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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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カツマを発つ

 サーマは王女の間に戻って、侍女らに駆け寄られたが、がっくりとしていた。


「どうしたのじゃ?」


 侍女らが心配そうに言う。

 当初の頃とは打って変わって、親しく接する侍女達である。


「いえ……」


 サーマは元気なく微笑んだ。


「分かっておる」


 ミラナ王女はニヤリとした。


「陛下の御不興を買ったからであろう」

「はい……」


 サーマはスカートをぎゅっと掴んだ。

 スカートを履いているのはサーマだけである。他の者はサパン服を纏っていた。王女もサーマが用意したヨウロ服は普段着ようとしない。


「サーマ……」


 エルリが俯く。


「もう済んだ事だ。父上をそこまで見くびる事はない。勘気によってサーマやその家族に害を為すような事はせぬよ」

「そうではございましょうが……」


 サーマがぽつりと呟くように言った。


「陛下は寛大なお方であるとは思います。それに関しては信じております」

「では、何だ?」


 王女は首を傾げた。


「陛下のお怒りを被ったという事実が重要なのでございます。周りの者や、陛下に阿る者にとっては、わたし……いえわたしの家族にどう接するか…。父上や母上に害が無ければよいと思うのですが……」


 サーマは沈んだ面持ちであった。

 王女は困った様子で、唸った。


「お主は信念を持ってやったのだろう?まさかその危うさを分からずに突っ走ったとでも言うつもりか?」


 王女の目は鋭く光った。だが、どこか優しさを感じる目であった。


「いえ……」


 サーマは首を振った。


「危うさを自覚しつつも、せずにはおれなかったのでございもす」


 王女は頷いた。


「なら、お主は自身を信じる事だ。少なくとも陛下の御心を波立たせたのはサーマなのだ。それが吉とでるかは分からぬが。今日はもう休め」


 そう微笑んでサーマの肩をとんと叩いた。

 サーマは深々と頭を下げて王女のもとを辞去した。


 新サパン暦2年2月15日の事である。王都アカドの新政府から、カツマのネルア王に対してヤイヅ討伐の総大将の要請が届いた。これはひとつにはヤイヅ藩との戦いがもはや佳境であるとの判断もある。ただカラマツ城は未だ落ちていない。

 いわば新政府が和解を示したのである。


「実権は渡さぬ癖によく言う」


 ネルア王は鼻で笑った。


「では、拒否なさるので?」


 タヤキの言葉にネルアは首を振った。


「それでは……!」


 国王は書状をぽいと放り投げた。

 真顔になった。


「ここで意固地になっても仕方ないであろう」


 その口調は冷気をはらんでいた。


「このままではどうにもならぬ。新政府はヤイヅ藩を含めた反新政府勢力を降し続けていく。わしに賛同する者はおらぬ」

「陛下……」

「禅譲を受けたはずが、いや受けたからこそ、わしには信望が無いのだ……」


 痛切な吐露であった。


「へ、陛下、このタヤキは陛下が間違っておられたとは思いませぬ」


 とタヤキ。


「禅譲とは天の意思そのもの。この国を纏める為に陛下は禅譲をお受け為さったのではありませぬか」


 ネルア王は鼻を鳴らした。


「新政府の者共はそう思ってはおらん。このままカツマに引き籠っていても、見向きもされん。いっそ乗り込んでもう一勝負するしかあるまい」

「何故、新政府の者共は陛下の御心を理解しようとしないのか」


 嘆く家臣一同に冷笑的な目を向けた王は立ち上がって縁側に向かった。

 国王の周囲には誉めそやしが横行している。御機嫌取りか盲目的な臣従か。国王の心境の微妙な変化は誰によってであったか。

 ネルア王は出立の命を下した。


 サーマにも出立の命が下り、国王に同行する事となった。衝撃を受けているサーマにミラナ王女は祝福した。


「父上はお怒りではない、という事だ」

「と、いう事になりましょうか……」


 サーマは力なく頷く。

 王に同行出来るという事は、王の信任を得ていると言っていいのだろう。


「ですが、わたくしは姫様の教育係として、道半ばでございもす」


 まだ、色々と教えたい事もあった。作法もだいぶ身に付き、カナリス語も読み書きと簡単な日常会話まではこなせるようになった。はずである。


「そうだな、魔動は結局教えてくれなかった」


 王女は笑った。


「陛下ですら叶わなかったのですから、姫様は言わずもがなでございます」


 エルリが悪戯っぽく微笑んで言う。

 サーマは苦笑して応えるしかない。


「サーマ、向こうでも元気で」


 エルリが手を握ってくる。

 サーマは握り返した。


「ああ、エルリも身体厭えってくいやい」


 互いに微笑み返す。


「風邪ひかない様に」

「きばいやんせ」


 侍女達が口々に言い、名残惜しそうな表情でサーマを見つめる。


「ボンヌ・シャンス!」


 王女がニカっと微笑んでサーマを見つめた。

 サーマはすぐに微笑み返した。王女は「幸運を祈る」と言ったのである。


「…ジュ ヌ ウブリエレ ジャメス ク ヴゥ ザヴェ フェ プール モワ」


 王女はぽかんとした。


「分からぬ」

「この御恩、生涯忘れませぬ」


 サーマは恭しく頭を下げた。それがあまりに長い時間なので、王女が顔を上げさせたくらいである。

 


 サーマは久しぶりに実家に帰った。


「サーマ!」


 両親は家から飛び出して迎えてくれた。


「聞いたぞ、めでたかこつじゃ」


 父が誇らしげに言った。


「陛下の覚えめでたかとじゃなあ」


 母も嬉しそうだ。

 サーマは2人のそんな様子に目頭が熱くなった。

 陛下の心象を悪くし、父や母に害が及ぶなどとは杞憂であった。本当に良かった。そして2人が喜ぶのなら、もっと頑張ろうと思った。自分は1人娘で、男子のいないこの両親に親孝行出来るのは自分しかいないのだ。

 それから、ミラナ王女との話をしたり、サーマがいない間の近所の出来事を聞いたりした。

 出立は2日後で、旅の費用に、着る服に、さらには本も多少持っていきたい。準備は大変になる。

 この国にはまだ郵便制度も無いし、家には飛脚を使う金のゆとりもないし、サーマの立場からいっても大仰な事をするのはまずい。法術飛脚に至っては使える身分では無い。法術飛脚とは、一部の階級に許された法術師の飛脚である。飛脚以上に速く安全であり、全国に数える程しかいない。それはおいておいて、サーマは準備している最中に考え直し、本は今読んでいる一冊とそれ以外の数冊の洋書を持っていく事にした。


「…サーマ」


 母が抱きすくめてきた。

 出立の朝は雪が降った。


「きばれよサーマ。我が家の誇りじゃ」


 父が言った。


「はい、父上」

「便りをくいやんせサーマ」


 と母。


「書きもす。必ず」


 サーマは強く頷いた。

 これから自分に何が待っているのか、全く分からない。だが、父と母と、そして王女と、皆が自分の心にある。歩んでいく事が出来る。


(……ゼラ)


 あの、赤髪の同い年の少女は今、どうしているだろう?王都アカドに行けば会えるだろうか?

 


 新サパン暦2年28日、ネルア王はカツマの城を発し、一路王都アカドへ向かう。果たしてこれが王と新政府の和解につながるのか、ちょうどその日の事である。アカドのカツマ屋敷にてネルア王の妾が王子を産んだ。ネルア王初めての男子であるこの王子は、母が身ごもった時には藩主の息子として、生まれる時には国王の息子としてこの世に誕生した。時代の激変を象徴する一人であるといえよう。


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