王朝とカツマ藩という敵対関係を意識させない程、その友情を育んでいった。