御前試合1
謁見の間の前の地面にじっと黙座する男をエルリは見た。鬼気迫る雰囲気で音一つ立ててはならぬような気さえした。サーマも息を飲んで謁見の間の隣室の前に立ち、近侍に自身の来訪を告げた。
「ここにお控えなされ。お呼びいたしもす」
近侍はサーマより少し年上程度の少年であった。
サーマは恭しく頷いて、座って待った。
すぐに王はやってきた。
サーマとカサツは謁見を許された。
「何事ぞ」
ネルア王は煩わしそうに言った。
「陛下、何故エルトン殿を兵事にまで重用為さるのです」
カツマ藩法術指南役は語気強く訴えた。
「このカサツ、納得がいき申さず!」
「くどい」
王は溜息をついた。
「サパン古来の法術を軽視し、魔動なる異国の術を重く用いようと為さるとは、陛下……どうかご再考願いもす……」
カサツは震える声で言い、頭を畳に打ち付けんばかりにした。
「くどいと申しておる」
もし、サーマが重用されれば法術の価値が本当に失われてしまうと恐れているのだ。新政府ならいざ知らず、そこから距離を置いた国王でさえ……。そうなれば法術指南役として禄を食んできたカサツにとっては、死に等しい事なのだ。
「わしはこのサーマに魔動の指南役を命じようと思う」
カサツの表情が屈辱に染まった。主君の前でもはや感情を隠そうとしない様子にサーマは衝撃を受けた。自分の存在がここまで彼を追い詰めたのだ。
「陛下!エルトン殿はまだ若うございもす。重責を担えるとはとても……」
別にサーマはカサツの言葉に腹は立たなかった。むしろ、陛下の説得を頼む思いだった。
「何を言うか、このわしが見込んだおなごだぞ」
いつ何を見込まれたか分からないが。サーマは毒づいた自分に思わず驚いた。
「このカサツ、法術指南役として長年お仕え申して参りました」
「お主もこれまで通り重用する」
「しかし、兵事まで魔動が及ぶとなれば、法術の立つ瀬が御座いもはん!」
「ええい黙れ!」
国王は立ち上がった。
「女々しい奴!なれば法術の優位を証明して見せよ!」
「承知仕りました」
カサツは重々しく言った。
そして顔を上げる。
「では、エルトン殿と御前試合を致しとうございもす」
その表情は殺気立っており、サーマの心胆を寒からしめるに充分だった。
「おう、面白そうではないか。どうだサーマ」
国王は楽しげに言った。
とんでもない事になってしまった。サーマは愕然とした。
相手は法術指南役である。藩内で特に法術師として認められた人物が指南役に任命されるのだ。しかも、カサツは決死の覚悟で御前試合に挑むであろう。サーマとて無事で済まないかもしれない。
「お、お言葉ながら……」
サーマはかろうじて体裁を整えた。
「魔動は自然に流れる力……気のようなものを力に転じもす。故にそれなり準備が必要で……」
「ならば、準備する時間をやろう」
国王は揚々と言った。
「サーマ……」
エルリはサーマの部屋の前で、蝋燭の明かりに照らされ障子に映るサーマの影を見た。
夜遅くまで明かりがついている事の多いサーマの部屋だが、今夜は張り詰めた雰囲気が漂っている気がした。
王女が背中を叩いてきて、さらに首を横に振った。この場から離れろと言っているのだ。王女の表情には苦悩が見て取れた。
「夜風は毒だ。サーマの奴も、風をひかねばよいが」
ミラナ王女は言った。
御前試合は翌日と決まった。
「魔動というものは、一晩の準備でどうにかなる代物でございもすか?」
エルリは不安を隠しきれない。
王女は苦笑した。
「さあ、分からん。奴は魔動の事はわらわに教えてくれんでの」
新サパン暦2年2月12日、御前試合は暦の上ではその日である。
ネルア王はだだっ広い中庭を眺める席に座る。王の周りを重臣や王妃の院の宮らが整然と並んで座っている。
サーマとカサツの2人はゆっくりと歩み出た。
カサツは、精神統一も終え、法力も充実していた。戦いへ挑む準備は出来ているという自覚があった。
相手は小娘だ。だが侮ってはいけない。魔動が如何なるものなのか分からぬ以上、油断は禁物である。それに、このエルトン・サーマという娘は留学前既に高い法術の才を示しカサツの耳にも入ってきていた。
サーマはヨウロ服を着、それを覆い隠す程の布を纏っている。
緊張しきった様子で、可憐な少女はカサツと相対している。
カサツはここにきて躊躇した。
その瞬間であった。
サーマが何か紙をかざしてきた、それから一瞬遅れて突風がカサツを襲った。
分厚い風の塊がぶつかり、カサツは吹っ飛ばされる。
(……!風術!)
カサツは法術で風を噴射し、地面に何とか降り立つ。
(成程……)
先制攻撃で相手を地面に倒れ込ませる。御前勝負ならばそれで勝敗は決したとみなされるであろう。
だが、カサツとしてはそんな負け方は許されないのだ。何より目の前の小娘に配慮された事が腹立たしい。
地面に手をつき、土術を仕掛ける。たちまち、サーマの足元が隆起と陥没の両方を発生し、サーマの足元を捉えた。
「あっ」
サーマは転びそうになり地面に手をつき、そこにカサツは法術閃光を放つ。
しかし、サーマの眼前で閃光は半円を描いて彼方へ飛んで行った。
(…!?閃光を逸らした?)
カサツは唖然としたが、今度は風の砲弾を放つ。当たればひとたまりもあるまい。サーマがばっと横に走り避ける。カサツはそこにもう一発放つ。
サーマはかろうじてよけたが、転んでしまい慌てて起き上がる。
ぜえぜえと息をし、カサツを見ていた。
見えぬはずだが。よくかわしたものだ。
カサツは手をかざした。再び閃光だ。
すると、サーマか棒か杖のようなものを懐から取り出し、その瞬間互いの閃光はぶつかった。
裂光が周囲を圧する。空気を切り裂く高音が響き渡った。
「ほう、うまく凌いだな」
カサツは閃光を放つ。真っ直ぐではなく、いったんサーマの右上を通り抜けた後に、曲線を描きサーマへ襲い掛かる。
サーマはそちらに杖を向け、閃光を放つ。
次は左から。
サーマはそれも防ぐ。
「成程、魔動の閃光は直線しか出来ぬとみた」
カサツの声にサーマは答えない。
図星かもしれぬ。
法術は感覚的なものだ。狙いを定めるも当人の加減による。しかし、魔動は違うのではないか?ヨウロの非人間的な術は、確か当人からではなく、周囲の自然から得た力によると聞いた。
ならば、御するのも難しかろうし、感覚ではなく理論になる。それに、自然から搾取した力によって何を為すというのか。ヨウロの野蛮な術によって、サパンの豊かな自然を侵す事になりはせぬか?
やはり、魔動はいかん。
カサツは次に、風術をサーマの左右から襲い掛からせた。
(いっぺんに2方向からだ。どげんする?)
彼は尚も油断することなく、サーマの出方を伺っている。