下山
新サパン暦2年2月も終わりになると、ゼラは起き上がり随分元気になった。
「すまねえな迷惑かけちまって」
ここ最近のゼラはそればかり言った。
「気にしねえでくれよ」
トマイが言った。
彼ら3人の食事にはほとほと困った。外はしょっちゅう吹雪になり、人里にも降りられない為、冬眠中の兎や、芋、魚などを人目を避けて採る必要があった。
「こういう時、俺らの経験がものを言うな」
トマイは笑った。
「ああ」
無宿で子供時代を過ごした2人にしか分からぬものがある。
ゼラも歩けるようになり、法術で手伝ったりした。
その回復力は驚くべきもので、トマイとシルカの2人を驚愕させた。
「いや、ぬしらの看病のおかげだ」
ゼラはにっかりと笑って。串にささったウグイを頬張った。
「ハヤ食えてよかった」
「本当だあ。おいしい」
シルカも嬉しそうに口に運ぶ。
香ばしくも温かいその身は、軽くほぐれた。
「知っとるか」
ゼラが声を低くした。
「ハヤは、別のとこでは別の呼び方するらしい」
「そっだごと、信じらんねえ」
シルカが笑う。
「本当だ。同じサパンでも、まったく分からねえ言葉話す連中がいる」
「田舎者だな」
トマイは頷いた。
「そうだ、あいつこそ田舎もんだ」
ゼラも頷く。
「あいつって?」
2人が訊いてくる。
「聞いて驚くな、おらにはカツマの知り合いがいる。そいつの訛りといったら、時々何言ってるか分からねえくらいだ」
そうして豪快に口角を上げるのだ。
自分達を棚に上げての会話を、彼らは自覚しつつも楽しんだ。
「カツマの……」
トマイとシルカの2人は神妙に呟いた。
これまで戦い続けて、今も隠れ住んでいるのは、カツマを含めた新政府を相手にしてだ。
「そいつを頼るってのは?」
トマイが身を乗り出した。
ゼラは首を振った。
「あいつにも、あいつの事情がある。それに助けを乞われたら断れない性分なんだ」
「でもよお、命あっての物種じゃねえか」
「それはそうだ」
ゼラは頷いた。
外の吹雪はもう止んでいた。
「暖かくなったら、ここを出よう」
ゼラは言った。
「ゼラ、俺達と一緒に来るか」
トマイが真剣な表情で言った。
「いや、別れた方がいい。おらと一緒にはいない方がいい」」
「何言うだ!?」
シルカが身を乗り出す。悲し気な表情だ。
ゼラは微笑んだ。
「夫婦水入らずの生活を邪魔しちゃ悪い」
その言葉に、トマイもシルカも顔を赤らめて俯くのだった。
「ゼラ」
トマイが顔を上げる。
「俺達と仕事をしないか」
「仕事っつうのは、例の義賊ごっこか」
「そんなもんだ。新政府の連中から奪ってやるんだ」
トマイの口調は強かった。
「あまり、無茶はすんな」
止めないゼラであった。だがこれだけは言わねばと思ったのであろう。
「ぬしにはシルカがおる。まっとうに生きた方がいい」
「まっとうて何だ」
トマイは顔をしかめた。
「まっとうってのは、シルカに迷惑かけねえ生き方だ」
ゼラは即答し、ニカっと笑った。
どうもこの笑みには周りの人間を朗らかにする効果があるようで、トマイとシルカも思わず微笑んだ。
「分かったよ」
3月に入ると、3人は山を降りようと画策した。周囲を見て回り、木や山の上から見回した。
遠くで煙が上がっているのが見えた。
「何か分かったか?」
トマイが叫ぶ。ゼラは飛び降りて答えた。
「燃えてるな。何かは分からねえが」
「街か?」
「城かもしれねえ。とにかくここからじゃ見えねえ」
シルカは不安そうに2人のやり取りを見守っていた。
「兵の姿は見えねえな。旗もねえし、音も聞こえねえ。思ったより人里離れたところ来ちまった」
「でも、ここに小屋があるっつうのは、人がいるからでねえか?」
シルカの言葉に2人は頷く。
「もう使われてないだけかもしれねえ。だが、暖かくなったらここに人が戻ってくるかも」
ゼラの言葉にトマイは頷いた。
「とにかく、ここは出よう」
3人はその日の内に荷物を纏めて、山を降り始めた。
まだ雪は残り、山肌は白い。
その日は洞穴で夜を明かした。
逃亡中に見つけ、目星をつけていたのである。
度々木の上に登って、様子を伺った。
が、3月に入って数日が過ぎた頃、ゼラが隊列を見た。
慌てて木陰に隠れ、隙を見て2人のもとに戻った。
「新政府軍だ!」
ゼラの言葉に2人は真剣な表情になった。
ゼラが見た隊列は大砲も備え、数も多い。只事ではないように思われる。
「援軍と見た。まだ城は落ちてねえようだ」
「カラマツの城は大きいもんな」
トマイは言った。
率直な言葉である。
「恐らく、法術や魔動の濫発で、えれえ惨状になっているだろうな」
ゼラの口調は重々しい。
「そんな、カラマツにいる人達は、どうなってしまうだ?」
シルカは俯いた。
「藩士じゃねえ人達は逃げてくれればいいが、藩士ってのは忠義ってのがあるから、ヤイヅ藩主のモウタイ・ケタンの為に、城の為に、命を懸けるだろうな」
ゼラはヤイヅ出身だが、その藩主を呼び捨てにした。藩士でもなく、百姓町人でも無く、無頼時代のゼラが顔を覗かせていた。
しばらく歩くと、3人は違和感に気付いた。
彼らの目の前の盛り上がった丘の上に森がある。その中に何かが倒れているのだ。すぐに人だと分かった。それも何人もである。
走った。
近づくとだんだんはっきり見えてきた。服装もである。黒っぽい軍服であった。どことなくヨウロ式の軍服に似ているとゼラは気づいた。
さらに近づくと、彼らは大人というには背丈が小さかった。
「子供だ!」
ゼラは叫んだ。
「無事か!?」
3人は声を荒げ、彼らに駆け寄った。戦いには加わるまいとしていたはずであった。兵や戦が近いかもしれぬのに。
彼らはゼラ達と同年代か年下に思われた。彼らは血塗れであった。
傍には刀が落ちていた。