御前試合2
サーマに風刃が両方向から襲い掛かった。
(よし、間に合った…!)
風刃がサーマを逸れて、あらぬ方向へ飛んでいく。
カサツが驚いた様子でニヤリとした。
「どういう仕組みだ?」
「話す気はございもはん。勝負が決まった後でなら」
サーマはようやく立ち上がった。
懐に魔動の陣の書かれた陣符を忍ばせてある。その陣符は周囲の魔動の力を吸収し、魔魔動の力が充分に溜まると自動的に発動するのだ。サーマの周囲に魔動の防壁が張られる。法術の『空壁』の応用であった。
サーマはカサツと向かい合った。
じりじりとする。
カサツの威圧感は凄まじいものがあった。背筋が凍る思いがする。空気が張り詰め、息が詰まる。
風刃があらゆる方向から襲い掛かる。
さっき防壁は使ってしまった。魔動の力が溜まるのを待つしかない。
サーマは魔動の風刃を自ら放ち、防ぐ。
「ほう、何度も使えるか」
カサツは言った。
サーマは答えない。
だが、余裕は無かった。自ら反応して防ぐというのは相当の負担であった。相手の攻撃に際して、魔動を発動させるのだから、少しでも反応が遅れれば致命的である。
一瞬だって気を抜けない。
サーマも風刃を仕掛けた。
それは相手に弾かれた。
(やはりか……!)
サーマは苦笑しようとしたが止めた。
またもや、風刃。幾方向からもの刃をかろうじて防ぐ。
しかし、その時であった。
カサツの周囲がゆらゆらと歪み始めた…否、サーマ自身の視界がぐらついているのだと気づくのにそう時間は掛からなかった。
その次には、耳の奥で大音量が響いた。
脳内で断続的な爆発音が発生したかのような感覚だった。
サーマは思わず悲鳴を上げる。
その瞬間、カサツが間合いを詰めてきて、掌底をみぞおちに叩き込もうと―
弾け飛んだ。
そこの空間一帯が、弾け、轟音と共にカサツは吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。
観覧席の人々が身を乗り出す。
ネルア王もそうであった。
サーマの手は開かれ、腕は伸ばされていた。まるで子供が相手を拒絶するかのように、突き放すかのように。
カサツの様子を誰もが見守った。
すっと起き上がって、砂を掃う仕草を見せる。
じっと黙ってサーマを見つめてくる。
サーマは腕を下ろして、茫然としていた。
「参りもした!」
カサツは頭を下げた。
言われた当のサーマは未だに茫然とし、国王が双方に労いを言おうとした矢先に身をひるがえして跪いた。
その場の皆がサーマの行動に驚いた。
「わたしの負けでございもす!」
国王は問うた。
「何故じゃ。お主の勝ちなのはこの場の者が見ておる」
サーマは顔を上げた。思いつめた表情だった。
「とんでもございもはん、この勝負は魔動と法術の戦いであったはず。しかしながらわたしは、法術を使ってしまいもした……」
カサツが唖然と、サーマと国王の双方を見回す。
「最後、カサツ殿の法術を受けた際、わたしは気が動転し致しもした。魔動の発動には、順序が不可欠、陣か呪文もしくは魔動機によって発動させるのです。気が動転し、何も分からなくなれば発動は出来もはん……」
サーマは声を震わせた。
「だが、法術は違いもす。動物的な反応を以て発動出来る。当人の法力や力量に頼るからです。自然の力を借りる魔動とは違いもす」
「つまり、法術を使ってしまったという事か」
国王の言葉にカサツは神妙な表情であった。
「という訳だがカサツ、お主はどう思う?」
国王はカサツに言った。
「はっ」
カサツは跪いた。
「わたくしとしては負けは負けと思うておりもす」
その口調は悠然としていた。
「しかしながら、それではこの試合の意味が……!」
サーマは声を荒げる。
これはサーマの悪い性分なのか、良い性分なのかは当人には図りかねた。
「魔動の指南の件、辞退を致しとう存じます」
「何を言うか」
「カサツ殿が腹を召される覚悟で訴え、実現した御前試合なのです。ならば勝ち負けは厳格でなければございもはん。わたしもあれで勝ったと言われては、カサツ殿に顔向け出来もはん!」
声を荒げるサーマ。もはや王の前でカツマ訛りを隠そうとはしなかった。カサツ藩主でもある王に対して変なような気もするが、王も王女もアカド育ちだから訛りとは無縁であった。
国王ネルアは溜息をついた。居住まいを正し、口を開く。
「法術が優位か、魔動が優位か、その優劣を決しようというが御前試合の目的であった。エルトンの言が正しくは、法術の勝利と言えような」
「お待ち下さい。これで勝ちと申されましても、このカサツ納得いき申さず!」
カサツも顔を上げた。
「何はともあれ、エルトン殿の前にわたくしは膝をついたのです。これは負けてございももす!」
「いえ、カサツ殿こそ勝者でございもす!」
「何を言うか!」
カサツが激高し、サーマに首を向ける。
「魔動遣いとして追い詰められての法術、これは魔動遣いとして負けでございもす。仮に法術で雌雄を決したとて、カサツ殿が上でございましょう!」
「何ば言うちょるか!」
サーマとカサツのやり取りに、場はざわざわとし出した。互いに勝ちを譲ろうという奇異な光景に、人々は我慢できず口を開きコソコソと話し出したのである。
「もうよい。もうよい」
国王は嫌気が差したといった風であった。
「カサツもサーマも、わしが魔動を取り入れようとするのがそんなに嫌か」
刺々しく言い放った。サーマの心に寒風が吹く。だが、性分が譲ってはならぬと言っていた。
「さて、もう終いじゃ」
御前試合はかくして終わった。
サーマはどっと疲れた。
最後にカサツと一礼し別れる際、カサツは微笑んだ。
「エルトン殿、見事であった」
サーマは恐縮して頭を下げるしかなかった。
そして、改めて問われた陣符の事を説明した。
「成程、懐に忍ばせて魔動の力を集めるとは。法術にも応用出来よう」
「ええ、ですから使い方次第では……」
サーマとカサツは目を合わせて頷き合った。
王女が手招きしていたので応じると、労いがあった。
「お主、疲れたか。休め」
上機嫌だった。
「はい……」
本当に疲れたサーマは、今すぐにでも横になりたいくらいだった。心身ともに疲労が強い。
「愉快であった。父上は気分を害された」
ミラナ王女は、楽しげであった。